#1382/3137 空中分解2
★タイトル (PPB ) 92/ 1/10 22:28 ( 39)
うらやましいなあ /遊遊遊遊
★内容
飢饉は、繰り返しこの村を襲っていた。 その年も収穫はゼロだった。 誰
も助けてはくれない。 食い物は自分たちで何とかしなければならないのだ。
「姥捨て」や「間引き」は、村の掟のようになっており、まだあどけない娘
も、少々の芋と引き換えで、売られていった。 この村で、骨と皮ばかりにな
って死んでいくよりも、何か食べられる方がまし・・・・・と、親たちは娘を
手放していくのだ。
男の子は売り物にはならない。 おやじと一緒に、山に入り、自分たちの食
いものを一日中探して歩くしかない。 兎や鹿や猪が獲れればいいのだが、効
率が悪い。 すきっ腹で追い掛ける人間どもに捕まるとんまな兎はいない。
逆に熊に襲われて一命を落とすこともある。 だから、百姓たちは、もっぱら
草木の根を掘ることに専念する。
「葛」の根を掘りにきた親子は、どんどん山奥へ入っていった。 葛の根は
良質の澱粉質が多くて、非常食や薬になる。深い山の葛が密生するところで、
親子は夢中で掘っていた。
「おとっつぁん、 あそこから、湯気が吹き出しているよっ」
「えっ? ほんとだ、 行ってみようか」
200年ほど昔、こうして、この温泉が発見された。信濃大町の「葛温泉」
である。 葛温泉は、とてもいい湯だ。 露天風呂につかりながら、冬の星座
の王者「オリオン座」を眺めるのは、この世の天国としか言いようがない。
昔、飢饉で苦しんだ村人たちのお陰で、現代人は「混浴露天風呂」を楽しむ
ことができる。
若い夫婦が露天風呂に入ってきた。 深夜12時、誰も居ない。 湯煙に曇
る淡い照明の下で、若い二人は誰に遠慮する必要もなく、ふざけあっている。
周囲の山々は暗闇の中に眠っているようだ。 山奥の秘湯で、ふたりの悦楽が
つづく。
「オレ達は、腹いっぱい食うことが一生の望みだった・・湯の中で
男とおんなが遊ぶなんて・・・うらやましいなあ」
性の悦びも知らず、飢餓で死んだ若者の霊が森でつぶやいている。
1992−01−10 遊遊遊遊(名古屋)