AWC ルウと使い魔【一】 /えびす


        
#1038/3137 空中分解2
★タイトル (SEF     )  91/ 7/17   0:33  (165)
ルウと使い魔【一】 /えびす
★内容

   「ルウと使い魔」

                              by えびす


 ルウは独り湖畔にたたずんで風の音に耳を澄ます。秋の湖から吹いてくる微か
な風が、黄土色のローブをまとった少女の頬を優しく撫でる。水の匂いのする風
だった。ひんやりとしているが冷たくはない。
 ルウは後ろで束ねている黒髪を両手でほどく。艶のある黒髪はさらさらと風に
なびく。未だのばしている途中の髪だ。なんとか腰までのばしたいのだけれども、
それにはあと何年かかかるだろう。五年もすれば立派な髪になるだろうか。
 五年後……。五年後といえばルウは二一になっている。結婚していない方がお
かしい年齢だ。そのころには自分もいい人と暮らしてしているのだろうか――。
ふと浮かんでしまったまるで夢みたいなその考えを、ルウは頭から追い出した。
 フォウゼル族との混血娘をもらってくれる男なんか……どこにもいやしない。
 ルウは足元の水面に目を転じる。するとそこには褐色の肌の娘がひとり写って
いた。この肌の色。なんて色なんだろう。そんなことをしてもどうにもならない
というのは分かっているのだけれども、やはり自分の母親を恨まずにはいられな
い。浅く溜め息をつきながら、無意識のうちにルウは自分の頭に両手をのばす。
黒髪の中に指を滑り込ませると、相変わらずそこには二本の角状の突起があった。
魔族の証拠。二本の角。産むだけ産んで死んじゃうなんて卑怯だよ。自分の母親
に対し、ルウが何度となく心の中で呟いてきた言葉だ。
 ルウはふたたび髪の毛を束ね直す。先生は、髪をのばしたければそうしてもい
いから常に束ねておきなさい、と言っている。そうしておかないと呪文の反動に
よる静電気で発火するかもしれないからということだけれども、ルウがその域に
達するのにはまだまだ時間がかかる。魔法行為の代償の一形態としてのこの静電
気は、ぴりぴりしてあまり気持ちのよいものではないと先生は言う。でも……気
持ちよくなくてもいいから早くそれを体験してみたい。どうせ混血ののけ者なら、
せめて魔道を会得して尊敬されるようになろう。それが魔道師ザッカーの元にル
ウが弟子入りした理由のひとつだった。
 ――尊敬、か。はたしてわたしが求めているのは尊敬なの? わたしが欲しい
のは威圧感とそれが与える恐怖なのかも。復讐――今まで自分につらく当たって
きた人間たちへの復讐。ひょっとしてそのために自分は弟子入りまでしたのでは
ないのだろうか。よほどの事がない限り、ふつうは魔道師の元に弟子入りなんて
しないもの。ルウは最近、復讐について具体的に考えている自分にふと気付いて、
はっ、とする事がある。――それはザッカー先生の教えには反する事なのに。
 弟子入りと言えば聞こえはいいが、魔道師の元で徒弟となるという行為は実質
上の身売りである。魔道師の弟子に人権はない。師の言うことには絶対服従で、
奴隷同然の扱いを受ける。幸いにもルウの師のザッカーは、いささか信じがたい
ほどに温厚な人物だが、世の大半の魔道師はそうではないらしい。魔道師は若い
異性の弟子に毎晩の夜伽を命ずるものだ、なんていうのはよく聞く噂だし、じっ
さい噂でもない事実だということをルウはザッカーから聞いたことがある。こん
なことを聞くと、この件に関してはつくづく運が良かったのだ、とルウは思う。
だいたい、「師」ではなく「先生」なんてわざわざ呼ばせる魔道師はそうざらに
はいない。
 ザッカーの弟子は今のところルウひとりだけ。弟子はとらない主義のザッカー
が抱えているたったひとりの弟子である。混血の身を哀れんで特別に弟子にして
くれたのかもしれないと思うと、ルウは複雑な心境になる。
 湖畔からの風は少しだけ冷たくなってきた。沈みかけている夕日は湖を赤く照
らしている。
 そろそろ塔に戻ろう。
 思えば、火炎術の概念の難解さに音を上げ、気分転換に少し散歩に出てみただ
けなのに、秋風のあまりの寂しさについつい感傷にふけってしまった。だからこ
の季節は嫌いだ……。ちょっとだけそんな愚痴をこぼしながらルウはふたたび溜
め息を浅く吐き、ザッカーの塔への小道を歩き始めた。

 ルウが塔の扉の前で軽く呪文を唱えると、木でできた古い扉はひとりでに開い
た。開いた扉から、古い書物の匂いが外に流れ出す。毎晩嗅いでいる匂い。いい
匂いだわ、とルウは思う。
 右手の螺旋階段を上がり、自分の部屋の戸を開けた。
 あっ、と声が漏れそうになった。
 彼女の部屋の中にザッカーが立っていた。彼は窓から射し込んでくる夕日をバ
ックにして逆光で立っているので、ルウから見ると表情が分かりづらい。弟子が
無断で外出したことに対して怒っているのかもしれなかった。
「どこへ行っていたのだね」
 怒っているのかとおもいきや、ザッカーは優しい声でルウに尋ねた。祖父が孫
に話しかけるような声――もっとも、じっさいそのくらいの年齢差はある。
「す……すみません! 魔道書の内容が分かりづらかったものですからつい……」
 ザッカーはルウの机の上に広げられている魔術書を一瞥した。と、その顔をち
らりと翳りが過る。ルウは今度こそ叱られるのかと思って小さな身体を固くする。
「――火炎術かね。これはおまえにはまだ無理だよ。もっと地味な呪文を沢山覚
えることだ。派手なものはそれからでいい」
「……はい」
 消え入りそうな声で、目を伏せてルウは答えた。ザッカーはその様子を見て心
配そうな顔をする。
「元気がないな。どうしたのだね?」
 ルウは目を上げてザッカーの顔を恐る恐る見つめた。そして何か言おうとため
らいがちに口を開きかけたが、そのくちびるはすぐに閉じられた。
「黙っていてはわたしも分からない。言ってみなさい」
 背の高いザッカーは身をかがめてルウの顔に自分の顔を近づけた。ルウは彼の
身体から何かの香りがただよってくるような気がした。自白の魔法? いいや、
違う。ザッカー先生はそんなことをするような人ではないもの。
「……先生」
「なんだね?」
「わたしには……わたしには魔道の才覚は無いのではないでしょうか」
「何を言い出すのだね、おまえらしくもない」
「先生は、わたしが先生のような立派な魔道師になれるとお思いですか?」
「もちろんだとも」
 ルウは次の言葉を口にするのを少しためらった。
「わたしが混血でも……ですか?」
 一瞬、石化されたかのように硬直した後、ザッカーは身を起こすと腕組みをし
てルウに背を向けた。そして老魔道師は深く息を吐く。溜め息だ。ルウは先生を
怒らせてしまったのかと思って慌てて謝った。
「ごめんなさい! ちょっと思ってみただけなんです――どうかお許しください
!」
 窓の外の夕日を見つめているのだろうか、ザッカーはしばらく動かなかった。
「――先生?」
 恐る恐る師の背に手をのばすと、肩に手が触れる前にザッカーはくるりとこち
らを向いた。そしてびっくりするほど素早くルウを引き寄せて抱きしめた。ザッ
カーのローブは魔術に使う香の匂いがした。その匂いをかいだだけで、ルウの心
が安心感で満たされた。
「いいかね、魔道は誰に対しても平等なのだよ、ルウ。そんなくだらないことに
思い悩む必要はない。おまえはきっと立派な魔道師になるだろう」そう言ってザ
ッカーはルウを身体から離すと、彼女の肩に両手を置いて、彼女の目を見つめた。
「わたしが言うのだからほんとうのことだ。信じなさい」
 逆光でよく分からなかったが、ルウはザッカーの目に涙が滲んでいるようにも
見えた。
 弟子がこくりと頷くのを確認すると、ザッカーは彼女の肩をぽんぽんと軽く叩
いて部屋から出ていった。頷きながらもルウの顔にあらわれている不安の表情は
隠せない。
 ルウの部屋の戸を後ろ手に閉めてから、ザッカーは呟いた。
「あの子がここに来てからもう二年……そろそろ魔道の面白い部分も教えてやる
べきか……」自分の部屋に向けてザッカーは階段を上がる。「するとやはりあれ
が適当だな……わたしも初めての時には胸躍らせたものだ。あの子もきっと元気
になるだろう」ザッカーは軽く含み笑いをした。

 ザッカーの塔は、秋になってもはやおおかた葉の落ちてしまった木々に囲まれ
ている。塔の裏手は、ちょっとした広場になっていた。まるで枯れ果てているよ
うな木立に囲まれたその寂しげな広場に、ルウとザッカーが立っている。びゅう
っ、と一陣の風が吹き、落ち葉を巻き上げる。ルウは目を細めた。ザッカーは妙
に楽しげだ。ルウはその理由が分からずに不思議に思う。
「あの……何の御用でしょうか、先生」
 いよいよ破門かもしれないなどと思いながら思い切ってルウが切り出す。
「なあに、おまえが日頃どれほど勉強しているのか少し試験してみるだけだよ。
よろしいかな?」
「はい、先生」
 ザッカーは、明るく歯切れの良いルウの返事に満足げに頷く。
 だがしかし、ザッカーはルウの明るい振る舞いの裏に隠されている翳りを決し
て見逃してはいない。
「では、〈使い魔〉についておまえが知っていることを言ってごらん」
 暗記した初歩の魔道書の一文がすぐにルウの頭のなかに浮かぶ。
「使い魔というのは、魔道師が魔力によって自分の僕として使役する小動物です。
力が弱いのでたいしたことはできませんが、持っているのといないのとでは随分
違います」
「結構。その通り。しかし『随分違う』とはどういう意味かな?」
 ルウは魔道書には載っていない余分な事を言ってしまったと思って後悔したが
もう遅い。ついつい口から出てしまったのだ。使い魔というものは非常に可愛げ
のある友達になりうるということを知識として得ているルウは、自分の使い魔が
早く欲しくてしかたがない。今彼女が最も欲しているもの、すなわち気楽に語り
合える友達。確かにザッカー先生は優しいけれども、師に対しては気楽に話すこ
となんてできやしない。
「あの……それは……えーと、精神的な補助というか、つまりその……」
 ルウが詰まりがちになんとかそこまで言うと、ザッカーはその様子を見てから
からと笑う。
「それでいい。まさにその通りだ。さて、試験はこれで終わり。わたしは所用で
七日ほど塔を空けるから、その間しっかりと留守番を頼むよ」
「はい、先生」
 ザッカーが塔を離れてルウひとりに留守番を頼むのはそれほど珍しいことでも
ない。七日というのは少し長いが、おおかた半年ぶりに大賢者会議でもあるのだ
ろう。
 ザッカーはルウに背を向けて広場の向こうにある厩の方に歩みを進める。ルウ
は腰の前で両手を組んで、師の後ろ姿をじっと見送っている。
 と、ザッカーは急に何か思い出したかのようにルウの方を振り返る。
「そうそう、おまえひとりに七日も塔を任せるのはさすがにわたしも心配だ。お
まえの部屋に相棒が一匹用意してあるから、彼とうまくやりなさい」
「えっ?」
 、、、、
「おまえの使い魔だよ、ルウ」
 ルウの表情がぱっと明るくなる。それを見てザッカーはにっこりと微笑むと、
厩の方にすたすたと歩いて行った。


                               【つづく】





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