#1187/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ ) 91/ 9/19 5:52 (150)
「消して」(1) 浮雲
★内容
1
私はいま、仙台市若林区にある宮城刑務所の留置所にいます。宮城刑務所は、
二つの区画から成っており、地元の人たちはそれを「赤レンガ」「白かべ」と呼
んで区別しています。
「赤レンガ」は、未決の凶悪犯や死刑囚が収容されている監獄として恐れられ
ており、文字どおり赤い煉瓦の塀が外界との接触を絶っているのでした。
何年か前に起きた宮城県沖地震でも、「赤レンガ」はびくともしませんでした。
ヒビ割れひとつしなかったと言われています。一方、「白かべ」の方は、見事に
バタバタと倒壊しました。ところが、おもしろいことに誰一人として逃げだそう
とした囚人はいなかったそうです。
当然、中は丸見えでそれがめずらしいといって、県外からも沢山の見物人が押
し寄せたということです。
そんな騒ぎをよそに、「赤レンガ」はいつものように冷たく、しかし威風を失
うことなくそこにありました。
周囲はいつもうっそうとした薮に覆われ、毒蛇や毒蜘が無数に這廻し、深々と
した黒緑色に淀んだ堀割には親指ほどの毒ヒルやさつま芋ほどにころころ太った
イモリがうじゃうじゃいて、獲物が入りこむのを待っているのです。
宮城刑務所に送られてきた者は、まずはじめに「赤レンガ」に張り巡らされた
た平沢翁も、この宮城刑務所の「赤レンガ」の中に閉じ込められていたのです。
塔は、遠くからでもひときわ目につき、地元の人たちからは「六角大学」の愛称
で呼ばれています。
その「六角大学」は、明治時代の何とかやらの建築様式だということで、国の
重要文化財に指定されたと聞きました。私が押し込められているところからそれ
を望むことは出来ないのが残念です。
ここにいるということは、ほかでもありません。犯罪者として裁判所の被告席
に立たなければならないという不当な扱いを受けているということです。
なぜ、こんなことになったのか。私の゛仕事゛が法に触れたのだろうと疑う方
がいるかも知れませんが、それは違います。
いっそ白状してしまいましょう。
私の゛仕事゛は、あれは、インチキです。ペテンです。ならやっぱり法に触れ
、犯罪者として逮捕されたのだろうと言われるかも知れませんが、そんなことを
言ったら、手品使いや占い師たちは一人残らずブタ箱入りです。ましてや霊感な
どという卑劣な詐欺行為とはまったく次元が違います。
私の言うペテンとは、思いも寄らなかった落し穴があった、という意味なので
す。
なんともつまらない理由からここにいなければならないことと併せ、私が心を
痛めているのはそういう訳なのです。
2
゛仕事゛をはじめてから二カ月もたったでしょうか。お客の一人が警察に呼び
出されました。
そのとき、気の小さい私はどれだけ寿命を縮めたことか。それから二、三日は
、つまらないことばかりぐすぐずと想像してはタメ息をつき、ヤケになって物を
壊したり、知合いの家に朝早くから長電話をしたりしてみたものの、少しも助け
にはなりませんでした。
いつドアが叩かれるか、きょうか明日か・・・。夜中に眼を覚ましては、こう
して無事なのは明日こそ捕まるということに違いない、などと本気に思い詰め、
それはいつのまにか確信となって全身を締め付け、指先に起きた震えは果てると
もなく続くのでした。
いっそ警察に出かけよう。そんなことを本気で考えて家を出たこともありまし
た。そうした方がどれだけ気が休まったことでしょう。
しかし、結局はそんな勇気など持ち合わせていないことを改めて知らされただ
けでした。
外を歩いていても、パトカ−を見かけては足をすくませ、ジャンパ−姿の男が
二人並んで歩いてくるのを見つけては、思わず逃げ腰になるのでした。そんなと
き舌がひっくり返って喉をふさいでしまうのか、息苦しさに失神しそうになった
ことさえありました。
心臓がピクピクいうものだということも、はじめて知りました。
何がいやかと言って、みじめさ、そして腹立たしさから逃れられないでいらい
らすることしかできないことほど情けないことはありません。
しかし、時間と言うものはありがたいものです。一日、一日が無事にすぎてい
くうちに不安は見事に解消していったのでした。
あとで分かったのですが、そのお客が警察に呼ばれたのは、私の゛仕事゛とは
まったく関係のないことでした。しかも、容疑晴れたのか、あるいは何かの間違
いだったせいなのか、その日のうちに放免されたというのです。
そんな話を伝え聞いた頃、私の゛仕事゛はいよいよ軌道に乗り、もっとも絶頂
にあったと言えるかも知れません。
3
「国民総背番号制度」が導入されて数年になりますが、役所の窓口の見かけの
様子とは裏腹に戸籍係の業務はあいかわらずの旧態依然とした風景の中に取り残
されているのでした。
そんな実態を、自分のこの眼で確かめておけばこんなことにはならなかったの
です。
一、二年もすれば、すべての役所から古くさい、いかめしい書類や印鑑などき
れいさっぱりと消えてなくなっているだろうと思ったのです。
それに、知合いの何人かが「並ばなくても備え付けの端末でちょいちょいと見
られるのだから、ほんと便利になったよ」などという話を聞かせてくれたもので
す。
自転車で行っても二十分、バスで行けばたった180円の距離にある市役所に
行くのを横着したばっかりにこの有様です。
雷はなぜ尖ったものに落ち易いのか、レ−ニンの本名はなんというのか、貧乏
人になぜ子どもが多いのか、アナログ音声はなぜやわらかく聴こえるのか、そん
なことを知っていてもなんにもならないのです。
私は、ハイテクのコンピュ−タ−を操り、国の政策の恩恵に預かって思うまま
にもうけてきました。しかし、老人の頑固頭を自由に操作することは出来なかっ
たのです。
役所の古ぼけた戸棚に仕舞込まれた戸籍簿には手も足も出なかったのです。
いや、まさか「国民総背番号制度」が施行されて何年も経っているというのに
それがまだ職員たちの手元に置かれていたなどとは思いも寄らなかったのです。
博物館の地下倉庫にでも眠っているか、もしかしたら焼却処分されてしまって
いる筈でした。
そう意味では、ペテンにかかったのは私の方だったのです。
誰がそんな古ぼけた戸籍簿などを後生大事に保管し、暇にまかせて覗いていた
のでしょう。
昔は、役所の戸籍係などというものは、どこでも定年の近い年寄りが実権を握
っていたものです。その彼らが、コンピュ−タ−が導入されそれが法律で義務付
られたからといって、戸籍の原簿や、書類を決済するための印鑑をティッシュペ
−パ−を捨てるようにあっさりと手放すでしょうか。中指のペンだこを過去の醜
い遺物としてじゃま者扱いにすることが出来るでしょうか。
ハイテクなどとはこれっぽっちも縁のない老人たち、彼ら高齢者こそが私をこ
こに追い込んだ元凶だったのでした。
つまり、こういうことなのです。
私がその゛仕事゛をはじめてから少したった頃、自治省ではホストコンピュ−
タ−に異変が起きていることが分かったらしいのです。
長い間その原因がつかめなかったのですが、いろいろたどっていくうちに、い
くつかの市や町の役場におかれた端末でも同じ異常が起きていることに気がつき
しかし、はじめは何がどうおかしいのかそれすらつかめませんでした。内容が
改ざんされた形跡は見あたらないし、例えば町役場のデ−タと自治省のホストコ
ンピュ−タ−のデ−タを突き合わせてみても、食い違いがある訳ではなかったか
らです。
そのことは、何をいいましょう。わたしの゛仕事゛が順調に行っている証拠で
あり、私が信念に従って正しい方策をとったことに対する゛報酬゛でもあった訳
です。
それなのに、彼らのせいで何もかもメチャメチャにされてしまったのです。
4
ある日のこと、東北地方のある小さな市役所でこんなことがありました。それ
まで、若い職員たちが自治省からの指示で異常をチェックするためにディスプレ
ィを相手に悪戦苦闘しているのを横から冷やかに見ていた定年間近の職員が、何
を思ったのか変なことを言い出したのです。
同じ町内に住んでいる、ある男性のことで話があると言って、上司の机の上に
ボロボロの戸籍簿を広げました。
その男性は何かと女出入りがひどく、町内でも誰一人として知らないものはな
い、と言ってよいほどで、もちろん老職員もよく見知った顔でした。
ところが、一週間ばかり前に行われた市長選挙の立会い人として受付をしてい
たところ、どうしてもその男性の名前が名簿に見あたらないのです。選挙人名簿
は、自治省のホストコンピュ−タ−に登録されている、いわゆる「国民総背番号
制度」によって管理され、各自治体に再登録されるシステムになっています。
したがって、投票用紙が届かないというトラブルはあっても、選挙人名簿から
漏れるなどということはありえないのです。それが見あたらないというのですか
ら、どうしても役所の窓口で何かミスがあったとしか考えられないことになりま
す。
かの老職員は、秘かにチェックしてみました。するとどうでしょう。中年の職
員に頼んでその男性の名前を叩いてもらったところ、「該当のデ−タは登録され
ていません」と返ってくるではありませんか。
老職員は、その男性が「国民総背番号制」が導入される前からそこに住んでい
たのを知っていましたから、古い戸籍原簿に登録されている筈だと、それをひっ
ぱり出してきて探してみたのです。コンピュ−タ−しか扱ったことのない若い職
員には思いもよらなかったことでした。
彼の思った通りでした。
それから後は、ワケはありませんでした。ずるずるずる、と私は手繰り上げら
れたのです。
老職員がどんなに得意気であったことか、想像するまでもないでしょう。しか
し、私は断言できます。彼の老いた顔は、醜くゆがんでいたに違いありません。
そして、私はもう一つ大切なことをつけ加えておかなければならないのです。
その女性が私の前に現れたのが、私が逮捕される前日だった、ということを。
つづく