#933/3137 空中分解2
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封神(完結) 青木無常
★内容
仕込み針を突き出す腕が弧を描く神速の蹴りに突き上げられ、宙に飛ぶ針と入れ
かわるようにして鎌が武彦の胴を薙いだ。反転して難を避けた武彦が勢いのまま地
を転がったと見るや――突然方向を変えて突進してきた。
咆哮を上げながら彪太も奔る。
二体の影が交差し、離れた。
立ちどまった二人の影が、彫像のように凍りつく。
つ、と額から滴った血流を舌でなめとり、武彦はくるりとふりかえった。
彪太の口もとがきゅっと笑みの形に吊り上がり――嘲笑を浮かべたままその首が
ぽろりと千切れ落ちる。
残された身体の方も、どうと音を立てて崩れ落ちた。
重い足取りで、武彦は扉に歩を進めた。
ぴたりと、停まった。
停止させたのは、笑い声だった。
背後からの。
ゆっくりと振り向き――
転がる彪太の首が声をあげて笑っているのを見た。
哀れむような表情だった。
笑声がやみ、彪太の首が不思議そうに眉根を寄せる。
「わかっていやがったのか」
首が言った。
「憑かれてたのはな」
武彦が答える。抑揚のない口調で。
ぎりり、と彪太は歯をきしらせた。その顔が再び憎悪に歪む。
「憑いたのはおれの方だ」憎々しげに言った。「それもここまでだがな」
言葉どおり、彪太の肉体が、首が、じゅうじゅうと音を立てて蒸発しはじめてい
た。
「安心しな武彦。邪神の復活もここまでだぜ」
溶解しながら言う彪太の声が、洞内に朗々と響きわたる。背後に眼を向けた武彦
は、沁み出しかけていた靄状の神体が再び扉の向こう側へと吸いこまれていく光景
を発見した。
その扉の表面で、文字とも図形ともつかぬものがぼうっ、と淡い燐光を発してい
た。
「どうやら、糞ったれなてめえの始末は、残念だが他の奴に任せるしかねえよう
だぜ。なぜなら、神を呼び起こしたのはおれの憎悪だからな。てめえの神剣に切ら
れちまっちゃ、おれの憎悪もこの世に留まるわけにゃあいかねえや。太古の神もも
とどおり扉の向こうってわけよ。だがな、武彦……てめえにゃ、安寧はやらねえ。
おれの意志の一部は邪神の中で生き永らえるぜ。そして封印された扉はここだけじ
ゃねえ。知っているはずだな、武彦。神州の大地は太古の神の牢獄だ。そして、異
界の扉はこんな山ん中ばかりじゃねえんだ。忘れるなよ、武彦、てめえとゆかりに
身内を殺されたのは、おれ一人じゃねえってことをな。おめえらを恨み、呪う声が、
必ずどっかの扉をたたくだろうよ。その時こそおれが――封印された荒らぶる神が、
この世に解き放たれる時だ。そして真っ先に贄に捧げられるのが、てめえの肉体と
魂だぜ。忘れるんじゃねえぞ」
「きさまこそ忘れるな」武彦は、静かに答えた。「だれであろうと、おれとゆか
りの前に立ちはだかる者には容赦しねえってことをな。それがたとえ、神であろう
とも、だ」
煮えたぎる武彦の言葉の奥底に、やりきれない哀しみが隠されていたのを彪太は
感じただろうか。
「あばよ、武彦。この糞ったれ野郎」
言い残して消える寸前、武彦の死を確信してか、彪太の顔が勝利に輝くのを見た
ような気がした。
扉に浮かび上がった燐光もやがて消失し、後には闇と静寂だけが残った。
外には、眩しい光があふれていた。
闇に慣れた目が幻惑されるにまかせて、武彦はしばらくの間そこに佇んでいた。
そしてふりかえり、扉を閉じた。
重い音とともに、異界は悪夢の彼方へと去ったのである。
後の始末は、武彦の仕事ではなかった。
ため息をつき、ふりかえると、岩陰にゆかりの気配をとらえる。
「ゆかり――」
「来ちゃダメ!」
叫び声に、武彦は踏み出しかけた足をとめた。
「どうした?」
「まだ皮膚が再生してない!」
いぶかしげな問いかけに、癇癪を起こした子どものような声が答える。
武彦はニヤリと笑った。
「もう見ちまったぜ。丸焦げになったとこならな」
「すけべ!」
「なかなかイカしてたがな」
「バカ! 来ちゃイヤだからね……」
語尾が頼りなげに消えた。
武彦は苦笑して、自分の身体を点検しはじめた。
傷だらけだ。えぐられた腹の傷などまったく尋常ではない。よく気絶せずに立っ
ていられるものだと、武彦は我ながら感心する。
「ゆかりの不死身にゃかなわねえがな」
と小さくつぶやき、蒼穹を見上げた。
風が、雲をのせて吹きわたっていく。日暮れまでにはまだだいぶあるだろう。
腰を降ろして、煙草に火をつける。
一息つかせてもらうさ。とりあえずはな。
心の中でそうつぶやきながら、武彦は立ち昇っていく紫煙をぼんやりと眺めるの
であった。
封神 完