AWC トンビ /遊遊遊遊


        
#1286/3137 空中分解2
★タイトル (PPB     )  91/11/23   8:39  ( 61)
トンビ /遊遊遊遊
★内容

 深夜に、ターミナルから長距離バスが発車した。 車中は、旅慣れた人たち
が多く、発車後すぐに、あちこちから寝息が聞こえてくる。 バスは深夜の高
速道路に入った。 バスは彼女のふるさとに向かっている。ふるさとに帰るつ
もりもないのに、彼女はこのバスに乗っている。 彼女は眠れなかった。

 都会へ出てきて、もう、7年をこえた。 小さいころから、彼女は自立心が
強かった。 母が早く亡くなって、兄や姉はよくしてくれたが、甘えは許され
なかった。 彼女は、都会で独力で生きぬいてきた。きつい会社の仕事も、無
難にこなせるようになった。 生活は安定し、友だちもいる。

 だが、大事なものが欠けている。 彼女は、甘い恋を密かに夢見ていたのだ
が、まだ、恋の経験もない。 彼女は、とびっきりの美女でもなく不美人でも
ない。 並みの容姿のOLで、人当たりもやわらかい。 が、「自立しなくて
は、甘えてはいられない」という気迫が身についたのか、男性は近寄れなかっ
た。 兄や姉からも、縁談を持ち込まれたこともあったが、彼女から見ると、
いつも「頼りない男」ばかりだった。 いつの間にか、彼女は29歳になって
いた。

 もう、恋なんかできる歳ではないのかな! と 彼女は思っていた。 昨日
と同じで今日も暮れた。 明日も同じ一日だろう。 満たされないまま、無情
に時は流れていく。

 偶然に、街の雑踏の中で、彼女は同級生に会った。 彼も、まだ、独身だっ
た。 彼は消防士をしていた。 彼と会っているときは心がなごんだ。 彼女
は彼の中に安らぎのようなものを感じはじめていた。 そんな彼が、彼女に体
を求めてきた。 汚いものでも見るような顔で、彼女は彼を拒否した。 彼は
ありったけの勇気をふりしぼり、恥ずかしさを乗り越えて、彼女に求婚したつ
もりだったのだが・・・傷ついた彼は静かに去っていった。

 彼はもう戻ってこない。 また、無情な時が流れ始めた。 昨日も今日も明
日も、同じような毎日が続く。 いたたまれない毎日が続く。 彼女は自分が
恋に陥っていることを知った。

 何度も電話したり、手紙を書いたりしたが、彼の心は、もう彼女から離れて
いた。 今日は、彼に「迷惑だっ!」と言われて、すべてを失ったことを、彼
女は悟った。 会社からアパートへは帰らず、あてもなく街を歩いた後、彼女
は高速バスに乗った。

 深夜の高速道路をバスは走り続けている。 午前2時、バスは、サービスエ
リアに入った。 15分のトイレ休憩停車だ。 数人の乗客と乗務員が一緒に
バスを降りてトイレに向かっている。 数分遅れで、彼女は緩慢な動作で席を
立ち、バスから降りた。 彼女は暗黒の林に入っていった。

 「わたしを捜しに来てくれるかな?」 という、彼女のかすかな期待もむな
しく、バスは発車していった。 「これでいいのだわっ」とつぶやきながら、
彼女は林の奥へ分け入った。 下の方で川の流れの音が聞こえる。ふるさとに
つながっている川だ。

 「かわいそうに・・・」と母の声を聞いたような気がする。
 「お母さん」と、ひとこと言って、彼女は木にぶらさがった。

 朝になった。 清流の上をトンビが舞っている。 林のなかに、死体がひと
つ、ぶら下っているのを、大空を舞うトンビが見つけた。 「ピーヒョロロ」
と、トンビが彼女に送る哀悼の鳴声!

 トンビだけが、彼女の失恋の悲しみを知っている。


             1991−11−23   遊遊遊遊(名古屋)





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