AWC 「波、高し」    ニーチェ


        
#1275/3137 空中分解2
★タイトル (NJF     )  91/11/17  19:31  (151)
「波、高し」    ニーチェ
★内容

夏の浜へ来たから日差しを浴びた
潮の香りがしたから髪を濡らした
色が抜けて焦げ茶色になれたら
波の中へ潜り込んでしまおう
塩辛いからすべてを忘れられる
いつかの夜のように一人きりになれる

日光は弱いからよく日に焼ける
鼻の頭だけが赤くなるからクリスマス
誰かと一緒なら海へ出ようと思う
波が高いからいい男に見えるだろう
そのうちにね
帰りつくまでには髭も伸びているし
たっぷりと陽を吸い込んでいる

誰かが忘れてきた夏の匂いを
分けてあげようか
秋までにはまだ少し時間があるから
踏み荒されつくすまでにはまだ少し
だから海へ来ただから海へ出ていく
風さえ助けてはくれない
それが唯一の救いかもしれないけれど

悪いな
忘れることは泳ぐことだ
海草の漂う汚い波にさらわれて
青い波だけ追いかけて過ごすのが一番だ
袖のないシャツに身を軽くして
そのうちに何もかも捨てられてしまうさ
悪いな

夏だからね
センチメンタルはヘビーメタル
Northern Townは日が差すけれど
一筋の光さえ届かない場所だってある
つまらないことを聞くなよ
つまらないことを尋ねたりはするなよ

時計を忘れて来たから海へ出る
波は高いけれど髪を濡らしてしまおう
全身を潮にさらしてしまえば
ゼンマイが止まる
鋼はそのうち伸びきって
ネーム入りのキーまで溶けだすさ
まるで誰かの頭の中みたいにね

日差しが弱すぎる
風が少なすぎるね
もっと自由であっていいのじゃないか
もっと自由を捨ててしまっても
いいのじゃないか
どちらにしても舫を解くことはできない
狭い港から外海へ出ていくことも
できないけれど

腕だけが日焼けして
誰かに会わせる顔がない

ちゃんと言いなさい
ちゃんと分かるように言いなさい

説明することなど一つもないのだけれど
思い出をふやすことは大人になること
少し損をした気分を味わうこと
少し苦い味を覚えること
道に迷ってそのうちに
元の道に逆戻りすること
同じ空気を吸って同じ風を感じて
そしてさよならを言い合うのも
素敵かもしれないね

まだ何も言ってない
まだ何もしてない

前へ進むより後へ戻るほうが難しい
水掻きが欲しいぐらいだね
ぶくぶくとあぶくを吐きながら
にごった水の底を泳ぐのもいいかもね
そのうちに自分の周りの水を
ぜんぶ飲み込んで
酔っぱらってしまうかもしれないね

ジントニックは素敵な夏の味だ
ワインを飲むよりいい気分だ
けど今夜はワインをあおってしまった

知らない声で囁かないでくれるかな
いつかみたいに小さな声で
海へ行こうよって言ってくれないかな
連れてってあげる
弱い日差しをくぐり抜けて
弱い風をつっきって
連れてってあげる
浜へ降りるのはどこからだったかな
いつかみたいにこっちだよって
囁いてくれないかな

空気がとまってる
誰かの一瞬みたいにね
砂が動かない足をつけてしまうまでは
全体重をかけて立っているのさ
だから波がさらっていく
足元のすべてをさらっていく
誰かの一瞬みたいにね

月が出ているね
だから一人きりでいられる
風が止まっているから一人で眠れる
Southern Crossはここまで届くけれど
月の光さえ届かない場所だってある

くらくら
くらくら

波が高いから方向をなくしてしまった
どっちが上でどっちが下だったかな
そのうち息がつまって
いい気分のうちに森へ帰れるかもね
誰かと連れ合うこともなく
それだって平和には違いない
それだって幸福には違いないさ

帰りつく光
日も差さない月も届かない
風が吹き込むだけの影の中だ

一人で出かけるのは見つけること
すべてを取り戻すこと
すべてをなくすこと
新しく手に入れるのは別のこと
そんなことよりも
そんなことより大切なものが
あるのじゃないか
今見つけなくちゃいけないことが
あるのじゃないか

早く帰っておいで
それからもう一度

肩を抱きたい唇に触れたい
すべてを所有したい
誰のものでもないから占有したい
切れないものは切る必要がない
切りたくないものは早めに切るに限る
そうでなければ
波さえ静かになりすぎるからね

くたくた
くたくた





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