#1039/3137 空中分解2
★タイトル (SEF ) 91/ 7/17 0:45 (167)
ルウと使い魔【二】 /えびす
★内容
ルウはどきどきしながら階段を登った。どんな使い魔なんだろう。猫が普通な
んだけど、この際どんな恰好だって構いやしない。夢にまでみた自分の使い魔を
持つことができるのだから!
ルウの心はまだ見ぬ友人を想像して踊り出す。見習い魔道師の女の子は、自分
の部屋の扉の前で胸に手を当てて心臓の鼓動を静めた。そしてゆっくりと扉の把
手に手をかける。把手をひねって静かに扉を開けた。見た限り、部屋の中には何
もいない。
不気味なまでの静けさ。
生命エネルギーも感じられない。部屋の中に生命体は存在しない。
変だな、と思ったルウは、一歩部屋の中に踏み込んだ。
「きゃあっ!?」
ばさばさっ、という羽音とともに、いきなり天井から下りてきた何かがルウの
肩にぶつかった。その何かは彼女の肩に止まったようだ。肩に止まった物を反射
的に払いのけようとしてみたが、触れた瞬間にその異様な感触に驚いて手を引っ
込める。冷たく、ざらざらとした感触。びっくりして腰を抜かしたルウは、その
場にへたりと座り込んでしまった。
(どう? 気づかなかったでしょ!)
ルウがそっと目を開けて自分の肩を見る。
ドラゴン
「龍!?」
その通り。龍だった。緑色の龍がルウの肩に止まってゆっくりと尻尾を左右に
振っている。
(そうだよ。おいらはジッタ。ザッカーじいさんの弟子だって言うからもっと肝
の座ったのかと思ってたけど、そうでもないんだね)
そう言って使い魔・ジッタはルウの肩の上でいやらしくくすくすと笑った。
なに、こいつ! ルウは失望するよりも先に、自分を小馬鹿にしているジッタ
の態度に怒りを覚えた。使い魔ごときになめられてたまるものか。
「ちょっと、あなた。急におどかされれば誰だってびっくりするわよ」
(うわ、顔が真っ赤じゃないのさ。おもらしでもしちゃった? ずいぶん締まり
プリンセス
が悪いんだあ。加減知らなくてごめんね、お姫様)
ルウの頭に、かーっ、と血が昇る。素知らぬ顔のジッタは後ろ足で自分の耳を
ぽりぽりと掻く。
「あ、あなたね、その態度改めなさいよ。わたしがあなたの主人。そのちっちゃ
い頭でよく考えてみなさい。分かる?」
(そう言えばそんなこともザッカーじいさんから聞いてたっけ……でもおいらの
言葉遣いは直らないよ。生まれつきこうなのさ。分かったかい、お姫様)
プリンセス
「わたしをお姫様って呼ぶのはやめなさい!」
(じゃあ、なんて呼べばいいのさ、お姫様)
ジッタはほとんど厭味なまでにしつこくルウの事をお姫様と言う。「お姫様」
というのは、男の子が女の子をからかう時によく使う言葉だ。ジッタの表情から
もその意図が容易にみてとれる。
ルウは苛立ちをおぼえた。こんな奴にどうしてわたしがからかわれなきゃいけ
ないの!
マ ス ター
「御主人様ってお呼びなさい! 使い魔ってそういうものでしょ」
(やだよう。おいらはそういうガラじゃないんだ)
そう言ってジッタはルウの肩から離れると、部屋の中をぱたぱたと飛び回った。
ルウは完全に頭に来ていた。せっかく先生がくださった使い魔が――こんな奴
とは! 彼女はすぐそばの手頃な魔道書をひっ掴むと、天井近くをぎゃーぎゃー
言いながら飛び回っているジッタ目掛けてぶん投げた。龍は、いとも簡単にひょ
いとそれをかわした。
(残念でしたあ。もひとつ投げる?)
「もうっ!」
ルウは半分べそをかきながら部屋から出ていった。
部屋の扉が大きな音を立ててばたんと閉まる。
その頃、馬上のザッカーは街道を進みながら肩を震わせて笑っていた。あのふ
たりならきっと仲良くなるだろう。きっと。
ルウは、気分がすぐれない時にはたいがい掃除をして過ごす。むしゃくしゃし
ている時だって同じだ。机の上に置いてある物の配置を変えないように注意しな
がら彼女が師の部屋をきれいにしていると、すぐに夜になった。
前掛けを外してホウキを道具箱に戻しながらルウは考える。今部屋に戻ったら
あのジッタとかいう小憎らしい使い魔と顔を合わせなければならない。自分の使
い魔の前で半泣きになるなんて、なんて恥ずかしい失敗をしてしまったんだろう。
当分の間はあんな奴に会うのはごめんだわ。――とすると今晩どこで寝ればいい
かだけど……今夜だけは先生の部屋をお借りしよう。明日になって落ち着いたら
ジッタの対策はいくらでもある。服従の呪文をかけるのもよし、首輪をつけて繋
いでおくのもよし。とにかく今晩は早く寝てしまおう。
黄土色のローブを脱いで薄い下着姿になったルウは、そそくさとザッカーの寝
替えることだってできやしない。
師の寝床ではなかなか寝つけなかったが、そのうちにうとうととし始めた。部
屋の扉が開く気配がしたが、眠りに落ちる直前のルウは、どうでもいいやと思っ
てそのまま寝ている。
寝ているルウは、胸の上に何か圧迫感を覚えて目を覚ました。
「何よ! あなた!?」
ルウの毛布の胸の上には龍が一匹丸まって眠っている。毛布の上からとはいえ、
彼はルウの胸の谷間に顔を埋めて幸せそうにしている。ルウの叫び声で起きたジ
ッタは、くりくりした大きな目をぱちぱちさせた。
(ん……どうしたの。うわっ!)
ルウが、ばっ、と上体を起こしたので、胸の上のジッタは床に転げ落ちそうに
なった。
「どうしてそんなところにいるのよ、あなたは」
毛布を胸まで引き上げて、ルウはジッタを睨みつけるが、龍はその剣幕をもの
ともせずに平気な顔をしている。
(どうして? 使い魔は主人と一緒に寝るものでしょ)
ジッタには微塵も悪びれた様子がない。
「あなたは別よ、あなたは」
(だってひとりじゃ寂しいんだもん)
「あら、そう。ママの尻尾でも恋しいのかしら? そんなお年頃でもないでしょ
うにね」
ルウは昼間のお返しのつもりで思い切り意地悪くジッタに言ってやった。龍族
に対してのこの言葉は、人間に「ママのおっぱいでも恋しいのかしら」と言うの
と同等の侮辱だ。
ジッタは沈黙してしまった。ルウはその様子を見て、ざまあみなさい、と思う。
(おいら母ちゃんと一緒に寝たことなんかないし、母ちゃんの尻尾で遊んだこと
もないもんね。ずっとひとりで生きてきたから)
そう言ってジッタは寝床からぱたぱたと飛び立ち、部屋から出てゆこうとする。
妙に寂しげなその姿を見て、ルウは思わず口を開いた。
「ずっとひとりきり? お母さんはどうしたの」
窓から出てゆこうとしていたジッタは、窓のそばの机の上に、ちょん、と降り
立った。
(おいら身体が小さいだろ。見ての通り火龍との混血さ。居るだけ邪魔だから、
卵から生まれてすぐに母ちゃんに捨てられちゃった。……じゃ、おやすみ、お姫
様)
火龍――龍の中でもとりわけ小さな種族だ。龍の亜種といってもいい。
ジッタは、つんと尖った口で窓を開けた。外の肌寒い空気が部屋の中に入り込
んでくる。寝床の中のルウは外の寒さを感じてぶるっと震えた。
今にもジッタが夜空に飛び立とうとする直前、ルウの口が勝手に動いていた。
「待ちなさい!」
飛び立つところを急に止められて龍はバランスを崩した。
(なんだよう。ちょっと胸の上に乗っただけでそんなに怒らなくてもいいじゃな
い。乗って困られるほど大きい胸でもないでしょ)
ルウは胸の小さいのをばかにされても、今は不思議と気にならなかった。
「怒ってなんかいないわ。一緒に寝てあげるからこっちに来なさい」
ジッタは首を傾げる。
(無理しなくてもいいよう。おいらひとりで居るのには慣れてるから)
「いいから来なさい!」
怒鳴ってから自分の声の大きさに驚く。
(短気なお姫様だね)
言いながらもなんだか嬉しそうなジッタはルウの寝床に飛んできた。今度は身
体の上には乗らずに、ルウの腰のそばの毛布の上に丸くなる。彼は彼なりに気を
つかっているらしい。
「そんなところじゃなくて、ここに来なさい」
ルウは毛布の端を上げて中に入るように示した。
(いいの?)
「来なさいって言ってるの。あなた、耳がないの?」
ぶつぶつ言いながらも、もそもそとジッタはルウの隣にもぐり込む。
「変なことしたら追い出すわよ」
ルウはジッタに背を向けて横になる。
(失礼しちゃうな。おいらにだって相手を選ぶ権利はあるもん。……おやすみ、
お姫様)
「もう。お姫様って呼ぶのはやめなさいよ」
(やだよう)
背中に龍の低い体温を感じながらルウは眠りに落ちた。とりあえず服従の呪文
も首輪もやめておこう。眠りに落ちる直前の彼女はそう思った。
ルウは、ひさしぶりにぐっすりと眠れたような気がした。
(ふうん。ずいぶんと難しい本読むんだね)
ルウが開いている魔道書を覗き込みながら、ジッタが言う。ルウは、やれやれ、
という風で一度溜め息をついてから肩の上の龍を睨みつける。
「もう。気が散るから話しかけないで。わたしが勉強してる時には黙ってるって
約束でしょ。約束が守れないのならわたしの肩から降りてちょうだい」
(やだよう。おいらこの場所が気に入ってるんだ)
変に同情して甘やかしたのは失敗だったわ、とルウは悔やむ。一昨日一緒に寝
てやってからというもの、ジッタはルウから離れようとしない。もっともさすが
にお湯に浸かる時と着替えをする時はひっぱたいてでも離れていてもらうのだが。
ルウが開いているのは、先日と同じ火炎術の魔道書だった。ザッカーにはやめ
ておけと言われたが、それでもルウは火炎術とういものに対して非常な魅力を感
じる。火炎術というものは、もっとも攻撃的な魔道の分野のひとつと言っていい。
ハイクラスの術にもなると、小さい村ひとつぐらいなら瞬時にして焼き尽くすこ
ファイャボール
とができるという。そこまでには至らずとも、ルウはせめて火球を扱えるレベル
にまでは達したいと思っている。だがこれもまだまだ遠い先の話だ。
(ねえねえ、外に出ようよ。ずっとこんなところに居たんじゃ腐っちゃうよお)
そう言えば一昨日から外に出ていない。ずっと火炎術の魔道書に没頭していた
のだった。ザッカーが居ない時でもなければ、こういう無茶は許してもらえない。
ルウは、ぱたん、と魔道書を閉じた。
「そうね。気分転換にお散歩でもしましょうか」
軽く微笑むと龍もうれしそうな顔をした。
【つづく】