#1043/3137 空中分解2
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ルウと使い魔【終】 /えびす
★内容
結び
「さて。あなたが日頃どれほど勉強しているのか少し試験してあげます」
魔道師の塔の裏手にある小さな広場で、黄土色のローブを着た女老魔道師が言
う。彼女の前に緊張して立っているのは一六歳ぐらいの男の子だった。
「はい、先生」
女老魔道師はその歯切れの良い返事に満足げに頷く。彼女の顔の皺が、微笑み
によってよりいっそう深くなる。
「〈使い魔〉についてあなたが知っていることを言ってごらんなさい」
暗記した魔道書の一文がすぐに少年の頭のなかに浮かぶ。
「使い魔というのは、魔道師が魔力によって自分の僕として使役する小動物です。
力が弱いのでたいしたことはできませんが、持っているのといないのとでは随分
違います」
「結構。その通りよ。でも、『随分違う』とはどういう意味かしら?」
少年は魔道書には載っていない余分な事を言ってしまったと思って後悔する。
ついつい口から出てしまったのだ。使い魔というものは非常に可愛げのある友達
になりうるということを知っている少年は、自分の使い魔が早く欲しくてしかた
がない。
「あの……それは……えーと、精神的な補助というか、つまりその……」
少年が詰まりがちになんとかそこまで言うと女老魔道師はくすくすと笑う。
「それでいいのよ。その通りです。さて……試験はこれで終わり。わたしは所用
で七日ほど塔を空けますから、留守番を頼みますよ」
「はい、先生」
この女老魔道師が塔を離れて弟子ひとりに留守番を頼むのはそれほど珍しいこ
とでもない。七日というのは少し長いが、おおかた半年ぶりに大賢者会議でもあ
るのだろう。
女老魔道師は弟子に背を向けて広場の中央に進むと、召喚の呪文を唱え始める。
弟子である少年はそれをじっと見守っている。呪文の反動による静電気が、黄土
色のローブを軽く包み込む。大半の魔道師が不快に思うそのぴりぴりした感覚を、
女老魔道師はいつも心地好く思う。そして呪文を終えた彼女は、ふと思い出した
かのように弟子の方を向く。
「そうそう、あなたひとりに七日も塔を任せるのはさすがにわたしも心配です。
あなたの部屋に相棒が一匹用意してありますから、彼女とうまくやりなさい」
「えっ?」
、、、、
「あなたの使い魔よ。早く行っておあげなさい。きっと待ってるわ」
少年の表情がぱっと明るくなる。彼は塔に向けて駆けだした。それを見て女老
魔道師はふたたび微笑む。
召喚の呪文も効力を発揮してきたようだ。空の彼方から一匹の龍が現れ、ばさ
ばさと羽音を立てて女老魔道師の前に降り立つ。巨大な龍だ。翼を広げると塔の
床面積くらいの大きさがある。胸に大きな傷痕が目立つ龍だった。
降り立った龍は、ぶるるっ、と大きく鼻を鳴らす。鼻息で女老魔道師のローブ
が大きくはためいた。
(おいおい、急に何だっていうんだよ。二年ぶりじゃあないか)
「ふふ、そうね。随分と久しぶりね」
龍は、巨大な眼で塔の方をぎょろりと伺う。
(ふむ。弟子は取らない主義じゃあなかったのかい。変わったな、あんたも)
「いいえ、あの子は特別よ。混血なの。だからわたしが保護してあげなきゃいけ
ないわ。……それより、耳を澄ましてごらんなさい。きっと面白いわよ」
巨龍と女老魔道師は塔の方に聴覚を傾ける。
塔の中から少年の声が微かに聞こえる。「なんだよ! おまえ、使い魔のくせ
に生意気だぞ!」ついで何か物を投げたような音。女老魔道師には、弟子が何を
投げたのかちゃんと分かっている。たぶん魔道書だ。扉をばたんと荒々しく閉め
る音が聞こえ、少年が階段を駆け下りる音。
女老魔道師と巨龍はお互い顔を見合わせてにやりと笑う。
「さて、見世物はおしまい。わたしを大賢者会議まで連れて行ってくださるかし
ら? 遅刻しそうなのよ」
巨龍は不満げに鼻を鳴らす。 、、
(ふん。おおかたそんなことだろうと思ったよ。俺を乗り物代わりにするのはい
いかげんにやめてくれないかな)
「あら。あなたはわたしの使い魔よ。主人の言うことには服従なさい」
女老魔道師は少しだけ意地悪く笑いながら巨龍に言う。巨龍はぶつぶつ文句を
言いながらも女老魔道師に背を向けて、彼女が背中に乗りやすいように姿勢を低
くする。
(分かってるよ、そんなこたあ。さあ、早く乗らないと。遅刻しちまうんだろ―
―)
もちろん巨龍はその後にひとこと付け加えるのを絶対に忘れない。
、、、、 プリンセス
(――おいらの可愛いお姫様)
【おしまい】