#950/3137 空中分解2
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「タイムカプセル」 −若き日の約束− YOUNG
★内容
ははは、来た来た。おーい、こっちこっち。えーと、待てよ。言っちゃだめだぞ。顔
は覚えてるんだけどなぁ……。
「京子ちゃん?」
「あら、信次郎くん? すっかり立派になったこと。ふふふ」
「この腹かい? ははは、いやぁ参った。京子ちゃんだって、ずいぶん貫禄が……」
「失礼ね。ふふふふ」
「ははははは」
お、また来た。あれは……トンボとピー助と村ちゃんか。老けたねぇ……ははははは。
「おい、社長。今度、娘夫婦が家建てるんだけど、ひとつよろしく頼むよ」
「社長に『おい』はないだろう。ははは。それに、オレはもう社長じゃないんだ」
「つぶれたのかい?」
「縁起でもねぇ。社長は息子、オレは会長ってわけだ。ま、おまえの頼みとありゃ、
家の1軒や2軒、おやすいご用だ」
あいかわらず面倒見のいいやつだな。ガキ大将が、いまや会長さんか。ははは。
「しかし、お互い歳をとったねぇ……」
「それを言うなよ。今日だけは歳を忘れて、あの頃みたいに騒ごうや」
ぼくたちは憶えていた。今日この日、何があっても母校に集まろうと約束したことを。
そして、ぼくたちはここにいる。気の早い桜がつぼみをほころばせる、この校庭に。
「おい、先生がいらしたぞ」
そこにいた全員が、手にしていた紙コップを放り出して、恩師のもとに駆けていく。
「先生!」
「先生……あれから50年も経ったんですね。私、なんだか胸がいっぱいで……」
「先生! ぼくのこと憶えてますか」
「あらあら、還暦過ぎたおじいちゃまが『ぼく』なの? ほほほほ」
半世紀ぶりにお会いする先生は、とてもお元気そうだった。ぼくたちがこうして再会
するきっかけをつくってくださった先生は、たしか今年84歳になられるはずだ。
「美代子さんも弥生さんも……啓治くんも洋一くんも、みんな面影が残ってるわ。私
より先に逝ってしまった人も5人いるけど、今日こうしてみんなの顔を見ていると、
ほんとうに長生きしてよかったと思うの」
誰もが微笑みを浮かべていた。この日が来るまでは長く、こうして振り返ってみると
短く感じられる50年間のことを想って。
「でもね……、ただひとつ心残りなのは、卒業式にクラス全員を見送れなかったこと」
先生の言葉は、みんなの微笑みを蔭りに変えた。沈黙がしばらく続いた。
「さあ、そろそろ御開帳とまいりますか」
学級委員長だった一郎が声をかけると、ふたたび時間が動きはじめた。義久と勇一が
シャベルを持ち、運動場の隅を掘りかえしにかかる。
「なんだか、じっとしていられないわ」
「敏江は、何を入れたの」
「それが憶えてないのよ。だからそわそわしてるんじゃない。へたくそな詩でも出て
きたら恥ずかしいわ」
卒業式当日にタイムカプセルを埋め、50年後のその日に集まって開けましょうと提
案したのは先生だった。ドラム缶の中に入れた物は、文集、遠足の集合写真、3学期
の席順表、あだ名の一覧表、校内ソフトボール大会で優勝した時の賞状、そして一人
にひとつずつの思い出の品。
「おれは憶えてるぞ。6年間使ったランドセルだ」
「清次のランドセルは年季が入ってたなぁ……背負ってるから、かろうじてランドセ
ルかなって思うくらい」
しだいに深くなってゆく穴のまわりで、ぼくたちは笑った。
「定男の入れた物が出てきたら、みんなもっと笑うぞ」
「なんだ、なんだ?」
「もったいつけないで教えなさいよ」
勇一が、穴を掘る手を休めてそれを明かした。
「献立表に包んだ給食のパン」
「わはははは」
「ふふふふふ」
やわらかな早春の風にのって、笑い声が校庭を渡っていった。
「出たぞ」
義久のシャベルがタイムカプセルを掘りあてた。さあ、いよいよ50年の歳月をぼく
たちは超えるのだ。
「外側はサビてるけど、中は大丈夫だ。たぶんな」
あの日、ぼくは朝一番に学校へ行った。カプセルに入れる物をずっと考えていて、算
数で1枚だけとった100点のテストを入れようと決めたのが、朝の6時だったから。
「焼き切るから、ちょっと離れてろよ」
ドラム缶は口まで土に埋まっていたけれど、鉄のふたは、まだ溶接されていなかった。
ぼくは、誰かが工作の時間に作った額縁の下に、テストをそっと入れた。
「火花を中に入れるなよ。紙にでも火がついたら大変だからな」
ぼくは、どうしてあんなことを思いついたのだろう。中に隠れていて、土をかけに来
たみんなを驚かしてやろうなんて……。
「さあ、先生。もうすぐ開きますよ」
ぼくは、いつのまにか眠ってしまっていた。目が覚めたときには、もうふたは開かな
かった。定男のパンはもうないよ。ぼくが食べてしまったからね。哲也の本箱はバラ
バラだよ。ぼくが力まかせに叩きつけたからね。
「開いた!」
50年の時を隔てた扉が開いた。そしてぼくたちは再会するんだ。62歳の君たちと、
12歳のぼくが……。
− 終 −