#1219/3137 空中分解2
★タイトル (RJM ) 91/10/ 2 0:54 (135)
ぶら下がった眼球 第十章 スティール
★内容
第十章 罠
大佐の顔は、シェークスピアの役者並みの
見せ物だった。あまりの深刻さと猜疑心が、
滑稽でさえあった。
「第15号と聞いただけで、人口減少対策の
プロジェクトとよくわかりましたね、博士」
と大佐は言った。大佐の顔は、笑っていた。
しかし、私の出方を観察している態度は隠し
ようがないようだ。大佐の言葉には、大きな
間違いがあった。私はそれを指摘した。
「いや、私は博士じゃない。もっともそう呼
ばれても違和感はないがね。」
言い終えてから、それがお世辞であること
に気付いた。確かに私はそう呼ばれても違和
感もなく、当然のように感じていたことは事
実であった。大佐の今の地位はこの狡猾さで
築かれたものなのだろう。私は大佐の賢さに
感心した。
いや、そうでしたな、と言って、大佐は笑
った。笑って何かをごまかしているような空
気を感じた。いったい、これから何を言うの
だろうか?
大佐は、話をそらすように世間話を始めた。
ちょうど同世代でもあったので、大佐と私の
学生時代や子供の頃の話をした。このような
話をして、懐柔するつもりなのか?それとも
あけすけに懐柔していることを悟らせ、別な
狙いがあるのか?それとも、目的もなく、な
んとなくこんな話をしているのか?
EVEとの二人きりの生活が急に懐かしく
なった。私はこんなくだらない事にかかわる
よりも孤独な宇宙空間の方が、まだいいと思
った。
私は大佐の話に相槌をうって、ただうなづ
いていた。私がもう、うんざりし始めた頃、
大佐は本題に入った。
「バベル博士が存命中から、出生率の減少は
政府部内では、問題になっていました。そ
こで、第15号のプロジェクト、すなわち
人口減少対策のプロジェクトが認可され、
統計的な調査、生物学的な調査などが行わ
れました。」
私は心の中でうなずいた。
「生物学の権威のバベル博士にも、第15号
計画のスタッフが派遣され、協力を依頼し
ました。バベル博士に、統計的な資料その
他を渡し、助言を求めました。」
大佐は紅茶を飲みながら話を続けた。
「バベル博士が注目したのは、出産可能な女
性の細胞の新陳代謝に関するデータでした。
新陳代謝のデータというのは・・・。」
大佐は不安そうな顔をして、私の顔を見た。
こんな専門的な話をして、私が不愉快じゃな
いかどうか、気になったのだろう。
「ええ、わかります。遺伝子の種の保存のこ
とでしょう。」
私は続きを促した。
「生物の生殖行為は、遺伝子の種の保存行為
だというのが、いまの学会の定説です。遺
伝子自体の増加のために生物が増殖してい
るという理論です。生物が生殖可能でなく
なると、細胞の新陳代謝の鈍化が始まりま
す。遺伝子を増殖し終えた生物は役目を終
えるというわけです。病気やケガその他の
要素を無視すれば、理論的には細胞の新陳
代謝が続く限り生物は生き続けることも可
能です。また、生物の本能という観点から
も説明がなされています。親が子を擁護す
る必要がなくなるころから、少しずつ老化
が始まり、子供に生活空間を明け渡すため
に死ぬと考えることもできます。このよう
に、いままでは生物の種の保存の保存と考
えられていたことは、総て遺伝子の保存に
置き換えられてしまったわけです。」
(なんて、分かりにくい説明だ。)と思い
つつ、私は口を挟んだ。
「そう、その理論で、生物の進化も説明がつ
く。遺伝子は生き残るために、その形態・
形質の変化さえも指示する。いわゆる変態
・変質者ってやつだ。」
学校の講義なら、ここで学生が笑うところ
だ。
「そう。神とは、遺伝子又は生命エネルギー
ではないかという学者もいます。」
私は笑った。
「大佐。その学者とは、私のことだよ。」
しかし、これも彼一流の世辞かもしれない。
心地好いユーモアだった。だが、ここで彼に
乗せられてしまうにはいかない。
「でっ、大佐、バベル博士の話の続きは」
大佐の話は本題に戻った。
「バベル博士の意見によると、男女とも生殖
可能なはずなのに、細胞の新陳代謝が鈍化
してきているというのです。その後何十年
か、データを取っていますが、年々状況は
悪化しています。」
大佐は間をおいて続けた。
「遺伝子の老朽化あるいは異常と考えられま
す。」
私は急に胸に痛みを感じて、胸を押さえた。
わけのわからない不快な感情を感じたのだ。
私は紅茶をひと息で飲み干した。これが酒な
らいいのにと思いながら。