AWC チョモランマの負けず嫌い野郎たち[下]  木村ガラン


        
#1332/3137 空中分解2
★タイトル (AJC     )  91/12/17   2:45  (124)
チョモランマの負けず嫌い野郎たち[下]  木村ガラン
★内容

 初めてチョランマの威容を見上げたとき、山男たちはその巨大さに圧倒されたが、同時に、心の底から奮い立つ喜びを感じた。現地に入ってからも、彼らにはたくさんの用意すべき事があった。それを全て周到にこなし二週間前に第一歩を踏み出した。もう直ぐだ。もう直ぐ頂上だ。隊員達は万感胸に迫っていた。しかし、決して燥いだりしない。彼らは山の恐さを十分知り尽くしているのだ。ほんの小さな気の緩みが、失敗を招く。地上数千メートルでの失敗は、すなわち死を意味する。いや、どんなに注意に注意を重ねても失敗は起こるのだ。だから、彼らは厳しい訓練で、あらゆる場合に対処する方法もしっかり頭に入っている。もう直ぐ、彼らは地球で一番高い所に上りつめるのだ。熟練した手つきでザイルを手繰る。狭い足場を探る。


 その時だった。大男のスチュワードは苦悶の叫びをあげると、後頭部を抱えてうづくまった。俺は何がなんだか解らなかった。
 「よお、へっ」
 石橋がビールビンを手にして立っていた。
 「やあ、石橋、助かったぜ」
 どうだい、石橋はいい奴だろう。
 「へっ、そうかい」
 「いやあ、危ないとこだったんだぜ。ありがとう」
 「照れるぜ」そうは言っても、石橋は顔色ひとつ変わっていない。普通の人には彼が照れているようには見えないだろう。だが、俺には解るぜ。なあ、石橋。
 「そういやお前ら、どこに行ってたんだ」
 「ちょっとな」石橋はそう言うと、ビールビンで後を指した。

 俺は後を振り返った。「おおっ」俺は驚いた。機内は破壊され尽くしていた。シートは壊され、仕切りのカーテンは引き裂かれていた。床には機内食の食器類や、ヘッドホンや雑誌が散乱していた。強化ガラスの窓が割られていた。それは二重窓の外側にまで達していた。乗客たちはずっと後のほうでひと固まりになってしゃがみ込んで居た。女子供は泣き叫び、男は流血しているものが何人もいた。倒れたまま動かない女もいた。シートにぽつんと座って窓の外を見ている老人がいた。

 「どうしたんだ。何があったんだ」
 「ふっふっ」石橋は微かに笑った。
 「テロか、ハイジャックか。おい、石橋、怪我はないのか」
 「ふっふっふっ」石橋はさらに笑った。
 俺は理解した。「お前がやったのか」
 「まあな、ふっ」
 「凄いなあ、なかなかやるじゃないかあ」
 「照れるぜ」石橋は起き上がりかけたスチュワードの頭を蹴飛ばしながら言った。


 パトリックが先頭を往く隊長のキリコを見上げた時だった。なんということだろう。登山歴二十年の超ベテランキリコは足を踏み外して落下してしまった。標高八千八百メートル。だが、大丈夫。ちゃんとザイルをしっかり打ち込んだハーケンに結んであるのだ。そして、そのザイルは隊員全員の体に結んである。だから、何人か足を滑らせても他のメンバーにザイルを手繰ってもらえばいいわけだ。だが、なんという事だろう。岩盤が脆くなっていたのだろうか。万に一つもないことだが、次々にハーケンがふっ飛び、登山隊員七人全員が落下してしまった。垂直に近い絶壁にはどこにも掴まる所は無かった。


 「大林はどうしたんだい」俺はナターシャの体を弄くり回しながら言った。彼女はぐったりしてなんの抵抗もしなくなっている。
 「寝てる」石橋はそう言って、ビールビンで通路を指し示した。
 俺達と他の乗客達とのちょうど中間の辺りに大林はいた。横たわった百八十キロの巨体は、狭い通路にピッタリはまり込んでいた。誰も動かすことが出来ないだう。恐らく酔いが覚めても大林は起き上がることが出来ないだろう。
 振り返ると石橋はまた居なくなっていた。どこへ行ったんだろう。
 見付けた。
 石橋はフォークを持って操縦室に入っていくところだった
 何をする気だろうか。まずいんじゃないだろうか、それだけは。


 チョモランマは高い山だ。落下していくパーティはまだまだ地上に達しない。彼らが助かる確率はほとんど無いだろう。あるいはもう死んでしまっているのかもしれない。


 操縦室から物音が聞こえてくる。
 「なんだ君は!」
 「へっ」
 ガラスの割れる音。
 「ここに入って来ちゃいかん」
 「俺にもやらせろ」
 何か壊れる音。
 「いかーん!」
 「おおおー」
 「止めんかー!」
 「いいだろうがぁ!」
 何か嫌な感じの鈍い物音。
 「うぎゃー」
 「ざまあみろ」
 まずいぞお。俺はフラフラしながら立ち上がり、裸に剥いたスチュワーデスを抱えて操縦室に入っていった。
 メチャクチャの操縦室の中で石橋が操縦していた。
 「おおーい、石橋いー」
 「おー、なんだー」
 「お、お前なあー、操縦できるのかあー」
 「当たり前だあー」
 「そうかあー、それなら安心だぁー」
 俺はナターシャの豊満な胸を揉みしだきながら、ヘラヘラしている。なあんだあ、安心したなあ。気持ちいいやあ。
 「カチャン、ブーンブーン、ピコピコ」
 石橋は壊してしまった計器の代わりに、自分の口で様々な効果音を出しながら、操縦管を握っている。
 「あのなあ、石橋いー」
 「なあんだー、チーン、ガッチャン」
 「あのなあ」
 「チッカッ、チッカッ、なんでございますか。グイーン、キキッ」
 「落ちてるぞ」
 確かに飛行機はどんどん高度を下げているようだった。
 「あほぬかせー、ガチャ、ポーン」石橋はそう言うと、何かのスイッチを押した。
 エンジンが停止した。飛行機は錐揉み状態で落下し始めた。
 「ガチャン、ガチャン、ドーンパーン、ポーン!」
 俺は再びナターシャの体を弄り回すのに夢中になって、他の事はどうでもよくなっている。


 フランスの登山隊はまだ落下し続けている。時折、硬い岩肌にぶつかっては大きくバウンドしている。


 「そうか、ガチャン、解ったぜ」
 「ああ、なに」
 「これさ、ピピピピ、ピーン」と、言って、石橋はスイッチを押した。
 飛行機はフルパワーで加速した。物凄い速さで落下していく。
 「え?」
 あっという間に、飛行機は地面に叩きつけられ大爆発した。

 パーティの死体はまだ落ちてこない。
 この勝負、俺達の勝ちであった。

                        終

               いやー、疲れました。手書きの方が断然早いです。




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