AWC お題「ミルフィーユ」       青木無常


        
#1106/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 8/18   5:17  ( 82)
お題「ミルフィーユ」       青木無常
★内容

 回転する暗黒。人、船、光、塵、なにもかもが墜ちていく。吐き出される悪夢の
高エネルギー輻射。放出される凶暴な輻射線と高エネルギー粒子の嵐をぬって、検
知器にかすかにふれる、夢、怒り、想い、哀しみ。
 「教授、また一機。アルデバラン製ですね。最高水準のフォースフィールド・ジ
ェネレーターがフル稼働しています。いけますかね?」
 「理論的には、不可能だ。土台、な」
 諦念の響きの底に希望と畏怖が隠されている、とトウラは感じた。祈りなのだろ
う。シャガール教授の。自分自身の。そして世界の。
 墜落する船影がディスプレイに復元される。アルデバランWのメタン人の船。絶
望と希望を満載した船。力を喪くした樹木から力なく墜ちていく枯葉のようだ、と
トウラは思った。墜落? 否、上昇なのかもしれない。希望へ、天へ、新世界への。
無限分の一の希望。
 「なにが起こったんでしょうか」
 幾度となくくりかえされてきた質問は、もはや質問ではなくただのつぶやきにし
か過ぎなかった。返ってくる答えもわかっていた。
 「わからんな」苛立ちも焦慮もない、淡々とした口ぶり。「具体的にわかってい
ることはなにひとつない。わかっているのはただ、宇宙が収縮しているというそれ
だけだ。それも、すごいスピードで」
 そう。単なる青方偏位、ただの観測事実に過ぎない。宇宙が滅亡するとは、だれ
にも断定できないだろう。気の早い連中が、エクソダスを敢行する。超空間のさま
よい人、正体不明の船舶消失点、そしてブラックホール。かつての遭難区域、自殺
者と科学者以外の何者も近づきたがらなかった魔の領域に、いま、あらゆる知性体
が群がりはじめている。
 滅びは避けられないだろう、とトウラは思っていた。科学者の態度ではない。兆
候に怯えて心奥にひそむ恐怖に断定を委ねるのは、世界の実相を解きあかそうと志
す者にとってもっとも恥ずべき態度だ。にもかかわらず、トウラは思っていた。滅
びは避けられないだろう、と。シャガール教授も同じ心境らしい。口には出さない
けれども。
 「エルゴ・スフィアを乗り切った船の数は?」
 無感動に教授は訊く。トウラの答えも、いささか機械的だった。
 「小型艇が推定二十。貨物船が三。客船クラスが八百。あとは移民船です
ね。八十……縮滅せずに残っているのは、ほとんどアルデバラン製ですが」
 「地球人のものは?」
 「形を保っているのは百にも満たないでしょう。ほとんどが焦げ目も残らないほ
ど焼きあげられてしまいましたからね。それにしても不思議なのがPSY波計の表
示です」
 「ほとんど青の領域だな。快楽波……というよりは、恍惚波か」
 「こんな観測条件ですから、精度は当てになりませんが……それにしても……」
 観測領域から検出される地球人の精神パタンを表示するディスプレイに、苦痛や
恐怖をあらわす赤はまったく見当たらない。教授はしばらくの間、無表情に奇妙な
ディスプレイに見入っていたが、やがてぽつりとつぶやくようにして、言った。
 「せめても、だな。苦痛に苛まれずにいける、というのは」
 かつての、強烈な自信に裏付けられた意志の強さを彷彿とさせる野太い眉が、か
すかに寄せられている。慈父の顔だ、とトウラは思った。わが子が引き裂かれてい
くのを成す術もなく見つめる、慈父の顔。
 その白い眉が、ふと、ひそめられる。
 視線の先に、トウラもまた意味不明の兆候を発見した。
 「……どういうことだ、これは?」
 つぶやきも力なく、二人は目を見あわせた。
 すべてを呑み込む貪欲な底無し穴から、説明のつけようのないほど大量のエネル
ギーが放出されつつあるのを、観測機器は指し示していたのだ。
 「なにか……吐き出されているんですか?」
 トウラの疑問はため息とともに黙殺され、なおも二人は回転するカー=ニューマ
ン・ブラックホールが黒から青へ、光の領域へとかわりつつあるのを茫然と見つめ
ていた。
 「わしらの役目は、これまでなのかもしれんな」やがて、シャガール教授がぽつ
りと言った。「見当もつけられんよ。時間さえあれば、寝る間も惜しんで研究した
いところだが」
 トウラはいぶかしげに教授を見つめ、その視線が窓外に向けられていることに気
づく。
 そしてぎくりと身をふるわせた。
 暗黒の虚空のあるべき領域が、染められていた。赤く、毒々しく、燃えるように、
血のように。
 「壁だ」
 恐慌にかられてトウラは思わずそう叫んでいた。燃える虚空が、まるで壁のよう
に見えたのだ。迫りくる壁に。
 はっと顔をあからめるトウラに、教授はかすかに笑いながらうなずいてみせた。
そして、ディスプレイの片隅の、回転する青い円を指し示す。
 「あれが破滅に対抗する再生の息吹だと、思いたいよ。彼らは生き延び、そして
新たな形態と知性を獲得する。そして願わくは……彼らがわしらの後を継いで、こ
の破壊と創造の意味を解きあかしてくれんことを」
 最後の方は、ふいに耳を圧して轟きはじめた甲高い騒音にかき消されてよく聞き
取れなかった。それでもトウラは、教授のいわんとしているところがわかった。わ
かるような気がした。
 やがて四囲はめくるめく光に包まれ、眼前にたたずむシャガール教授の輪郭さえ
定かではなくなっていった。
 幾重にも重なりあった意識が、意志が、世界に向けて獰猛な咆哮を放つのを、ト
ウラは感じた。
 「これが産声だ!」意識が光に呑まれて同化する寸前、トウラは教授の叫び声を
聞いたような気がした。
                                                                    (了)




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