#953/3137 空中分解2
★タイトル (GSA ) 91/ 5/10 1:40 (118)
服の汚れ ハロルド
★内容
(登場人物) ・母親 (30)
・息子 (5)
・新聞配達人(60)
・ナレーター(声のみ)
○ 草原の中の一軒家(昼)
文明から遠く離れた広大な草原の中に、ぽつんと木造の一軒家が建ってい
る。そこの庭で30代の女性(母親)が自然の木と木の間にロープを繋げ
て、それに洗濯物を干している。天気は快晴。そばには落ち葉を集めて焚
火を燃やしている。そこへゴロゴロと遠雷の音が聞こえてくる。
母親「(不思議そうに)こんなにいい天気なのに雨が降るのかしら?」
そこへ青い色のTシャツ姿の五歳くらいの少年(息子)がいきおいよく帰
ってくる。
息子「ただいまあ!」
母親「お帰り」
息子「(言い難そうに)母さん……、ちょっと話があるんだけど……」
母親「(少年を睨んで)何なの?」
息子「……あのね……また服を汚しちゃったんだ」
母親「(腕ぐみしながら)ふーん、それで?」
息子「それで……また洗濯して欲しいんだけど……」
母親「ちょっとよく見せてご覧なさい」
息子、母親にTシャツの胸元を示す。母親、しゃがんでそれを見る。
母親「(顔をしかめて)大きなシミねえ!」
息子「うん」
母親「それにこれは油の汚れじゃないの」
息子「そうなんだ」
母親「これは簡単にはとれないわよ。相当時間をかけないと……」
息子「でも、とれる事はとれるでしょう?」
母親「わからないわ。でも諦めた方がいいかもね」
息子「おちるかおちないか、とにかく洗ってみてよ」
母親「貴方が服を汚すのはいつもの事よ。でも今度のはひどすぎるわ。どうし
て汚れないように気をつけなかったの!」
息子「何も服を汚したくらいでそんなに怒る事はないじゃない」
母親「私はね、汚れがどうのこうの言ってるんじゃないのよ。……汚れもそう
だけど、もっと肝心なのは……貴方よ!」
息子「僕が何だってのさ」
母親「貴方はいつもそうじゃないの。この前だって別な所にシミをつくってた
じゃない。何度同じ事をやれば気が済むの?」
息子「だって……」
母親「だってじゃないでしょ。例え私が何とかしてこの汚れを落としたとして
も、またどうせ貴方はまた汚してくるに決まっているわ。服を汚す事に限ら
ず、貴方はなんでもそうよ。私が注意しても何日かたてばすぐに忘れて、い
たずらや失敗を繰り返すのよ。おんなじ事を言うのに、もう母さんうんざり
!」
息子「もう絶対汚さないから……お願い」
母親「誓える?」
息子「母親の名前に誓うよ」
母親「父親の名前にしなさい」
息子「誓います」
母親「よろしい。でもね、この油汚れがとれるかどうかは別の話よ」
息子「でもこの前のシミだってちゃんととってくれたじゃない。最近はいい洗
剤があるって……」
母親「その洗剤を買うのに母さん、一キロも歩いたのよ。まさかいい洗剤があ
るからっていって、また安心して汚して来るんじゃないでしょうね」
息子「(ふくれっ面で)違うよ……」
母親「(Tシャツを見て)本当にとれるかしら?」
息子「とにかくやってみてよ」
母親「(うんざりして)考えとくわ。それじゃあ脱いで!」
息子、Tシャツを脱いで母親に渡す。
息子「じゃあ洗っといてね。(家の方に去って行った後、母親の方を振り向く)
そのTシャツの青い色、結構気に入ってるんだ。また着たいと思ってるんだ
よ」
母親、息子が家の中に入るのを見送った後、ため息をついてTシャツを見
る。
母親「やっぱり無理ね……」
そこへ老いた新聞配達人が自転車に乗ってやってきて庭の柵ごしに話しか
ける。
配達人「こんにちは、奥さん」
母親「あら、いつも遠い所をご苦労様」
配達人「いやあ、ここはいつも静かでいいねえ」
母親「都会では何か変わった事でもありました?」
配達人「あったなんてもんじゃないよ。また例の中東の国が戦争を仕掛けてき
たんだよ」
母親「まあ大変」
配達人「そしてまた、いつもいらんお節介をするアメリカ軍が、例によって反
撃してさ、その国の石油コンビナートを破壊しちまったんだってさ。そのせ
いで海には重油が流れ込むわ、空には大量の煙が舞い上がっちまうわで大騒
ぎさ」
母親「ひどい話ね」
配達人「学者の予想じゃ、その煙はオゾン層を大量に破壊して、重油の方は全
世界の海の50%を覆っちまうってさ。もう地球は滅亡だそうだよ」
母親「(笑って)そんなに大げさに考えなくても大丈夫よ」
配達人「あんたは気楽でいいねえ」
母親「今まで地球滅亡を唱えた学者の予言が当たった試しがある? チェルノ
ブイリや一九九一年の湾岸戦争だってあんなに騒がれたのに今では全然その
話を聞かないじゃない。歴史なんて、なんべんも同じ事の繰り返しよ。いつ
の時代だって公害なんて物はあったのよ。でもちゃんと神様が見守って下さ
っていて、数年かそこらでそんな物は自然に消し去って下さってきたんだか
ら。今更、心配いらないって」
配達人「そうかなあ? そうだといいんだけど……」
母親、少年のTシャツを手にもて遊んでいる。
配達人「あんた、さっきから何持ってるんだい?」
母親「ああこれ? うちの息子のTシャツよ」
母親、Tシャツを広げる。
配達人「なんだ? でっかい油汚れがついてるじゃないか」
母親「そうなの。うちの息子が汚してきたの。毎度の事よ」
配達人「これから洗濯するのかい?」
母親「ううん。もうおちそうにないから捨てちゃうわ」
母親、Tシャツを近くの焚火に投げ捨てる。それを唖然と見ている配達人。
燃えるTシャツ。突然晴れていた空が暗くなり、ゴロゴロと遠雷の音が聞
こえてくる。
* * *
ナレーター「私達の文明は、自然を破壊した上に成り立っています。文明の恩
恵を受けなければ我々人類は生存しにくくなるでしょうが、自然の恩恵を受
けなければ人類を含む地球上の全ての生き物は滅んでしまうでしょう。自然
と文明との安定したバランスの中で我々の世界が築き上げられているのです。
しかしもし発達しすぎる文明によって、自然が極度に破壊され、この天秤が
崩れさってしまう事になれば我々は一体どうなってしまうのでしょうか?
それこそ少年の母親が服を焚火に投げ捨てたように、ある巨大な力が我々の
世界を、『トワイライトゾーン』の闇の中に……、いえ失礼。『ダークサイ
ド……』いえこれもまたしかり、『世にも奇妙な物語』? 『ヒッチコック
劇場』? 違うなあ……『ウルトラQ』だったかな? 『世にも不思議なア
メージングストーリー』なんてのもあったよなあ。まあとにかく投げ捨てる
わけですよ。それにしても誰だよ、番組名きちっと決めてこなかったのは!」
(おわり)