AWC 「生還」   Tink


        
#1229/3137 空中分解2
★タイトル (DRH     )  91/10/14   5:11  ( 64)
「生還」   Tink
★内容


 最終カーブを抜けると、アクセルを全開にする。
 ギアをトップまで持って行ってやると、V8エンジンの少し甲高い音と共に、車は
どんどんと加速していった。
 驚異的な早さだった。二位以下のドライバー達を周回ごとに二秒近く早いラップタ
イムで確実に離していく。
 しかし、そんな幸運も長くは続かなかったようだ。
 突然右前の方で激しい爆音が聞こえたかと思うと、マシンは姿勢を崩してスビンし
出す。右フロントのタイヤがバーストしたのだ。
 重いハンドルで必死にカウンターを当てるが間に合わない。カーブに突っ込んだか
と思った瞬間にタイヤバリアに激突して、車体が大きく跳ね上がって、宙を舞った。
 ぐるぐると回る視界の中で西野 晃はほとんど死を覚悟していた「「。


 一瞬の闇の後に見たのは意外なことに、見事な夕陽だった。
 夢を見ていたのかと思ったが、そんな訳はないと思い直した。
 外傷は無いようだが妙に身体が痛むのである。
 レーシングスーツのファスナーを下ろすと汗でびっしょりと濡れたアンダーウェア
に冷たい風が吹き付けて、とても寒く感じられた。
 しかし、一体どうしたのだろうか?
 晃がクラッシュした三コーナーのタイヤバリアは黒く焼けただれていて、事故の事
実を生々しく表わしていた。
 どうやら既にレースは終わっているらしく、コース上もスタンドも人の子一人すら
いなかった。
 ヘルメットを小脇に抱えてゆっくりとコースの真ん中を歩いていくと、さっきの出
来事が、まるでビデオを見ているかのように再現される。
 胃の辺りが少しヒリヒリとした。
 メインスタンドまで歩いて戻ってくると、一人の黒い服を来た少女が佇んでいた。
 そして、晃の方をみると、笑いかける。一体誰なんだろうか?
 晃は少し眉を潜めると、少女の方へ歩いて行く。どこかで見た顔だと思ったのだ。
「「お久しぶり。そして、ごめんなさい。
 頭の中へ直接声が響いた。
「君は一体……」
 言ってから、あっと思った。二年前交通事故で死んだ、生きていれば同窓生の広沢
明美だったのである。
「「覚えていてくれたのね。
 明美はにっこりと微笑みながら言った。
「ごめんなさいって言ったけど、どうして?」
 晃はのどがカラカラに乾いていくのを感じた。
「「運命管理に少し手違いがあって、死ぬはずで無い貴方が事故に会ってしまったと
言う訳。普段ならそんなことは、ほとんど無視してしまうこともあるんだけど、あな
たのこれからの世界に与える影響で、時間流のベクトルが変化してしまうのを防ぐ為
にあたしが来たって訳。
 明美は、呆然とした晃に向かって手をのばすと、ゆっくりと抱き締めた。
「「だから、助けてあげる、ね。
 晃は軽い浮遊感を覚えると、ゆっくりと意識が遠退いて行くのを感じていた。


 一瞬くらっとしたような気がした。その一瞬の間に何かあったような気がしたが、
何故だか思い出せなかった。
  突然右前の方で激しい爆音が聞こえたかと思うと、マシンは姿勢を崩してスビンし出す。右フロントのタイヤがバーストしたのだ。
 晃は咽から飛び出るほど鼓動が早くなるのを感じていた。
 必死にブレーキを踏んでから、右にカウンターを当てたが間に合わずカーブに突っ
込む。サウンドトラップから激しい砂煙りが上がったが、何とか止まることができた
ようだった。
 晃は安堵の溜息をつくと、ゆっくりとマシンから降りた。

 そして、月日は流れ日本人初のF1チャンピオンに輝いた彼も既にこの世にいない。
 ヨーロッパラウンド最後のレースで事故死したのだ。
 どうやら奇跡は二度も起こらなかったらしい「「。

                                 (おわり)




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