#1070/3137 空中分解2
★タイトル (XPG ) 91/ 8/ 5 23:41 ( 90)
お題>ミルフィーユ KAZ
★内容
「風の精霊よ、我が命により空気の動きを止めよ」
森の中、一人の少女が立っていた。目を閉じ、何かに訴えかけるようすである。し
かしその訴えはどうも聞き入れられなかったようだ。
「もう、まだまだ半人前にそんな一人前の精霊使いが使う呪文が使える訳がないでし
ょ!」
少女と同じような容貌。背が高く、耳がとがっており非常に優雅で華麗。そう、彼
女達はエルフである。そして二人とも、他のエルフの例に漏れず精霊使いのようだ。
「うるさいわね〜。母さんは黙っててよ!」
少女は出せるだけの声を張り上げ、必死に抗議した。エルフにとって、精霊を扱う
ことに関してけなされるのはもっとも屈辱的なのである。しかしそれを知りながらも
『母さん』と呼ばれたエルフは続けた。
「黙ってられるものですか! 精霊をまともに扱えないエルフなんてみられた物じゃ
ないわ! もっと精霊達との理解を深めなさい!」
少女はその言葉に今にも泣きだしそうな顔だった。そして今度はなにも言わず、そ
の場から走りだした。森の奥深くへと。
「……あなたもここが正念場よ。一人前になるか、半人前のままか……」
* * *
少女が入っていった方の森は『闇夜の森』と呼ばれていた。この辺りの森はいくつ
もの森が隣接しており、『闇夜の森』はそれらの中心にあった。その名の通りこの森
は常に暗く、ごく稀にしか光が差し込まなかった。そんな森の中を少女はかなり長い
時間、さまよっていた。
「……迷った!?」
この森の名のもう1つの所以であった。闇夜の中を歩くが如くすぐに迷ってしまう。
いかに森に精通したエルフであろうが、だ。
少女は更に数時間、といっても正確な時間の感覚を失っていたが、迷った。そして
少女はとうとうでたらめに歩くことが無駄であることに気がついた。失意がいっきに
押し寄せ、少女はその場に座り込んでしまった。が、座り込むと近くに明りが見える
のに気付いた。長時間、暗闇の中に居たためか少女はなんの躊躇や疑いもなく、その
明りがある方向へと歩いていった。
その明りの元は焚火だった。そしてその焚火のすぐ側に、丸くうずくまった少年が
いた。少女と同じぐらいの歳だが、容貌は少々違う。耳は尖っておらず、どうやら人
間のようだ。
「誰!?」
少年は突然顔を上げ、少女の方を向いた。が、少女がエルフだと判ると大きな笑顔
を浮かべた。
「こっちにおいでよ。迷ったんだろ?」
明りがある……森の暗闇で恐怖心を植え付けられた少女はすぐさまその焚火に近
付いた。そしてその明りに感謝するように目を閉じた。
* * *
「うん、う〜ん……」
少女はいつのまにか眠っていた。恐怖心から一気に開放され、疲れがドッと押し寄
せたのだろう。その少女をやさしい目で少年は見つめていた。
「起きたかい?ずいぶん長い間、寝たもんだね」
ハッ、少女は辺りを見回した。さきほど見た光景と全く変わらない。そして少年も
また、さきほどと全く変わっていなかった。
「私、どのぐらい寝てた!?」
「え〜と、5〜6時間といったところかな?」
「そんなにも!? もう私、家に帰らなきゃ!」
そう言ったが、少女はどうしてこんなところに来てしまったかを思い出し、そんな
ことを言って後悔した。しかし少年はまたしても優しい目で少女を見つめた。
「もうちょっと待った方がいいよ。いま出ていったとしてもまた迷うだけだから」
「え?」
少女は理由を聞こうとしたが、少年はすでに他のことへ考えが移っていた。
「……炎のトカゲ君、火をもうちょっと強めてくれないかな?」
その声に呼応して、焚火は一段とその勢いを増し、周囲を更に暖めた。
「あなたも精霊使い?」
「え? ……まあ似たようなもんだね」
納得したようなしないような顔。が、少年は笑顔でその顔に答えた。しかどうやら
心はまた別の方へと向いているようだ。そしてその考えに納得すると再び少女に向か
って話しかけた。
「どうやらあと少しで精霊達の気まぐれが納まるようだよ」
少女はその言葉にかなり驚いた。この森の『迷い』の作用はてっきり古代の魔術の
せいだと思っていたのだ。が、少年の話しではどうもこの森の固有の精霊達のせいら
しい。これは素晴らしい発見だ……しかし……と、途中まで考えてハッとしたが、少
年はそれをさえぎるように言った。
「納まったみたいだ。早く行かないともう一日ムダにすることになるよ」
「え? ええ……」
またしても釈然としないが、少女は仕方がなく腰を上げた。ここでもう一日すごす
のは……
「これでお別れね」
「意外とそうじゃないかも?」
その言葉を聞いて彼女は確信を持った。そう、母が子供の頃より子守り歌代わりに
語ってくれた言葉……
「そうね。また会えるわよね? ミルフィーユ?」
少年はなにも言わず、ただ今までよりも遥かに大きい笑顔を浮かべた。人々を元気
づけ、快くしてくれる笑顔を。少女もまた、今度はなにも言わず笑顔を浮かべ、立ち
去った。
* * *
「風の精霊さん、空気の震えを止めて」
その声に周りの音は全て消え去った。その結果を見、満足した少女は笑顔を浮かべ
ながら心の中で精霊と会話している。そんな少女の後ろで煙のような物が舞い、そし
てかすかな光を放った。ミルフィーユ……全ての精霊の上に立つ霧の精霊……
(終)