AWC お題> レモンの皮をめくると海が見えた −Sumoh! my


        
#1510/3137 空中分解2
★タイトル (QWG     )  92/ 3/15  15:38  (124)
お題> レモンの皮をめくると海が見えた −Sumoh! my
★内容
 私の婚約者は角力取りです。 身長174cm・体重88kg、体は小さいけれども
幕内力士です。 予測のつかない取り口で土俵を沸かせ、結構人気もあるんです。
 彼とは幼なじみで、幼稚園から高校までずっと一緒でしたが、まさか彼が本職の角力
取りになるだなんて、私は高3になるまで思ってもみませんでした。
 昔からスポーツ好きの活発な少女だった私は、小さい頃男の子ともよく遊びましたが、小学校の低学年くらいまでは、角力を取っても彼より私のほうが強いくらいだったんで
す。 彼は、スポーツ少年団でサッカーをやっていましたが、ひょろりとしてどちらか
というと目立たない、大人しいと言ってもいい少年でした。  中学校までは彼はサッーをやっていたんです(まあ、私たちの中学に相撲部は無かったんですが)。
 そんな彼が、高校に入るや突然相撲部に入部しました。
 私たちの高校、M大学附属N高校は、スポーツに力を入れていて、相撲部も何度も全
国優勝をしています。 スポーツセレクション制度といって、スポーツに優れた中学生
を推薦入学させる制度があり、私はフィギュアスケートのセレクションで入学したんで
すが、彼はサッカー選手として目立った活躍があったたわけではなく、一般の試験を経
て入学しました。 だから、彼が相撲部に入ったと聞いたときには、ほんとに意外でし
た。
「どうして相撲部に入ったの?」
と聞くと、彼、
「うん、まあ、」
と、恥ずかしそうに口をにごして答えませんでした。
 この相撲部には全国から優秀な人材が集まるわけで、そんな中、彼は2年まで補欠で
したが、一所懸命練習して、3年のときにはインターハイ(全国高校選手権)に出られ
ることになりました。
 私も同じくインターハイ出場が決まっていたんです。 けれども練習中に怪我をして、それを断念しなければならなくなりました。
 病院で診察と治療を受けて、インターハイを断念しなければならないことが分かり、
帰宅する車の中で、私は、怪我の痛みよりも口惜しさで、溢れ出る涙を止めることがで
きませんでした。
 家に着くとすぐ、彼から電話がありました。 彼が電話してくるなんて初めてのこと
で、でも、何だろうと思う余裕もなく、私は取り継いだ母に、出たくない、とそれを断
りました。 後から母が部屋に来て、彼からの伝言を告げました。
「Yくん、おまえの分まで頑張るから、って」
それはその日彼から4度目の電話だったそうです。
 その言葉どうり、いえそれ以上に、彼は頑張りました。 それまで全く無名だった彼
がインターハイで優勝してしまったのです。
 当然、周囲は彼にM大に進学して相撲を続けるよう勧めましたが、彼はプロになるこ
とを望んでいました。 彼の体格でプロは無理だと周囲は諭しましたが、彼の決意は動
きませんでした。
 私はM大に進み、彼は相撲部屋に入門した後、初めてのクラス会に彼は浴衣に下駄履
きという例のスタイルで現れました。 私はそのときの彼に力士と言うにはまだひ弱す
ぎるという印象を持ったことを憶えています。
 それから2年の間、私たちはお互い忙しく、一度も会うことはありませんでした。
たまに電話で話しましたが、その度ごとに彼の声は喉が潰れてダミ声になっていきまし
た。
 私は新聞のスポーツ欄に相撲の記事を読むようになり、彼が三段目に昇進したことも
それで知りました。 その記事が載って何日かして、彼から会ってくれないかと電話で
誘いを受けました。
 2年ぶりに見る彼は、背丈こそ変わりませんでしたが、体躯が見違えるほどがっちり
と逞しくなり、髷に着物姿がすっかり板に着いていました。 そのことを彼に言うと、
彼は少し照れたような面もちで、
「この羽織と雪駄な・・・・」
「うん、似合ってるわよ」
 彼は子供に戻ったような笑顔になり、ふふふ、と含み笑いを漏らしました。
「なによ、ヘンな笑い方して」
私が言うと、
「うん。 おまえに似合うって言われてすごく嬉しくて、さ。 この羽織と雪駄な、三
段目になってやっと着るのを許されるんだよ。 そういうしきたりなんだ」
「へー、そうなの? イヨッ、関取!」
「バカ、十両以上じゃないと関取って言わないんだよ」
「あら、そうなの。 ごめんなさい」
彼の思いに水を差したんじゃないかしらと、そう言うと、
「いいさ。 俺には目標があるんだ」
「関取になること?」
「もちろんそうだけど・・・・」
 横綱・千代の富士と角力を取る、それが彼の目標(ユメ)でした。
 中学2年の時、伯父に連れられて行った国技館で千代の富士の取り組みを見て、彼は
生まれて初めて心を烈しく揺さぶられる体験をしました。
 その日、千代の富士は2まわりも巨きな力士を相手にして、立ち会い、左手で前ミツ
を掴むと、相手が必死に突き放そうとするのに抗して足に根が生えているかのように動
かず、一転相手が掴まえにくるところ、すかさず鋭い投げを打つ、相手が体勢を崩しか
けるところに、さらに投げ、相手はどうにか踏みとどまる、その一瞬、千代の富士のも
う一方の手も巨漢のマワシにガッチリと噛みついて、強烈に引き付けると200キロ近
い体が完全に浮き上がりなすすべもなく土俵を割った。 小兵・千代の富士が、息もつ
かせぬ連続攻撃で、巨漢力士を一方的に下したのです。 その間わずか10数秒、瞬間
に凝集され爆発する力に、彼は圧倒され鳥肌の立つような感動に捉われたのでした。
 大相撲に魅了された彼は、中学卒業を控えて、親には内緒でいくつかの相撲部屋に入
門を志願して廻りましたが、体躯が小さいことでことごとく断られました。 しかし彼
は夢を捨てずにN高校の相撲部に入って体を作り、ついに大相撲の世界に入ったのです。「相撲部屋の稽古って厳しいんでしょ?」
私が訊くと、彼は言いました。
「ああ、厳しい。 でも辛くはないよ。 辛い、と言うか悔しいと思うのは、稽古で思
うように体が動かないときだな。 でも、思う存分稽古した後、場所の土俵に臨む時っ
てのは、胸が踊るような気分になるんだ。 それで勝ったときには、もう最っ高!、や
ったー!ってガッツポーズでもしたくなるよ」
「わかる」
私も競技やってるから、その気持ちはよく解りました。
 この日以来、彼をただの幼なじみとしか見ていなかった私の目が変わりました。 彼
に比べると同年代の男の子たちは、皆チャラチャラして見えてしまいます。
 それから、彼はもちろん、私もフィギュアスケートの練習・試合で忙しい身だったん
ですが、電話で話をしたり励まし合ったり、たまに会ったりしていました。
 私は大学4年生の時インカレ(全国大学選手権)で2位になりました。 それが4年
間で最高の成績でした。 大会の後、彼がお祝いに食事を奢ってくれると言いました。
このとき彼は入幕を果たしたばかりでした。
 レストランにしようと彼は言いましたが、私はちゃんこ屋がいいと言いました。
「準優勝なんてすごいじゃん。おめでとう」
彼が心からそう言ってくれたのがとても嬉しかった。
「精一杯やったから思い残すことはないわ。 それでね、次の目標を決めたの。 私、
お角力さんのおかみさんになれるかしら」
立ち会いやや突っ掛けぎみかな、と思ったけれど、彼は待ったなしで受け止めてくれま
した。
 あんまりヘンな事書くなよ、って彼が言います。 でも、一つだけ書いちゃおうかし
ら。
 大相撲の力士の肌ってきれいだっていうでしょ、ほんとうにそうなんです。 特に、
稽古や取り組みが済んでお風呂から上がったあとの肌というのは、内側から光り輝くみ
たいなんです。 全身美容のドロパックってのはあるけど、土俵の砂パックなんてない
わよね、って言ったら、
「俺、レモンでパックしてるよ」
って彼。 えーっ、と思ったけど、彼が言うには、
「相撲はただの格闘技じゃないんだ。 力士は技と力を競うだけじゃ足りない。 ただ
立っていても目を魅くような美しさがなければいけない。 静の美と激しい動の美が引
き立て合ってはじめて相撲という様式の美が完成する、俺はそう思ってるんだ」
 彼はまだ下の番付にいて、本場所で横綱と組ませてはもらえません。 そして彼が目
標とする千代の富士関は引退してしまいました。 けれども、彼は言いました、自分の
中の千代の富士関を越える道はあるはずだ、と。
 私はこの頃彼のレモンパックを手伝います。 激しい稽古で体中擦り傷だらけだから、そのままでは沁みて痛いので、オロナインを擦りむいた所に塗ってからスライスレモン
を貼ります。 でも、レモンは残留農薬が心配なので、カボスにしたらどうかと思うん
だけど、だめかしら。
 私、最近、あの狭い土俵を海みたいだって感じるんです。 たくさんの色々な力士が
真っ向から力をぶつけ合う、広くて深い海だなって。 その海に、私は彼と一緒に乗り
出して行くんです。

                             − 結び −





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