AWC お題>「一枚のカード」 青木無常


        
#961/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 5/16  19:59  (129)
お題>「一枚のカード」 青木無常
★内容

 これは小説ではないのだが、私小説という形式もあることだし、お題の「一枚の
カード」にも多少は関連があることなので書いてしまうことにする。
 私の友人にジョヴァンニ・カリェリという胡散臭いアメリカ人がいる。ジョージ
ア州マーモントというとんでもない田舎(本人談)から出てきた男だが、この男、
「最後にして最大の冒険家」と自称しており、アフリカだのインドだの南米だの、
いわゆる一時代前のテラ・インコグニタで経験したと称する冒険談をいやがる私に
無理矢理語って聞かせる。
 今回はこの男の体験のひとつを、小説仕立てで語りたいと思う。

 話は十五年も前に遡る。アフリカはコンゴの奥地、メカ国の隣のモカ国というと
ころでジョヴァンニは現地の人と屯していた。この国では観光客寄せに芝居じみた
儀式や祭りをしょっちゅう行なっているが、意外と文明国ということらしく、住民
は外国人の見ていないところでは西洋風の自堕落な文化的生活を楽しんでいるとい
う。噂では核爆弾も保有しているらしく、ジョヴァンニがこの国に訪れたのもその
噂の真偽を確かめるためであったのだが、もって生まれた享楽的な性格が災いした
のか当初の目的はすっかり忘れ果て、顔料などを塗りたくっては住民にまじってン
ディヨパパとわけのわからない踊りを楽しんでいた。
 そんなある日、原住民に信用を得たためかジョヴァンニは観光客向けの野蛮でエ
スニックな「仮宿」ではなく村の奥にひそかに密集する文化的な住宅地に案内され
た。そこにはまずヘリコプタが三台、鎮座ましましており、これで百キロ離れた都
市まで出かけてものを買い込んでくるらしい。
 銀行や証券会社なども建っていたそうで、いずれもロビーに屯しているのは漆黒
の肌の現地民。この事実からするとモカ国の住人は腰蓑でわけのわからないエスニ
ック踊りを開陳しながらわれわれ一般的な日本人などよりはよほど豊かで安楽な生
活を享受しているらしい。
 と、ここまでは私もこの眉唾なアメリカ人の話をふんふんなるほど、へえ、そう
いうこともあるのかなどと感心しながら聞いていたのだが、どうもここからが話が
妙になってくる。
 ジョヴァンニによると、ここには銀行や証券会社はあっても電気が通っていない
らしい。自家発電の設備は普及しているようだが電話線もないから、グローバルな
情報は無線で得ているのだという。それだけならまだいいが、ジョヴァンニは、ど
うもこの国には十六世紀中盤にフィリップス・アウレオルス・テオフラスツス・ボ
ンバスツス・フォン・ホーエンハイム(舌かみそうだ)が訪れた形跡があるという
のだ。即ち、パラケルススである。
 ジョヴァンニはこの奇説の論拠としてその村の一角で見かけた石碑をあげる。そ
の碑文には現地語で「すべて善なるものは神より来たり、悪しきものは悪魔より来
たる」と刻まれているのだそうである。これはヒルシュフォーゲルの描いた肖像画
にも刻まれているとおり、パラケルススの金言といわれるものだ(調べてみたら本
当だった)。だからといって、私がその石碑を見たわけではないのでなんの証明に
もならないのだが、ジョヴァンニは私の疑惑を無視して話をさらに無茶苦茶な方向
に進めていく。
 ジョヴァンニがなぜそんな疑問を持ち始めたかというと、それは現地の銀行であ
る奇怪なものを見せられたからだという。本当にそんなものが実在するのなら奇妙
だとか奇怪だとかいう前に生物学界、ひいては全世界にパニックを伴った一大セン
セーションを巻き起こせそうなものだが、そのことを指摘するとジョヴァンニはあ
わてて話題を変えてうやむやにしてしまう。
 とにかく、ジョヴァンニは株にはまるで興味はないので証券会社は一度のぞいた
だけだが、銀行には毎日のように足を向けていた。現地の裏側をのぞいてしまった
とはいえジョヴァンニはあくまで外国人であるので、そこで生活を続けるにはなに
かと金がいるらしく、銀行に日参しては小金を引き出していたのだそうである。
 銀行は平屋建ての長大な建物の中に数十種類のオフィスが乱立していた。なぜビ
ルではないかというと、ジャングルの中に忽然と近代的なビルが出現してしまって
は観光客の足が遠退き、生活に困る(現地民談)からであるという。
 ジョヴァンニの取引している銀行の出店はそこにはなかったらしいが、提携して
いる別の銀行のオフィスがあり、そこでは当時の彼のたったひとつの財産であるキ
ャッシュカードが使用できたので、もっぱらそれを利用していた。ところがある日、
ふと疑問に思った。自家発電でこの建物の中のすべての電気を賄えるものなのだろ
うか、と。そこで彼は滞在中に個人的に親しくなっていた銀行の出向社員に何気な
くこの疑問を問い正してみたところ、なぜかその銀行員は怯えたように口を閉ざし
てしまったのである。
 つまらないところで勘の鋭いジョヴァンニは、核兵器探索の主旨も忘れて朝から
晩までその銀行員にまとわりついては解答を強要した。このジョヴァンニという男
はピラニアのように貪欲かつ執拗で、私も幾度となく喰らいつかれては困惑した経
験があるので、この銀行員にも同情の念を禁じ得ない。
 案の定、ついに銀行員はジョヴァンニのしつこさに音をあげ、驚くべき秘密をジ
ョヴァンニに開陳することとなった。
 その男はまず、深夜にジョヴァンニを伴ってこっそりと銀行ビルに潜入した。二
人とも上下黒の服、ご丁寧に顔まで黒のマスクですっぽりと覆い、その姿はまるで
ニンジャのようだった、とジョヴァンニは語る(余談だがジョヴァンニはニンジャ
が大好きで、日本にもニンジャを捜しに訪れているのだそうだ)。夜警の目をかい
くぐってATMの前にたどりつくと、出向社員は矢庭にドライバーを取り出して機
械を解体しはじめた。蓋が取り除かれ、光輪を絞った懐中電灯の光が内部を照らし
出した時、ジョヴァンニは驚きのあまり叫び声をあげてしまった。
 てっきり日本製の複雑な機械装置で埋められていると思っていたATMの内部に
は、こともあろうに小人の群れがうようよと蠢いていたのだ。
 駆けつける警備員の目を逃れてほうほうの態で脱出を果たした二人は、ジョヴァ
ンニの宿泊している無人の現地小屋でやっとのことで一息ついた。そしてその場で
銀行員は、驚くべき事実を口にしたのである。
 この出向社員は、ジョヴァンニと同様に電気も通っていないようなこの僻地で近
代的な銀行のオフィスが正常に業務を遂行していられるのはなぜかという疑問を持
った。
 さらには、機械類のメンテナンスも一切行なわれることがない。ある日、調子の
悪くなったATMを見てやろうとパネルを開きかけたら、現地民の行員が激しく罵
声をわめき立てながらただごとならぬ、といった様子ですっ飛んできた。その男の
言によると、メンテナンスは専門の技術者以外の者には許されていないということ
で、もしこの禁を破った場合はジャングル奥地の脱出不可能の収容所に終身禁固さ
れてしまうというのである。あまりの馬鹿ばかしさになぜかと問うても答えは得ら
れず、それ以後、この出向社員に対する現地民の視線が微妙に変わった。それとな
く見張られているような気がするのだ。
 しかしこの男はどうにも奇妙に思えて仕方がない事実があったので、それを確か
めるために人目をしのんで深夜、オフィスに潜入した。
 どうにも奇妙な事実とは、ATMの調子を見ようとパネルを開きかけた時、中か
らなにか小さな話し声のようなものが聞こえたような気がした、ということなので
ある。
 そして深夜のオフィスで目撃した事実は、やはりこの行員にも恐怖の叫び声をあ
げさせたらしい。機械の内部はまるでホテルのように何段にも仕切られており、ミ
ニチュアの家具が整然と配置されている中、ソファに腰かけてこれもやはりミニチ
ュア版の「ニューズウィーク」を読んでいた数十人の小人が、一斉に男をにらみつ
けたというのである。
 ちなみに小人は全員白人だったそうで、ジョヴァンニはあわてていたためにそこ
まで細かいことを確認できなかったとしきりに悔しがってみせた。
 さて、幸いにして男は警備員に見つかることなく脱出を果たし、収容所送りにな
ることだけは免れたが、この夜以来長い間、昼となく夜となく有形無形の監視の目
が張りつくようになり、それがゆるみ始めたのはやっと最近になってからのことな
のだという。
 ジョヴァンニはこの銀行員の告白に震え上がり、なぜアメリカ本社に帰国を打電
しないのかと問うたところ、申請はその夜以来何度もしているのだという返事が返
ってきた。本社からの解答はいつも判でおしたように同じもので、代行が決まらな
いのでもう少し待つように、という文面だった。が、無電を操作するのは現地民と
決まっているので、それが本当に本社からの返事なのかどうかは怪しい、とその男
はなかばあきらめたような口調で述懐した。
 今夜は泊まっていけというジョヴァンニのすすめを、監視員が巡回してくるから
と男は断り、自分の宿舎に帰っていった。その時の、打ちのめされたような後ろ姿
を見て以来、ジョヴァンニはこの銀行員には会っていないという。同じ銀行の出向
社員に聞いてみると本社に復帰したのだという答えが返ってきたが、ジョヴァンニ
は収容所送りにされたに違いないと背筋を震わせたそうである。
 以来、ATMで金を引きおろすたびにジョヴァンニは、人目をしのんで機械装置
に聞耳を立ててみるのだが、話し声のようなものは聞こえないかわりに、機械らし
い音も聞こえず、銀行業務の騒音にかき消されて定かではないがなにか小動物のよ
うなものが動きまわるかさこそという音がおぼろげに響いたような気がしたそうだ。
パラケルススの石碑を見つけたのも、このことがあった後のことだという。
 幸いにしてジョヴァンニは収容所送りになることもなく無事にモカ国を脱出でき
たのだが(核兵器探索という目的はついに果たされなかった)、それ以来彼はAT
Mを見るたびに聞耳を立てずにはいられなくなったらしい。
 ニホンの機械は今のとこ大丈夫ネ、とジョヴァンニはこの話をしめくくったのだ
が、その際本当に大丈夫かとでも言いたげに眉をぐりぐりと上下させたのには閉口
した。
                                                                    (了)




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