#899/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ ) 91/ 3/25 16:30 (140)
影の棲む館(14) 青木無常
★内容
「考えられる可能性はいくつかあります。家名に傷がつくのを恐れた家族
が手助けをすることによって、逃亡に成功したのかもしれない。だとすれば、
彼は外国で、あるいは名前を変えて、今も生きのびているかもしれません。
殺された、と考えることもできます。屍体は今もどこかで呪いのうめき声
を上げ続け、掘り返してもらえる日を待ち続けているのかもしれない。だが
おれは、少なくとも事件が落着する前後の期間は、彼は生きてはいたと思う。
それも、この館の中で」
秀明の背を悪寒が奔りぬけた。そんな馬鹿な、と一笑に付してしまいたい
心境だ。が、その言葉を発することは、到底できそうになかった。
葉子が先を促した。武彦はうなずき、続ける。
「隆行が失踪する直前、この館は増築されている。公式には手狭になった
診療所を新たに建て増したことになっているが、診療所は実際には内装に手
を加えただけだ。それなのに大量の土砂が運び出されていくのを見た人もい
るそうです。
結論。隆行はこの館にひそかにつくられた秘密の地下室に閉じ込められて
いた」
お〜〜〜〜おおお!
一瞬、邸内に咆哮が反響した。
幻聴とも思えた。が、五人全員がその“声”を聞いたのだ。
冷気が、音もなくどよめいた。
すぐにすべてが静まりかえり、後には再び凍てついた沈黙が戻ってきた。
「その地下室はどこにあるんだね?」
静寂に耐えかねたか、秀明が腰を浮かしかけながら性急な口調でそう訊い
た。
「そのことに関しては、もう少し後に説明させてもらいます」武彦の深い
声音が、蒼然とした雰囲気を鎮静させた。「その前に、あとの二つをかたづ
けておきましょう。隠されている三つの要素の二つ目は、この洋館を支配し
ている妖気についてです。
柳瀬の旦那も気づいていたらしいが、この館に憑いたものの霊気は、根源
がつかみきれない。屋敷全体に霊気が拡散しているからです。まるで、館全
体がひとつの霊体を形成しているように、妖気の根源がつかめないんだ。そ
れにもうひとつ。この妖気は人間のものではない、ということ。
生きているものすべてに“気”と呼ばれるものがある、という東洋神秘思
想の考え方はどこかでお聞きになったことがあるかもしれませんが、動物や
植物に限らず、無機的なもの、石や土くれや、鉱物といったものにもそれぞ
れ特有の“気”があるのをご存じだったでしょうか。
この館に憑いているものの気は、人間や動物霊のそれとは少し違う。精霊
という形で一般に認識されている植物のそれとも、違っている。一番近いと
いえるのは無機物の気ですが、それらともやはり微妙に違っている。つまり、
この館から感じられる妖気は、今までおれやゆかりが経験的に感知してきた
ものとは微妙に異なっているんです。柳瀬の旦那が残してくれた資料を読ん
だ時、おれは霊の正体を南条隆行だ、と直感した。しかし、この妖気は死者
生者の別を問わず、霊と呼ばれているものではない。では、南条隆行とは無
関係なのか。おれはそうは思わない。ある仮説が、おれの頭の中でできあが
りかけているからです。
昔から“形が似れば魂が宿る”という考え方があります。たとえば、人形
などがその典型的な例です。われわれは、たとえそれが生命をもたない無機
的なものであっても、人の形に似ているだけでそこになんらかの人格を感じ
てしまうことがある。実際そういったものには人の霊が集まりやすい。それ
が人の形をしているかぎり、なにか人間と共通するものがおのずとそこに宿
ってしまう、というわけです。仏像や神像はその典型といえるし、髪ののび
るというお菊人形の話などは有名だ。
おれは、この館に憑いているものはそういうものだと思います。ただ、そ
れにしてはあまりにも妖気が強力すぎる。人形に憑いた霊が次々に人を呪い
殺していく、という話は確かにあるが、それは死んだ人間の霊魂がその人形
に引き寄せられるようにして集まり、人形を通して怨念を発揮しているから
です。この館には、驚くべきことに人間の霊気がまったく感じられない。少
なくとも、おれたちには。
では、なぜそのようなものが訪れる人を次から次へと殺してしまうほどの
強い妖気をもっているのか。――葉子の力を霊が利用しているのかもしれま
せん」
ギクリと、葉子は身を震わせた。
武彦は気にするな、とでも言うようにちらりと葉子に視線を走らせ、
「ですが、それにしても強力すぎることは変わらない。第一、それだけで
は葉子がここにくる以前の事件の説明もつかなくなってくる。この屋敷を覆
っている力の正体を説明するには、もうひとつ、重要な要素があるはずだ。
これが三つ目の要素です。そしてこれは、なぜこの家族が館から出られな
いのか、なぜ葉子にだけ“声”が聞こえるのか、についても説明できます」
ごくり、と、秀明の喉が音を立てた。
無数の針で突かれているように張りつめた空気は、緊張のせいばかりでは
あるまい。武彦の言葉に聞き耳を立てている五人目の存在が、その底に苛立
ちをぐつぐつと煮えたぎらせているのを、葉子は敏感に感じとった。
「南条隆行は、正確には南条家の一員とはみとめられていなかった」
おおおお〜〜〜おおお〜〜〜〜〜〜〜おおおおおおおお!
呪咀の詠唱が高らかに開始された。
それを貫くようにして、武彦の深い声は低く、しかしはっきりと、響いた。
「彼の母親は、長男和彦、次男照信の、二人の母親とは違っていた。隆行
は、妾の子だったんだ」
バンッ!
音を立てて、ソファの横に置かれたフロアスタンドが爆発した。
ガラスの破片がチリチリと落下していく。
葉子は、恐怖に身をすくめた。
怖かった。恐怖が心中に充満し、今にも破裂しそうだ。背後に忍び寄った
ものが、今しも自分の心臓をつかみ出そうとしているのではないか――葉子
の全身は小刻みに震えていた。
暖かい手が、肩にまわされた。ふりかえると、母の顔が目に入る。曇らせ
た美しい表情に、励ますようにして微笑を浮かべ、そっと葉子の全身を包み
こんだ。
そして、父の大きな背中があった。
一人じゃない。
葉子は思った。再び身体の奥底から、熱い力が湧出してくるのを覚えた。
「ところで、お母さんの旧姓は和田、といいましたね」
武彦の問いに、千種は小さくうなずいた。
「強い霊能を潜在的にもっている家系だ」
もう一度うなずくのを見て、武彦は続けた。
「ということは、葉子の強い霊感も、血筋に強い影響を受けている、とい
うことになる」
「どういうことなんだ?」
焦れた秀明の問いかけに、武彦はこう答えた。
「南条隆行の母親も、同じ和田家の出身です」
硬直が室内を包みこんだ。
「血筋だったんだ」
淡々と、武彦の言葉が響きわたった。
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「結論を急ぎましょう。ゆかりが気づいたことなんだが、この部屋には異
常に大きな暖炉がある。しかも、それには使われていた形跡が一切ない。イ
ンテリアとしてつくられたものだと考えてもこの大きさは不自然だ。なぜか?
おれたちが倉庫をさらった時、この家の設計図が出てきました。そこに書
かれていた計画では、ここに設置される予定の暖炉はもっと小振りなものだ
った。では、実際につくられた暖炉がこのように巨大になったのは、着工段
階において計画に変更が加えられたためか? 答えは否、です。つまり、現
在残されている暖炉は最初につくられたものとは別の、あらたにつくりかえ
られたものだということです。その理由は、もうおわかりでしょう。おそら
く、地下室への入口はそこにあるはずだ。
さてそこで、昨日の夜に行なった口寄せで“彼”が口にした言葉を思い出
していただきたい。“四角く囲まれた狭苦しいところにおれはいる”と、彼
は言った。これは、妖気の根源が地下室のような閉鎖的な空間にあることを
暗示している。だが、それだけじゃない。――おまえの閉じこめられた場所
は、もっと狭いところだ! 違うか?」
応えが、号泣となって反響した。
堰の切られた轟音。と同時に、暗黒色の霧が一気に屋敷内に噴き出し始め
た。
バシッ
バシッ
バシッ
立て続けに破砕音が飛び散り、なんの前触れもなくすべての照明が一挙に
光を失った。
館は、闇に閉ざされた。
「懐中電灯はどこだ!」
秀明が叫ぶ。棚の上、と千草が答え、闇中を手探りで秀明は移動した。
その後頭部に、ごっ、となにかが投げつけられた。うめき声をあげてうず
くまるその背に、さらに次から次へと固いものが襲いかかる。
それが不意に、止んだ。
気がつくと、呪文のような声がひそやかに、はっきりと響いてくる。武彦
だ。
それにあわせるようにして、苦悶の叫びが上がる。――地の底から。
再び立ち上がり、なんとか棚のところまでたどりつくと、秀明は手探りで
懐中電灯を探した。