#1067/3137 空中分解2
★タイトル (MEH ) 91/ 8/ 3 23:16 ( 62)
上野で一杯 クリスチーネ郷田
★内容
上野のアメヤ横町を吉本くんはぶらついていた。ポカポカと暖かい、心地よ
い日だ。アメ横には、いつものようにものを売るおやじさんのダミ声が響いて
いる。「あーい、いらっしゃいいらっしゃい。安いよ安いよ!」てな声が、吉
本くんの耳にこびりつく。
夜、眠った頃に夢としてフィードバックされるにちがいない、この声。吉本く
んの夢には、アメ横のダミ声おやじが、しょっちゅう現れるのだ。そして、い
つも軟体動物の気持ち悪いやつを破格の値段で売りつけてくる。
「どこからあんな声が出るのだろう?」ふと、吉本くんは思った。きっと腹の
底の、さらに深いところから発生するのだろうな。
ひょっとしたら、その深淵は地獄に通じるのかもしれない。ひょっとしたらひ
ょっとするぞ。ひょっとしたら。
ところで、ひょっと、ってなんだ?ひょっ。奇妙な語感ではある。ひょっ、ひ
ょっと言う感覚。つかみどころのない語感だ。
ひょってなんだ?いかんいかん、言葉に意味を求めてはいけない。そんなこと
をしたら最後、すべての意味が崩壊してしまいかねない。
こんな考えは早く捨て去らねばいけない。
吉本くんは、別の事を考えることにした。
町を歩いていて何が楽しいかと言うと、いろいろな人を観察するところにある。
この上野にはおばさんの姿が多く見受けられるが、中には美しい女性の姿もあ
る。
吉本くんは周囲を見回した。
女子校生が何人か、固まって歩いて来た。楽しそうに、なにか喋っている。
吉本くんは思った。随分楽しそうに喋っているが、花の命は短いんだぜ。すぐ
バアサンになるんだ、フン!今のうち、せいぜい楽しんでおけ!吉本くんは別
に女が嫌いなわけではないのだが、最近よくマスコミで高飛車な女が話題にな
っているので、女性に対してつい腹を立ててしまうのだ。「アッシーくん」と
言う言葉を初めて知った時、吉本くんは怒りに燃えた。その言葉を使う女のせ
いで、すべての女がゲスな生き物に見えたものである。
(あの女子校生たちは、俺がどう言う目で見ているか知らないようだ。馬鹿め
!さては、俺がじっと見ているのは人目惚れしたからかしら、イヤーンはずか
しい!なんて思っているかもしれない。フッフッフ。俺は軽蔑の眼差しで見て
いるんだぞ。それも知らずにニコニコ笑うとは、笑わせるぜ。ざまあみろ。)
なにがざまあみろなのか良くわからないが、吉本くんはそんな目で女子校生を
見ていたのだ。でも、ちょっとかわいい子がいるなあと思ったのも事実だ。だ
が、吉本くんは本音を隠して、あくまでも軽蔑の目で女子校生を見ていたのだ
った。
吉本くんは、これから上野公園に向かう。上野公園で友人の狭間と会うためだ。
西郷さんに会うと自動的に狭間とも会うことになる。そういう意味で西郷さん
は立派な仕事をしていて、現代でも社会に奉仕していると言えよう。偉人はひ
と味違う。
「よお、待ったか。」
「遅い!」
「いやあ、ごめんごめん。なんかおごるから許してくれ。」
「はやくいい場所を捜そうぜ」
これから二人は、花見の場所取りに行く。
美しい桜を見るためには良い席を取らねばならない。まだ桜はチラホラと咲い
ているに過ぎないが、桜前線は近付いて来ている。
しばらく歩くと、桜が咲いているのが見えて来た。結構咲いているじゃないか。
吉本くんは嬉しくなった。もう盛り上がっている連中もいる。いよいよ花見の
季節だ。
狭間はさっそく目当ての場所へ走って行き、青いビニールシートを広げて陣ど
った。
夜まで暇なので、狭間とさっそく日本酒を飲むことにする。
「乾杯。」桜の下での酒はうまい。もうすぐ全開になる桜の花を見上げる。い
やあ、いい季節になったなあ。
吉本くんは日本酒をグビリと飲んだ。