AWC パラレル>「鷹司」     永山


        
#1306/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/11/29  22:59  (164)
パラレル>「鷹司」     永山
★内容
 その男の人が入社してきたのは、年度がかわったばかりのことだったと思い
ます。
 一見、彼はハンサムでした。それを認めるのに、男の僕もやぶさかではあり
ません。女子社員の中には、早くも彼に目をつけた人達もいたようでした。
 でも、僕が滑稽に思ったのは、彼の名前でした。せっかく、見られる容姿を
しているのに、彼の名前は、名は体を表すという諺もどこへやら、ちょっとお
かしなものでした。
 いや、正確には、姓と名の取り合わせがおかしいのです。名前は鷹司といっ
て、ごく普通の響きです。姓は津間といいますが、これも単独で耳にすれば、
それほどおかしくはありません。
 しかし、この二つが組み合わされた瞬間、何とも言えない、妙な音を持つに
至るのがお分かりでしょう。「つまようじ」、それが彼の名前でした。
 こういう場合、僕はこんなことを考えてしまいます。小学校の頃、「やーい、
爪楊子爪楊子!」と馬鹿にされたんじゃないかしらって。名前を持つ本人に何
ら責任はなく、また、爪楊子自体に何かある訳でもなく、そう言われては笑い
の的にされていたんじゃないでしょうか。さらに飛躍して、こんな名前を付け
た親を呪ったんじゃないかな、とまで考えてしまいます。
 さて、言い遅れていましたが、ウチの会社は、コンピュータゲームのソフト
を主に開発する、中堅企業です。中堅と言っても、立派な社員食堂はあります
し、ちゃんとした健康診断も実施されています。僕が、津間鷹司に興味を持つ
きっかけとなったのが、四月末の健康診断でした。
 その日、定められた時刻が来ますと、僕の部署の男子社員は揃って健康診断
に向かいました。とって付けたような、狭い保健室に男子全社員が入れるはず
もないので、分割されているのです。
 最初に身長を測ってもらい、次に体重、視力検査等々、順次やって行きます。
名前からいって、たまたま津間鷹司、僕の順になっていました。ちなみに、彼
の身長は175cm、体重は60kgで、視力は両目とも2.0でした。
 ついで、僕達は上半身裸になり、目が開いてるのか開いてないのか分からな
いぐらいに細い、ご老体の先生の前に座り、聴診器をあてられます。
 僕は目の前で座っている彼の背中を見て、あることに気付いたのです。彼の
背中は、ちょっとしたスポーツマンタイプとでも言えましょうか、割合筋肉の
付いた、がっちりとしたものです。が、肩こう骨のあたりに、左右対になった
痣というか傷というか、とにかくそんな物があるのです。
 ちょっと気になったので、僕は自分の番が終わると、彼に聞いてみました。
「背中にある傷、何の痕なの?」
「気付いたのか?」
 彼は怒ったように叫びました。しばらくの間、周りからの注目を集めました
ので黙っていましたが、それもなくなると、彼はまた口を開きました。
「……すみません。乱暴な言葉遣いをして」
「いや、別に構わないけど。年もそんなに変わんないんだし。でも、そんなに
しゃべりたくない理由があるの、その傷?」
「はあ、まあ」
「いや、しゃべりたくなかったらいいんだけどさ」
「……お昼、食堂に来ますよね、先輩は」
「そりゃ、弁当を作ってくれるような人はいないから、行くけど」
「じゃあ、その時、説明できるかもしれません。面倒になりそうだったら、説
明できないかもしれませんが」
「?」
 彼は変な言い様を残して、さっさと先に行ってしまった。どうして、こんな
曖昧な言い方をするのだろう? 説明できるのならできる、できないならでき
ないで、はっきりと言ってくれたらいいのに……。

 それから後は、彼の言葉が気にかかって、あまり仕事にならなかった。僕は
集中力を欠くと、まるで駄目なのだ。二つ以上のことを同時にやるのも苦手で、
だから未だに車の免許が取れないのだ。おっと、これは関係ないか。
 とにかく、ようやく昼休みとなった。誘うまでもなく、鷹司君の方からやっ
て来た。
 二人して同じ物の食券を買い、カウンターに出し、トレイごと受け取る。そ
して、僕はまん中の席に座ろうとしたのだが、相手が隅の方がいいと言うので、
端っこの二人掛けの席に腰を落ち着けた。
「ここの親子丼、甘すぎるんだなあ。思いませんか?」
 彼は説明を始める気配は見せず、そんなことを言う。
 それにしても、僕はここの親子丼の味、ベストだと思っているのだけれど…
…。彼の味覚はおかしいのではないか。だいたい、そんなに甘いと思うなら、
親子丼を注文しなければよいではないか。
 だが、この思いを口にして、機嫌を損ねられ、説明を聞けなくなったら面白
くない。私は肯定的に答えた。
「うん、そうだね。ちょっと、甘いかな」
「そうでしょう? でも、他のはもっと甘すぎたり酸っぱすぎたり辛すぎたり
で、食べられないんです。だから自分は、会社に入ってからこればかり食べて
る様なものですよ」
 なるほど。先ほど浮かんだ疑問は、氷解した。
 その後、僕らは黙々と親子丼を食べた。
「それで……。そろそろ、説明を聞かせてくれないかな」
 食べ終ってから、楊子入れから一本取り出し、歯をシーシーとやりながら、
僕は聞いた。
「やはり、爪楊子を使いますね。僕にはそれができないんですよ」
「え?」
 何のことだか分からなかった。冗談だろうと思いながら、僕は次のように言
った。
「……まさか、それは君の名前のせいかい?」
「そうなんです」
 真顔で答える津間鷹司。
「正確には、名前のせいじゃないとも言えます。これは、僕のもうひとつの職
業なんです」
「しょくぎょう? 職業だって? 仕事のこと?」
「そうです。見てて下さい。もっとも、見えるかどうか、分かりませんが」
 言いながら彼は楊子入れを左手に持ち、右手を構えた。と思ったら、素早く
その右手が動いた。目にも止まらぬ早さとは、このことを言うのだろう。津間
の言葉を裏付ける速さで、爪楊子は通路を挟んだ向こうの四人掛けのテーブル
にあるメニューに刺さって行った。
 それだけでも凄いと、何となく思っていたが、よく見ると、メニューに刺さ
った爪楊子は、何かの文字になっているようだ。
「ヨ……ウ……ジ……ナ、ゲ……。楊子投げ?」
「見えたようですね。目がいいようで。これがもう一つの職業です」
「どういう風にして、職業として成り立つんだい?」
 馬鹿々々しいと思いながらも、僕の心のどこかでは感嘆する気持ちもあった。
「プロ楊投選手。互いの胸に、そう、心臓の辺りに的となるマークをあてがい、
そこにどれだけ正確に刺すか、そういうものがあります。もちろん、今のよう
に、純粋に技術を競う競技もありますが、本質は一対一の対決にあります」
 信じられない思いがした。そんな競技が、存在しているなんて。
「……で。それが、君の背のアレにどうつながるんだい?」
「ああ。あれは、超楊投手養成ギプスの痕です」
「ギプス?」
 僕は瞬間的に、昔見た、野球TVマンガを思い出していた。
「どういう訳か、僕の父も選手でしてね。あまり強くはなかったそうなんです
が、自分のかなえられなかった夢を僕に託しまして、世界チャンピオンにしよ
うとしたんですね。その世界では有名なトレーナーの所に、僕を小学校入学前
から、送り込んだんです。そのギプスを装着すると、爪楊子の投げ方が矯正さ
れるんです。長い間、着けていたために、ああいう痕が残ってしまいまして」
 ここでようやく、僕は理由が分かった。同時に、どんな競技なのかも、興味
をひかれた。
「津間君は、今も試合をやっているの?」
「いえ……。今はもう」
 相手は語尾を濁してしまった。僕はその理由も聞きたかったのだが、彼の様
子を見ていると、聞かない方がいいようだった。背中の痕の理由は聞けても、
こちらは問題ありそうだ。結局、時間もだいぶ経ったこともあって、そこで話
を切り上げ、僕らは席を立った。
 しかし、思いもかけぬ形で、僕ら、いや、彼は足止めを食らったのだ。
「あんた、見たぜ。さっきの技……」
 帽子を目深にかぶったその男は、清掃員だった。津間鷹司が黙ったままでい
ると、男はさらに続けた。
「前から、どこかで見た顔だと思っていたが、思い出したよ。楊投世界チャン
ピオンになり、不敗のまま、突然引退した”流状紋の鷹司”だろ、あんた?」
 それでも黙っている津間鷹司に代わり、僕は口を開いた。
「……かなり、詳しいみたいだね、おじさん」
「詳しいはずですよ、先輩。この人、顔は隠しているけど、僕には分かる。楊
投界の大御所、そして小さい頃の僕を鍛えてくれた人だ」
「え?」
 僕があっけにとられていると、清掃員のおじさんは笑いながら帽子を取った。
 それを見て、津間鷹司も笑いながら言った。
「やっぱり、”六本指の泉”さんだ」
「久しぶりだな、探していたんだぜ……」
 二人は場所も時間もわきまえず、突如、抱き合って感動に浸っている。僕は
ただ、見守るしかない。
「どうして、急に辞めたんだ。あのとき、おまえは絶頂期にあったはずだぞ」
「……高校のときの同窓会があったんです。みんな、いわゆる一流企業に就職
している奴がほとんどだった。それにひきかえ、お、俺は何と答えたらいいん
です? プロ楊投? 何だそりゃって言われ、笑われるのがオチですよ! …
…だから、俺、まともなとこに就職しようと思って勉強して、やっとここに入
ったんです」
「バカヤロー! 何で、胸張って言わねえんだ、楊投の世界チャンプだってよ
う! 世界一だぜ!」
 ”六本指の泉”は、鷹司を突き飛ばしてわめいた。
「で、ですから、あまりにマイナーで……」
「その中で一番強い奴がそんな気じゃあ、いつまでたってもマイナーなままだ
ぜ。え? どうだい、もう一度、わしとやらんか?」
「え?」
「黄金コンビを復活させ、再び頂点を極めると共に、この素晴らしい競技、い
や、格闘技をメジャーにするんだ」
「……。泉さんは、どうしてここに? 俺が入社した所と同じとこにいたなん
て、おかしいんじゃ……」
「おまえを探してよう、色々と網を張っていたんだ。ようやく、掴まえたぜ」
「そんなにまでも、俺、いや僕のことを……。分かりました。また楊投をやり
ます!」
「そうか、やってくれるか! それでこそ”流状紋の鷹司”だ」
「泉さん!」
「鷹司!」
 二人は再び抱き合うと、おいおいと泣き出してしまった。
 僕はさすがに気恥ずかしかったが、この二人の行く末を見届けたいという思
いの方が強かった。
 この二人が楊投世界一の座に返り咲くまでの話は、また別の機会に……。

 終わり




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