AWC 悲哀物語「十三の砂山」  アイZI


        
#1386/3137 空中分解2
★タイトル (TKG     )  92/ 1/13  22:44  ( 84)
悲哀物語「十三の砂山」  アイZI
★内容

2150.SYSTEM -RYUJYU-.
 VERSION 5.06

           私は竜樹−りゅうじゅ−。著述支援シ
          ステムである。私は、私のユーザーの記
          憶をすべて記録している。私はユーザー
          の求めに応じて記録素子から必要なセン
          テンスを拾い出し、適当と思われる配列
          で画面に出力する。

           私は竜樹、著述支援システム。


R>TOSA
R>SHIFT+ROLL UP

 時は、中世。北のそのまたさらに北に天然の良港を持つ国−十三湊(とさみなと)
−があった。湊には常に大型の帆船が停泊し、町は江戸のように活気に溢れてい
た。あの2度にわたる大津波が来るまでは・・・。

 そして、現在から少し前。

 当時の様子を語る者もいない。そんななかで言われていた言い伝えがある。
 「あすこでは、米がとれねのにみんな米を食べている・・・」
そんな声は主に近隣諸国から聴こえてくるのであった。
 確かに、江戸の町を見れば分かるように水田は皆無に等しい。まぁ、江戸を離
れれば水田は存在しますが・・・。
 十三湊も町自体では水田を持たなかった。米は主に船で運ばれてくるのであっ
た。それも、津波がこの地を訪れるまでの話であるが・・・。

 一度目の津波で町の機能が殆どやられてしまった。しかし、人々は必死で町の
復旧を試みそして、成功した。
 人々が悪夢を忘れ去った頃に、津波はやってきた。二度目の津波である。この
津波で運ばれてきた大量の土砂によって十三湊の水深が浅くなり、大型船が十三
湊に入港することは二度とできなくなるのである。
 わずかな人数を除いて、人々は南へと十三湊を離れていくことを余儀なくされ
るのであった。残った人々は、かつての栄華を胸に秘めるのみであった。

 あの悪夢から幾年かすぎ、さびれながらも集落を形造っていた。かつて湊だっ
た場所は砂の山と変わっていた。見渡す限りの砂山である。
 湖も当時の1/4程にせばまり、津波により運ばれた土砂の量がいかに多かっ
たのかおし測ることができよう。

 湖は、淡水と海水が適度に混ざり合い浅くなった湖底には、いつの頃からかシ
ジミの生息が確認された。
 「黒いダイヤ」と、いわれたシジミは全国へと。シジミは米と交換された。こ
の当時のシジミにはそれだけの価値が備わっていたのである。

 これが、水田は無いのに住民が米を食べていた実態である。近隣諸国が不思議
に思ったわけである。

     **津軽民謡**********************
     * 「 十 三 の 砂 山 」  *
     *               *
     *  十三の砂山なぁ あ やれ  *
     *               *
     *  米ならぁ よかろなぁ    *
     *               *
     *  西の弁財衆にゃあ あえ   *
     *               *
     *  ただつましょ ただつましょ *
     ********************************

 人々は唄を作って昔を懐かしむのである。いつしかその唄は「十三の砂山」と
呼ばれ、唄い継がれている。

2150.SYSTEM -RYUJYU-.
 VERSION 5.06


           以上が今回ユーザーから指定されたキ
          ーワードを素に私が検索・著述した文章
          である。
           次回のユーザーの指定を待っています。


           私は竜樹−りゅうじゅ−。著述支援シ
          ステムである。


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