#1395/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 92/ 1/18 19:51 (175)
【 南 へ 】 スティール
★内容
それは、雪が降るような寒い地域で、冬に
初めて、核爆発があった時のことだった。ど
うして、核爆発が起こったのかは、とうとう
最後まで、わからなかった。電気が来ないの
で、TVも点けることができない。ラジオも
放送していないようだ。電話も通じなくなっ
ていた。もう、何日もたつのだが、新聞も来
ないようだ。一番、我慢できないのは、寒さ
に凍えることだ。電気が来ないので、FF式
のストーブが使えない。あの日から、私は、
物置から引っ張り出した、古い昔の型の灯油
ストーブを使っていた。そう、あの日、あの
日から・・・
その日は、朝から、雪が降っていた。私が
ベットでうとうとしていた頃、東の方から、
もの凄い爆発音がした。私は、飛び起きて、
自分の部屋の窓から、外を見た。TVで見た
ことがあるような、大きなキノコが、はるか
彼方に見えた。
原爆でも落とされたのだろうか、いやっ、
キノコがあんなに大きいのだから、水爆かも
しれない、それとも、どこかの原発でも、爆
発したのだろうか、と、私は思った。
TVのスイッチを入れた。しかし、電気が
止まっているらしく、映像がまったく、出て
こない。
次に、私は、ほとんど普段は、使わないラ
ジオを押入れから出した。そして、やっと捜
し当てた電池をセットして、ラジオのスイッ
チを入れた。しかし、いくらチューニングし
ても、ラジオは雑音を出すだけだった。
爆発音とバカでかいキノコから、何十分か
して、黒い雪が降った。ここは、日本だった
ので、黒い雪の意味を、みんな知っていた。
外にいる人々は、建物の中に逃げ込んだ。
建物の中の人は、みんな、外に出ようとしな
かったようだ。みんな、放射能でやられたく
なかったのだろう。それを見ていた私は、放
射能が侵入してこないように、家の戸締りを
見て廻った。
いくらかの、時が流れ、街全体が黒くなっ
ていった。寒さに耐えられなくなってきた私
は、物置にある古い灯油ストーブを取り出す
ことに決めた。私は、その準備を始めた。黒
い雪は、放射能を含んでいるはずだ。私は、
スキーウェアを着込み、手袋とゴーグルを付
けた。顔を保護するために、頭にマフラーを
ぐるぐる巻き付けた。玄関に立って、深呼吸
をした。雪が降り積もる前に、物置のストー
ブの事に気付いて、本当によかったと、私は
思った。何十センチも積もった黒い雪の上を
歩いたら、それだけで、足が放射能でやられ
てしまうだろう。
私は玄関から飛び出した。黒い雪に降られ
ている感触を感じた。放射能に体を冒される
恐怖で、おしっこをちびりそうになった。私
は、急いで、物置に向かい、物置のドアを開
けて、中に飛び込んだ。
ほんの数秒の、ほんの数歩の行動なのに、
息が、ぜぃぜぃしていた。しかし、これ以上
長い時間、黒い雪に降られたら、私は気が狂
ってしまうに違いない。
一息ついてから、私は、ストーブの把手を
掴み、それをぶら下げて持ったまま、物置を
出て、玄関のドアに飛び込んだ。それから、
黒い雪を締め出すかのように、私は玄関のド
アをピシャッと閉めた。
何度も何度も念入りに、黒い雪を払い落と
した。そうしなければ、死んでしまうような
気がしたのだ。
ストーブの雪と、玄関に落ちている雪を、
ちりとりで集めて、水洗トイレに流した。私
は、ほっとして、胸をなでおろしたい気分に
なった。
運んできたストーブをすぐ、点けて、少し
あたたまった。私は、それから、水でもいい
から、シャワーを浴びようと思い、風呂場に
行った。被爆はしていないとは思うが、何か
の本で、放射能を水で洗い流せると書いてあ
るのを、読んだような気がする。私は、念の
ために、シャワーを浴びることにした。
シャワーの蛇口をひねった。水は、いつも
のように、出てきた。どうやら、水道だけは
止まっていないようだ。
シャワーを、掌にかけた。ヒリヒリするよ
うな痛みがあった。背筋に、悪寒が走った。
そうだ、この水も・・・。私は、とっさに、
シャワーの水しぶきの向きを変え、浴槽にそ
そぎ込んだ。そして、すぐに、蛇口を閉め、
水を止めた。
私は、大きく息を吐き出し、それから、す
ぐに、大きく息を吸い込んだ。
ストーブで暖かくなった部屋で、私は食事
をした。昼過ぎになり、雪が止んだ。少しず
つ、晴れ間も見えてきた。
隣りに住んでいる人が訪ねてきた。以前か
ら、あいさつを交わす程度の仲だった、隣り
の一家のご主人だった。彼が言うには、彼の
一家は車で、南で向かうとのことだった。私
達は、現在の状況について、話し合った。し
かし、お互いに、まったく、何がどうなって
いるのか、掴みようがないという結論に達し
た。彼は、食料などは持っていくが、残った
ものは、私が自由にしていいから、薪にでも
してくれと、言った。
また、彼は、私にも私の車で、南へ旅立っ
たらどうかと、言った。私は、数日後にそう
すると、答えた。
通りには、車の流れが、また、再開してい
た。その車の流れも、南へ向かっているのだ
ろう。私は、彼の一家を見送った。黒い雪は
まだ、数センチしか、積もっていなかった。
私は靴下を何枚も履いて、スキーシューズを
履いて、慎重な足取りで、外に出た。
彼の車が、出発する少し前、私は質問しな
ければならないことを、一つ思い出した。彼
に、飲み水はどうしているのかと、私は尋ね
た。彼は、風呂場に張ってあった残り湯を使
ったと、答えた。そうか、その手があったの
だな、と、私は思った。彼は、彼の家の風呂
に、少し水か残っているから、それを使った
らどうか、と、親切に言ってくれた。それか
ら、ただ、ちょっと汚いがね、と付け加え、
笑いながら、彼は南へ旅立っていった。
そう、私の浴槽の水は、汚染されているか
もしれないのだ。数時間前に、シャワーを浴
びようとした時に、そそぎ込んだ水で。
春が訪れた時に、私は南へ向かった。状況
は以前と、ほとんど同じだった。ただ、ここ
らへんに残っている人は、ほとんどいなかっ
たが。用意周到に旅行の準備をしたために、
私の出発は遅れたのだ。晴れ間をみては、ポ
リタンクを集めて、ガソリンを少しずつ、溜
めた。それと、残された食料を、ネズミのよ
うに集めた。私は、小さなトレーラーを見つ
け、そのトレーラーに、積めるだけ食料とガ
ソリンを積んだ。
私は、南へ向かった。国道の沿道で、体が
ボロボロになった人々をよく見かけた。南に
下れば、下るほど、沿道には、そのボロボロ
の化け物のような人々が増えた。或る者は、
国道を、南へ歩いていた。また、或る者は、
沿道に、あほうのように、座っていた。
ただ、私のトレーラーが、通り掛かると、
みな、乗せてくれるように、私に頼んだ。私
は、心を鬼にして、彼らを無視した。私の食
料は、私だけのものなのだ。彼らに与える分
は無かった。それに正直言って、ボロボロの
化け物のような人々を、車に乗せたくなかっ
た。
いつだったかは、よく、覚えていないが、
この地球で、汚染されていない地域は、無い
のだということを、私は知った。
私はそれから、何年か生きた。いったい、
何のために、私が何年も生きたのかは、私自
身にも、よくわからない。