AWC 「柿の木は残った」 −若き日の約束−   YOUNG


        
#951/3137 空中分解2
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「柿の木は残った」 −若き日の約束−   YOUNG
★内容

「売らん」
じいさんは顔も向けずにそう言い放つと、ふたたび手を動かしはじめた。ずいぶんと
日暮れが早くなったもんだ。もっともこんなビルの谷間にあっちゃ昼とは名ばかり、
陽なんざめったに射すもんじゃねぇが。……もう冬だ。早いとこカタをつけなきゃ、
社長に合わす顔がねぇどころか、生きて年が越せるかどうか。
「なぁ、じいさん。この土地を売っちまえば、こんな柿の木ぐれぇ、二千本でも三千
 本でも買える……うぷっ!」
しゃがんだじいさんの肩ごしに話しかけたユウジが、泡を喰って立ち上がった。いや、
泡じゃねぇ。トリのクソだか腐ったワラだか、そんなもんだ。
「じじぃ、人がおとなしくしてりゃ!」
「ユウジ!」
俺はユウジの肩に手をかけた。ここでじいさんをブン殴ったりしたら、せっかくのお
膳立てがパーになっちまう。俺は、ユウジの肩といっしょに掴んじまったクソだかワ
ラだかを、ヤツの背中で拭った。ついでにヤツの背中をたたきながら言う。
「おめぇだって、雑煮の一杯も喰いたいだろ? 今、手を出しゃ、クリスマスケーキ
 だって危ないぜ」
ウチの社長も、昨今の『都市再開発ブーム』とやらで、ずいぶん稼がせてもらったク
チだ。もっとも実際に手を汚すのは俺たちなんだが、応分の報酬がちゃんといただけ
るなら、多少の危ない橋なら渡りましょうってもんで、コロシ以外なら何でもやるの
が俺の方針だ。とにかく、こじらしちゃいけねぇ。何事も穏便に合法的に……ヤバい
相談はそれからだ。
しかし、このじいさんにだけは手こずらされた。『はやい、やすい、うまい』がモッ
トーのウチが、この仕事を手掛けたのは去年の春だった。期限は1年。すべりだしは
順調だった。ものわかりのいい連中は、何回かの『話し合い』で立ち退いてくれたし、
なかなか落ちないばあさんも、欲の皮が突っぱった息子や娘に説得させた。……残る
は、このじいさんだけだった。近くにマンションを用意して、補償金を山のように積
んだって首をたてに振らない。この柿の木のために……と言うから、代替地を用意し
て植え替えの手はずを整えてもダメ。あげくに興信所を使えば、日本中のどこを探し
ても血のつながった者がいないときやがる。社長に会うたび「アタマを使え」の説教
ばかり聞かされている俺の脳ミソも、そろそろ底をついていた。
「おまえら、いつまで粘るのか知らんが、わしは死んでも売らんぞ」
冗談じゃねぇ、あんたにゃ生きてハンコ捺してもらわなきゃならないんだ。病気にし
ろ自殺にしろ、焦れた俺たちが殺ったにしろ、このじいさんが死んだら、この土地を
含めたすべての財産は国のモンになっちまう。国有地の払い下げなんてシチ面倒くさ
い手続きになりゃ、どうあっても今年中に更地にするなんざ無理になるじゃねぇか。
「コロシは避けろ」が口癖の社長も、俺たちを殺るのは何とも思っちゃいねぇ。ま、
俺たちが殺られたって誰も気にもとめねぇし、悲しんでくれるヤツもいねぇけど。
「あの……こちらに……」
来た! ついに救いの女神がいらっしゃったぞ!
「カネさん! カネさんかい……?」
じいさんはバネ仕掛の人形みたいに立ち上がると、俺とユウジを突き飛ばして駆け寄っ
た。
「いや……カネさんじゃない……カネさんのわけがない。カネさんと瓜ふたつじゃが」
俺は興信所を使って、ひとりの女性を探した。藤島カネ。昔このあたりに住んでいた
連中に、じいさんのことを聞いてまわるうち、そのカネさんにこの柿の実を喰わすま
では云々という話を耳にしたからだ。……しかし、彼女は12年前に病死していた。
「あの……カネは私のおばあちゃんです」
「おぉ、道理で。で、カネさんは? カネさんは来とるのかい」
「12年前に死んだとよ」
俺がそう言うと、じいさんはがくりと肩を落とした。気の毒だがしょうがない。これ
で柿の木をあきらめてくれりゃ、土地を売る気にもなるだろう。
「そうか……。逝っちまったか……。この柿の実を喰わんまま逝ってしもうたか」
「おじいさん。もしよければ、お話してください。おばあちゃんは、死ぬまで柿を食
 べなかったんです。『キライなの』って聞いても、『嫌いじゃないが喰わん』って」
じいさんは、倒れかかったボロ家の縁側に腰をかけると、少女に手招きした。彼女が
横に座ると、じいさんは柿の木を遠い眼で見つめながら、静かに話しはじめた。
「あれはもう70年も前のことじゃ。このへんは荒れ地で、村といっても100人か
 そこらの小さな村じゃった。カネさんはわしよりみっつ上で、それは美人じゃった。
 あんたも美人じゃが、そのころのわしは、カネさんより美しい人はこの世におらん
 と思うとった」
美人と言われた少女は、かすかに頬を染めた。
「わしがここのつになった秋、鎮守さまの祭りでカネさんは、隣村の悪童どもに悪さ
 をされかかっとった。わしはもう、後先も考えずに飛び出していって、そのへんの
 木ぎれを拾うと力まかせに振り回した。相手は5人だったか6人だったか、とにか
 くわしの迫力に圧倒されて逃げていきおった」
じいさんには、まるで昨日のことのように思えるのか、身ぶりを入れて話している。
「次の日カネさんは、怪我をしたわしを見舞いに来てくれた……柿を持ってな。わし
 は嬉しかった。憧れのカネさんが、わしを見舞いに来てくれた。よほどの嬉しさに
 頭がボーとしちまったんだろう、わしはその柿を喰いながら、こう言ったんじゃ。
 『カネちゃん、結婚しよう』とな」
じいさんは、そこで少し間をあけた。
「カネさんは怒ったりせなんだ。静かに笑って『そうね。まだ二人とも小さいから、
 何年か待たなきゃいけないわ。……そう、この柿の種をまいて、それが実をつけた
 らね。それが実をつけたら、私が最初に食べるの。そうしたらお嫁さんになったげ
 る』と言うと、わしが吐き出した種を拾いあげて、わしの手にそっと握らせてくれ
 た」
ビルの隙間から、ちょうど夕陽が射している。その場のすべてを柿の実色に染めて。
「それから毎日、わしは柿の木の世話をした。来る日も来る日も毎日な。しかし、カ
 ネさんの言葉はウソじゃった」
じいさんは、そこで話をきると立ち上がり、庭の隅に行って柿をもいできた。少女に
ひとつ手渡し、自分の分を縁側に置くと、俺とユウジにもひとつずつ投げてよこす。
誰も柿に食いつくヤツはいなかった。
「わしが16になった夏……それは暑い日にカネさんは嫁に行ってしもうた。馬に揺
 られて嫁に行くカネさんを見送ったわしは、まさかりを納屋から出してきて、この
 柿の木を伐ってしまおうとした。しかし、できんかった。カネさんのくれた柿の種
 から芽を出したこいつを伐ることはできんかったんじゃ。……わしは結局、嫁をも
 らわんじゃった。カネさんが、いつか来てくれるような気がしてな」
少女の頬に涙が光っている。純愛物語なんざ、テレビの中だけだと思ってたんだろ?
「さあ、喰ってくれ。これでわしは心残りなく死ねる」
少女はこくりとうなずくと、柿の実に歯をたてた。俺も一口かじってみた。渋みは全
然ないが、すこし塩の味がする。
「きゃあ!」
叫び声のする方に目をやると、少女の上にじいさんがのしかかっていた。……どこが
純愛物語なんだよ!
「カネさん! わしはこの日がくるのをずっと……カネさん!」
俺はじいさんに近づいていった。止めるつもりはない。どうせ、このじいさんが死ね
ば遺産をもらえると、この娘には言い含めてあるし、俺としちゃ、早くハンコをもら
えれば、それでいい。ズボンをおろしかけたじいさんの肩をたたくと、肌身離さずもっ
ていたハンコを投げてよこした。娘の乳房が夕陽に照らされて、おおぶりの柿の実の
ようだった。

                − 終 −




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