AWC    ピンチヒッター     by 星虹


        
#1166/3137 空中分解2
★タイトル (EQM     )  91/ 9/11  16:45  (113)
   ピンチヒッター     by 星虹
★内容

「ああ、いやだいやだ、もういやだ」
机上に積まれた書類の山を前にして、N君は髪の毛をジャリジャリッっと掻きむしっ
た。連日連夜の残業で、彼のストレスは最高潮に達している。
 時計はもう12時を回っている。同僚は早々に自分の仕事を片づけて帰ってしまっ
た。
(どうして俺だけが、こんなに仕事を…)
とボヤいても、彼の能力がないのだからしかたがない。
(こんなに俺が苦労してるというのに、課長はいまごろ…隣の課のレイコちゃんと…)
「うー、俺も、おもいきりHがしたいー!」
とN君が大声で叫んだとき、
「かなえてさしあげましょう…」
という声が聞こえた。声の方をふり返ると、いつの間にか身なりの正しい中年の男が
N君の後ろに立っている。
「あなたは、いったい誰ですか?」
「私は、人材バンクの者です。あなたの願いをかなえてさしあげるために、こうして
 うかがったわけです」
男は名刺を差し出しながら答えた。
「願い…?」
「たったいま、おっしゃったじゃありませんか。おもいっきりHがしたいと」
「ははは、は」
N君は照れかくしに引きつった笑いを浮かべて、髪の毛を掻きむしった。
「なにも恥ずかしがることはありません。Hは男の必需品…言葉がうまくないな…H
 は男の日用品…いやこれもだめだ…Hは男の、えい、どうでもいい。とにかく、当
 社ではお困りのあなたに協力をしたいのです」
「どうも、話しがわからない…」
「それはそうでしょう。あなたのアタマ…いや、こんなに唐突な訪問ですからな」
男はそう言いながら、手カバンから書類を取りだしてN君に差しだした。
「つまり、こういうことです。世間には他のことをやりたいけれどできない人間がた
 くさんいるわけです」
「それは認めましょう」
「しかも、世間にはいろいろとやりたいことがたくさんある」
「それも認めましょう」
「やりたくないこともたくさんあります」
「それは絶対に認めましょう」N君は胸をはって答えた。
「でもって、それをやりたくない人間とやりたい人間が1組いたとしたら、どうなる
 と思いますかな?」
「うむ、それはむずかしい質問だ」N君は頭をつかう作業が苦手なのだ。
「当社は、そこに目をつけたわけです。つまり、やりたくない人たちの仕事を、それ
  をやりたい人たちに分け与えるわけですな」
「わからなくなってきたぞ」
「ああ、うるさいな。とにかく、あなたがいまおやりになっている数学的な頭脳を使
  う仕事をしたい人がいるわけです。その人のために、あなたはその仕事をゆずって  あげるのです」
「では、僕はクビなのですか?」
N君はなさけない声を出した。男は大きなため息をつきながら、
「クビではありません。そのかわりに、あなたにはあなたのやりたい仕事をしていた
  だくのです」
とネバリ強く説明を続けた。
「やりたい仕事などあるわけがないでしょう」
「Hはしたいでしょ?わたしは絶対にしたい」
「僕も絶対にしたい」
「では、話しがはやい」
というわけで、N君は突然現れた中年の男の説明を聞きはじめた。男の話しは、まさ
に夢のような甘い香りがした。
「しかし、こんなシチめんどくさい仕事を引き受けてくれる人がいるなんて夢のよう
  な話しは、とても信じられない。しかも、僕はその人妻とHさえしていればいいな  んて…」
N君まだ懐疑的だった。
「うらやましい限りです。できることならわたしが…」
「よし、やってみよう」
N君はついに決心を固めた。おいしいことを人に渡すのがきらいな性格だった。
「それではこの書類にハンコをおして下さい。そうです、それでいい、よしこれで決
  まったと」
男は書類をカバンにしまいながら、
「当社にお支払いただく報酬は、契約書に書いてあるので読んでおいてください。あ
  あ、そうそう、仕事中になにかあってもじっと耐えてくださいよ。それも仕事のう  ちですから」
「なにかあったら?」
「いや、独り言です。あまり聞かないほうがいい。たいしたことはありません」
男はそう言うと足早に立ち去っていった。

 翌日、N君は人材バンクから派遣されてきたというピンチヒッターに仕事の内容を
簡単に説明してから、指定された人妻の家へと向かった。胸には人材バンクからもら
った会社のバッジをつけている。そのバッジから放出される特殊な香りによる催眠効
果で、周囲のものは親近感を覚え、他人との区別がつかなくなるらしい。
「こんばんは…いや、その、いまかえったぞ」
N君は玄関にたたずんだかなりの美人の前でよだれをたらした。
「おかえりなさい」
その人妻は甘ったるい声で亭主モドキを出迎えた。バッジの効果はバッジリだった。
 N君は人妻のいうとおり、風呂に入り、ビールを飲み、夕食をとって、Hをした。
二度もした。
「きょうのあなたって、とっても強いのね。別人みたい」
人妻は身体中に残る甘い余韻にうっとりと呟いた。バッジはタンスの中なので効果が
薄れているらしい。しかし、若いN君の情熱的なHをたっぷりと堪能した人妻は、隣
に寝ている男が亭主だろうとあかの他人だろうとどっちでもいい。

 こうして二日立ち、三日目の夜がきた。
 N君が後ろから人妻のワレメちゃんめがけてHをしようとしたその時、玄関のドア
をドンドンとたたく音がした。
「きたわ、あなたはやく!」
人妻はあっという間に服を着ると、
「ご近所に迷惑だから、開けるわよ」
といって玄関のドアのロックを外した。ことの成りゆきが呑み込めないN君は、パン
ツをはくのが精いっぱいだった。
「おう、きょうは遠慮しねぇぜ」
黒いスーツを着たマフィアヤクザ風の男が、ツカツカとN君に歩み寄った。
「あ、あの、その、僕が、いやわたしがなにか?」
「ザけんじゃねぇぜ」
男はスーツを脱ぎすて、N君の前にたたきつけた。
「きょうこそ、金を返してもらわねぇと、こちとら、商売あがったりあんだよ」
イタメシ風ヤクザはそういって凄んだ。
「か、か、かね?」
「プッツンするんじゃねぇ。2カ月前に貸した2百万円。みみを揃えて返せッツウの」
「に、にひゃく、まん、えん…?」
事態がどうしても呑み込めないN君に、男は黒びかりする銃口を向けた。
「ひぇ、ど、どうか、そればかりは、ごかんべんを。じ、じつは、そのわたしは、そ
  の、ほんとうのわたしでは…」
驚きのあまりわけのわからないことを口走るN君を見つめながら、拳銃を構えた男は
ぶつぶつと独り言をいった。
「やっぱりやりすぎかなぁ…どうせ俺はピンチヒッターなんだから、このへんでやめ
  ておくか」
         (了)




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