AWC 大型報道小説  「ポリシー」  ゐんば


        
#1511/3137 空中分解2
★タイトル (GVB     )  92/ 3/16   0:35  ( 52)
大型報道小説  「ポリシー」  ゐんば
★内容

「本気ですか、この見出し」
 一九九一年五月一五日……。
 三本松スポーツ新聞の編集部は異様な雰囲気に包まれていた。
「ひどすぎます。いくら何でも悪ふざけが過ぎます」
 女性記者の梅田手児奈は興奮して机を叩いた。
「確かに、あんまりだな」
 編集局長の杉野森弥三郎が同意してたのを見て手児奈は少し落ち着いたが、だ
がその思いを打ち消すように古参記者の松本喜三郎がいった。
「なにがです」
「茶化していいことといけないこととがあります。そんな、人が死んだのをそん
な風に茶化すなんて」
 喜三郎は机の上に足を乗せたまま煙草に火をつけた。
「お嬢ちゃん。ギャグって言葉の由来を知ってるかい」
 お嬢ちゃんと呼ばれて手児奈はむっとしたが、ここで怒りを爆発させては相手
の思うツボである。冷静になれと自分に言い聞かせた。
「それがどうかしたんですか」
「ギャグってのはな、口にはめる『さるぐつわ』のこった。くだらないことを言
った奴に、刑罰としてはめさせる。いってみりゃな、そんな刑罰を恐れている良
識を気にするような奴にはギャグをいう資格がない、ってことだよ」
 頭の中で言葉が空回りして言い返せないでいる手児奈の横から杉野森が口をは
さんだ。
「でも、ここまでやるとなあ」
 喜三郎は鼻の先で笑った。
「これは局長の言葉とも思えない。局長だって、記者時代は見出しの傑作をいく
つも生み出してきたじゃねえの」
「でも、相手は政界の大物だぞ」
「おっと、ジャーナリズムが政界の大物に遠慮するようになったらしまいだぜ、
局長。あんたも現場を離れてヤキが回ったんじゃないの」
 叱り飛ばそうともしない局長にいらいらしながら、手児奈は言った。
「でも、これは今後の政局に重要な影響を与える事件なんですよ」
「それがどうした。俺たちスポーツ紙にとっては、政治も経済も、プロ野球の結
果や役者の浮気や風俗の紹介と同じレベルの出来事にしか過ぎねえんだ。政局が
変わって、それがお前さんとどういう関係がある?偉そうなことばかり書いた大
新聞なんか世間をこれっぽっちも書いちゃいねえ」
「でも、……そんな軽々しい見出しを使わなくても」
「いいかい」
 喜三郎は煙草をもみ消すと、手児奈の鼻先に顔を近づけた。
「スポーツ紙にとって見出しは命なんだ。見出しに俺たちは情熱をかけてんだ。
こういう見出しをやめちまったら、それはスポーツ紙じゃねえんだ。それが俺た
ちのポリシーなんだ。わかったか」
 手児奈が次の言葉を探していると、局長がゆっくりと言った……
「わかった。明日の見出しはこれを使おう。松本君、梅田君、ご苦労だった」
 喜三郎が意気揚々と次の取材に出かけ、局長が会議のため席を後にし、残され
た手児奈は電話と怒号のこだまする編集部で、独り動こうとしなかった。
(なにがポリシーよ。こんな、……こんなもんで、……ばかばかしい!)

 翌朝、売店に並べられた三本松スポーツに大きな見出しが躍っていた。

          「安倍シンダロウ」

                             [完]




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