AWC <冬の日に>再アップ    星虹


        
#1313/3137 空中分解2
★タイトル (EQM     )  91/12/ 2  12:19  (111)
<冬の日に>再アップ    星虹
★内容

   「きょうも、がんばらなくちゃ」

    少女は心にそういいきかせてから、一人住まいのアパートを出た。
   外はまだ薄暗い。冷え込みのきつい朝だった。吐く息がもやのように
   視界をさえぎる。少女は厚手のジャンパーのチャックを、きゅっと引
   き上げ、古びた毛糸の手袋に包まれた両手を口にあてた。

   「きょうはクリスマス…今年こそ、なにかいいことがないかしら…」

    少女は新聞配達のアルバイトをしている。昼間はビデオ女優。夜は
   クラブのホステス…。より多くの報酬を求めて、いろいろな職を転々
   とした。しかし、どんなに働いても生活は苦しくなるばかり。母が倒
   れて、もう三年が過ぎようとしている。病身の義理の母には、気の遠
   くなるような介護費用が必要だった。生活のため、少女は高校を中退
   してから、とにかく身を粉にして働き続けたのだ。
    少女は孤児だった。ものごころついたときに、両親はすでに他界し
   ていた。小学校三年のとき、いまの家に養子として入籍したのもつか
   のま、義理の父はすぐに病死。残された少女と母は、それから貧困の
   坂を下りはじめた。もともと子宝に恵まれなかった義理の両親は、少
   女をこよなく愛してくれた。そのあたたかい思い出だけが、いまの少
   女の心の支えだった。

   「おはようございまーす」近所の魚屋に新聞を配る。
   「おはよう」店の青年が笑顔をなげる。

    粗野な顔つきだが、彼の心の広さを少女は知っている。彼の厚い胸
   に抱かれる自分を、少女はふっと空想することがある。そのたびに、
   わたしの仕事をあの人に知られたら…そんな雑念がむくむくと頭をも
   たげ、少女の胸は不安になる。こんな仕事やめてしまいたい…なんど
   も思う。そのたびに、高収入の誘惑が少女をためらわせていた。

   「おかあさん、元気か?」青年は言う。
   「ええ…と言いたいけど」
   「思わしくないの?」
   「…うん。でも安心しろって、先生が言うから大丈夫」
    少女は無理に明るく振る舞う。母の病は、日増しに悪くなるばかり
   だった。
   「なにかあったら言ってくれよな」
   「ありがと」少女は微笑んで、ペダルを踏み出す。
   「きょうもがんばろうぜ」
    青年の言葉を背中に受けながら、少女はたったひとつの幸せを感じる。

   「小野田さんから、新聞入ってねぇってさ」店の主人が言う。
   「またですか…?」つい先日も同じ苦情を受けたばかり。
   「またですか、じゃあないぜ。早く届けてくれよな」
    主人は、そう言って舌打ちをする。
   「新聞は確かに入れたのに…」誰かのいたずらに違いない。一生懸命
   やってるのに…どうしてうまくいかないのだろう…。

    ……小さなホテルの一室。
   「おつかれさまでした」少女は引きつった顔を無理にゆがめて、笑顔
   を見せた。
   「おお、ご苦労さん。ところで、一杯やってかない?」
    監督がバスローブをはおった少女に誘いをかける。
   「すみません。約束があるんです」
    この監督は好きになれない。人をこばかにするような横柄な態度。
   会話のはしばしに出る嫌みな性格。少女は軽く頭を下げてバスルーム
   に向かう。
   「じょうひんぶりやがって…」わざと聞こえるように浴びせる言葉。
   「次のお声がかかると思ってんの?」
    シャワーを目いっぱいひねる。水が身体に突き刺さるように痛い。
   頭のてっぺんから、つま先まで、知らぬうちにしみこんでしまった異
   物をほじくり出してくれるようだ。

    ……矯声が渦巻くクラブのボックス席。
   酔った客の言葉が、赤鼻のトナカイのメロディーにのって、頭の上を
   通り過ぎる…。
   「どうしたの?」酒臭い男の唇が近づく。少女は身体をよじらせて、
   男の顔を遠ざける。引き寄せられて、耳元にキスをされる。男の唾液
   が首筋を伝う。少女は、男の手をふりきって、そのまま控え室に駆け
   込む。
   「あんた、いつまでネンネやってんだよ」ベテランのホステスが後ろ
   から声をかける。「商売なんだよ、もっと真剣にやりなよ」
   「すみません…」ホステスになって、すでに三ヶ月が過ぎたというの
   に、少しも同僚にとけ込めない…。
    その日、少女は早退をした。夜の町にとびだす。少女には華やいだ
   町が、なぜかずっと遠くのもののように見えた。黒い服に着替えた少
   女は、ポケットに両手を入れて、夜の町をさまよう。きょうはクリス
   マス…かき入れどきだ。今夜も少女は空き巣を重ねる。この仕事は自
   分との闘い。誰に気兼ねすることもない。仕事がうまくいったあとの
   快感は、つらいことや悲しいこと、すべてを忘れさせてくれる。少女
   がいちばん気に入っている仕事。
   「これだけは、やめられそうにないわ」

    ……少女は病院への道を歩く。
   「もっとがんばらないと」クリスマスだというのに稼ぎが少なかった。
   「あの仕事も、この仕事も、みんなだめになっちゃう…」少女は焦り
   と不安でべそをかいた。母になど相談できっこない。青年の笑顔が浮
   かぶ…。
    ナースセンターをのぞくと、顔見知りになった看護婦がいた。笑お
   うとしたが、寒さで頬がこわばっている。
   「遅くまで大変ね」看護婦の言葉に、少女は複雑に微笑む。
   「お母さん、きょうは具合がいいわよ」と看護婦。
   「ほんと?」
    少女は急ぎ足で病室に向かう。
    ドアをそっとあける。もう消灯をとっくに過ぎた時刻。いちばん奥
   の窓際に母は寝ている。水銀灯の明かりが、寝入った母の顔を浮かび
   上がらせている。
   「また、外を見ながら寝ちゃったのね…」
    少女は、そっとカーテンを引く。黄色い点滴は、まだ半分くらい。
   母の寝顔は好きだ。母の胸のふくらみに、そっと頬を寄せる。あたた
   かな鼓動を聞いて、少女は安心する。
   「あしたもがんばるよ…」
    ひとすじの涙が少女の鼻すじを伝う。
   「ごめんね、ケーキ買うの忘れちゃって…」

    窓の外でサンタクロースが呟く。
   「俺にはわからん。この子に、どんなプレゼントをあげたらいいかな
    んて…」
                             (了)




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