#1483/3137 空中分解2
★タイトル (VMM ) 92/ 3/ 1 15:12 ( 73)
サラリーマンエレジー
★内容
休暇、とってはみたものの
今年の6月も半分過ぎて、ここまでのところ空梅雨模様で、とにかく異常に暑
い。去年ととても似ている気象のようである。去年は希代の異常酷暑であると言
われたが、今年もまたということになると、異常が通常になってしまったのでは
ないかと思われてくる。5年ほど前には三宅島で三原山が爆発して世の中を震撼
させたが、今年は長崎県の雲仙・普賢岳(ふげんだけ)で大規模な火砕流が起こ
って甚大な災害を引き起こしている。噴火とか溶岩という言葉は聞き慣れている
が、火砕流というのは初めてのような気がする。火の熱で砕かれた岩石が火口付
近に堆積して、やがてそれが崩れて流れ落ちる現象を言うのだそうである。私に
は溶岩と火砕流の区別は分からないので、何だか耳なれない言葉が出てくると恐
ろしさが増すような気がしてくるので困る。もっとも、その昔群馬県の鎌原地区
(現・嬬恋村鎌原)を襲って、甚大・悲惨な災害をもたらしたことがあったそう
だから、別に新しい言葉ではない。この時の火砕流は火口から数十キロメートル
も離れた渋川市(群馬県)まで達したという。
ここでは全くの余談になるが、鎌原を襲ってくる火砕流から逃れるために、5
70人の地区民の多くが、日頃自分たちが信仰している観音様が祀られている高
台を目指して、何十段もの石段をかけ登ったのだという。その人たちの中に、母
を背負って懸命に石段をのぼっている人がいたが、あと何段かで観音堂の庭に上
がり着くという時、石段もろとも火砕流に呑み込まれてしまった。約2百年も前
のことである。この現場が昭和54年に発掘され、石段のあった場所から、おり
重なった2体の白骨が発見され、これはまぎれもなく息子が母を背負っていたこ
とを示すものだと考察されている。私も、お骨(こつ)が発見された時の史料写
真を見たが、そのお骨の形はまさしく息子が母を背負う姿を思わずにはいられな
いものだった。私は胸にこみあげるものを感じながら合掌した。この時の火砕流
による鎌原地区の犠牲者は5百人近く、当時の地区住民の8割を超える人数だと
いう。
さて、こんな悲惨なことを想い起こさせられながら夏を迎えようとしているが、
今年は国を挙げての「休め、休め」の年である。日本人の働き過ぎが国際的な批
判を浴びていることは今更のことではないが、これまではそんなことに耳をかさ
なかったのに、急に労働時間の短縮が声高に叫ばれている。
では、会社などで働いている人としては、こんな結構な話はないとばかりに暇
をむさぼるのではないかと思いきや、どっこい多くの人がそうではなさそうであ
る。会社ではいろいろな策を講じて、何とか休みを取らせようと試みているので
あるから、こんなことも長年の勤めの中で経験したことがない。アニバーサリー
休暇(記念休暇)と称して3日間連続の休暇を義務づけてくるありさまである。
みんながそうするのではしかたがないということで、ほとんどの人が結婚記念日
とか誕生日の前後に何日かを加えて、その日を休暇予定にしているようだ。
さあ困ったことに、私は誕生祝いだとか結婚記念日云々などということには無
頓着に過ごしてきているから、今改めてそんな休暇など頂戴しても途方に暮れる
のみである。だいたいにおいて、今や休暇を頂戴するという感覚そのものが時代
にそぐわないのかもしれない。自分たちがさんざん騒いで、いわば闘争によって
「獲得した休暇」ではなかったのか。そんな過激なことを言わないまでも、休暇
を取って余暇を楽しもうとするどころか、休暇を取らない自由を認めろとでも主
張するようになったら、世の人の意識はまさにに逆転したということだろう。も
っとも、日本人は何事につけ付和雷同することが多いから、誰も彼もが気軽に休
暇を満喫するようにでもなれば、案外早い時期にレジャーのための連続休暇に慣
れるかも知れない。もし、これが定着せずに一時的なかけ声に帰するならば、依
然として休まないことが勤勉の証となって、これまで同様の働き蜂のままでいる
ことになるだろう。これはあながち悪いことではないと私は思う。
しかし、よくよく考えるに日本人の『会社でのお勤め』というのは、そこの仲
間との諸々の遊び・楽しみが込みになっているのではないか。毎日一緒に昼飯を
食い、共同で馬券を買って楽しみ、職場仲間の歓送迎会などの計画を綿密に練っ
てそれを行ったりしている。そして、職場には律儀に居酒屋勘定をおごったりお
ごられたりの仲良し仲間がいる。人々は出来る限り職場集団の流れに沿って行動
をするように努めている。そのために、いわゆる滅私する場合さえもある。そう
であるから、一人で連続休暇を楽しむとなるともう知恵がないのである。休暇は
職場の誰かと一緒にゴルフに行くとか、誰それと何々するとかでなければならな
いように習慣づいてしまっている人もけっこう多いのではないか。
こんな具合だから、家庭本位でものを考えることには誠に不慣れなのであり、
現実を直言すれば、悲しいかな近ごろの男どもは、自分の家にいてさえ粗大ゴミ
扱いされている身なのである。「亭主元気で留守がいい」などという冗談がとび
出すご時世である。いや、これはけっこう本音を表しているのかもしれない。ど
こかの会社の川柳会では、女子社員が『父帰る 一番喜ぶ 犬のポチ』などとい
う句?を平気で吐いている。そんなことを言われても、どの男も血相を変えて怒
り狂うわけでもない。それよりもいっそ毎日会社へ出かけて行って、夏は涼しく
冬は暖かい環境で過ごした方が心身ともに快適だと思っている。こういう体(て
い)たらくを続けてきた今になって、十分にレジャーのための休暇をどうぞと言
われても、それを待ってましたとばかりに受けとめることが本当に出来るのか大
いに疑問である。寂しい限りだ。
自費出版随筆集「言の舞」より。
(ご希望の方に差し上げます)
VMM07471 滝 沢