AWC 影の棲む館(11)       青木無常


        
#896/3137 空中分解2
★タイトル (GVJ     )  91/ 3/25  16:18  (142)
影の棲む館(11)       青木無常
★内容
 教室や、もっと人目につく場所であれば、曽根が出ていかなくとも誰かが
彼女を助けようとしただろう。だが、葉子を取り囲んだ少女たちは、それも
考慮に入れてこの場所を選んだのだ。
 人を呼びにいこうか、とも考えたが、すぐさま打ち消した。時間がない。
 なんのためにおれはここにいるんだ――歯噛みしながら、自問した。
 思いがただ先走るだけだった。
 拳を握り締め、歯を食い縛った。
 力は、湧いてはこなかった。
 ――ダメだ。情けない思いに、涙がにじんだ。
 ダメだ。先生を呼びにいこう――。
 かえそうとした踵も動かなかった。
 卑怯者、と心のどこかで叫び声がした。
 行くも、退くもならず、曽根は不様にうめき声を噛み締めた。
 その時、ふいに、声がかけられた。
 「おい」
 文字どおり飛び上がるようにして、曽根はふりむいた。
 見つけたのは、ひとりの小柄な少女であった。くたびれた感じのスタジア
ムジャンパーに身をつつんだ少女の顔に、曽根は見覚えがなかった。
 一瞬、あの連中の仲間かと身構えた。
 ――逃げ腰になっていた。
 少女は、にっと微笑んだ。
 「もっとしっかりしろよ」
 励ますようにそう言った。
 戸惑いを隠せず、惚けたように見つめる曽根に向かって、少女は一、二歩、
踏み出した。
 申しあわせたように曽根の腰もひける。
 「しっかりしなさいってのに」あきれたように少女が言った。「いま勇気
出さなきゃ。いつまで経ったってこういうことは続くのよ。大人になっても、
今のままで終わっちゃうのよ。ずっと、死ぬまで」
 なおも呆然としながら、しかし曽根はこの少女が味方であることに気づき
始めた。
 少女のいわんとしていることも、おぼろげにわかった。
 が、なおどうしていいかわからない、とでも言いたげに曽根はただ惚けた
ように突っ立ったままだ。
 「世話の焼ける」
 肩をすくめて少女はつぶやき、曽根に向かって手をのばした。
 逃げようとするのを、意外に素早い動きでとらえ、くるりと回らせた。
 円状に葉子を取り囲んだ人垣が、縦横に葉子をなぶり始めていた。
 身裡に、一瞬怒りがたぎった。
 そのタイミングを見計らったように――
 「行け」
 声とともに、とん、と背中が押された。
 一、二歩踏み出し、戸惑うように曽根はふりかえった。
 少女の澄んだ瞳がもう一度、行けとくりかえす。
 躊躇し、そして曽根は次の一歩をためらいなく踏み出していた。
 少年は、少女に出会うだろう。たとえ今ではなくとも、いつかきっと、近
いうちに。
 ゆかりは満足げに、そして少し寂しげに、少年の背中に笑顔を送ると、静
かにその場を立ち去った。

        7

 南条邸の敷地の外れに、その倉はあった。
 本館の造りが洋風のものであるのに対して、土蔵造りの倉は二階屋の和式
である。庭木に隠されて小ぢんまりとした佇まいは目立たないが、内部は意
外に広い。ほこりにまみれて新旧雑多なものが雑然と放りこまれている。
 「こりゃ一仕事だな」
 ため息とともに武彦はつぶやいた。
 うんざりしたように手近の古びた箪笥を軽く蹴とばし、もう一度息をつく。
いかにも重い足取りで中に入り、どこからかかればいいのやらと積み上げら
れた物品を見回した。
 秋月家が持ちこんだものはほとんどないらしい。倉に残されている物品の
ほとんどが、今は絶えた南条家の遺産であることは間違いない。
 「絵はありませんでしたか?」
 元町から帰るなり、武彦は秀明に訊いた。この館のどこかに、絵画のよう
 暖炉の上にかけられた絵がそうだった。
 港辺りを題材にした、ありふれた風景画だ。画商に問いあわせてみたが、
二束三文にもならないだろうと鑑定された代物だ。
 「ほかには、そうだな……あるとしたら、土蔵の中だろう」
 秀明のこの一言が、土蔵大探索のきっかけとなった。
 残されていた絵とは無論、ゴッホを目指した画家志望青年の作品を差して
いる。とすれば、武彦はその作品からなにを得ようとしているのか。
 雑然と積みあげられた古い家具や行李をひとわたり眺めわたしてから、武
彦はおもむろにそれらの中身を確かめていく作業に移った。
 一分と経たないうちに、ほかりがもうもうと立ち篭めた。
 「畜生」一人言を言った。「こんなときにゆかりのやつ、どこ行きやがっ
たんだ。帰ってきたら思いっきり嫌味をお見舞いしてやる」
 「もう帰ってるよ」薄く日が差す入口から、少女の答えが返ってきた。
「かわいそうだから手伝ってあげる」
 「そりゃどうも」
 「なにを捜せばいいの?」
 「絵だ。南条隆行の描いた絵。それにこの屋敷の設計図があるかもしれん。
そいつも捜してくれ」
 ほこりと格闘しつつ告げた。
 ゆかりはうなずき、武彦にならって作業を始める。
 「おまえ、どこ行ってたんだ?」
 行李を解体しながら訊いた。
 「学校」
 「葉子のか」
 「うん」
 「どうだった」
 「おもしろかったよ。あたしも行ってみたいな」
 ほこりに隠れて、その寂しげな微笑は武彦には届かなかった。が、武彦は、
珍しくいたわるような口調で言った。
 「おれもそう思ったさ」
 ゆかりは微笑んだ。
 「ねえ、兄さま。やっぱり“彼”の正体、南条隆行なの?」
 「わからん。だが、関係はある。手がかりになるようなものが残ってると、
はっきりしそうなんだが。――わっ」
 派手な音を立てて、積みあげられた箱や書類が一気になだれ落ちてきた。
 ほこりが爆風の勢いで舞い上がる。
 「だいじょうぶ、兄さま」
 「……っぷ、大丈夫じゃない」ガラクタの山がもそもそと動いて二つに割
れ、真っ白になった武彦が煙を吹いた。「たまらんな。ポルターガイストよ
りも強力だぜ」
 「そんなこと言うと、“彼”また怒るかもよ」
 「もう怒ってるようだぜ」
 ぽつりとつぶやいて、武彦は天井をあおいだ。
 幽かな音が、ほこりの舞い散る彼方から響いてきた。竹を裂くような音。
おなじみのラップ現象だ。姿なき暴漢の根城は、どうやらこの倉にまで及ん
でいるらしい。
 雑多に積み上げられたガラクタの山が武彦とゆかりの周囲で一斉にふわり
と浮かび上がった。古びていたんだ机、壊れた柱時計、仕切り板の欠けた書
棚、アンティークのティーセット、書類や本が満載された箱――二人の周囲
を、倉の中にあるすべての物体が風車のように渦を巻いて荒れ狂った。それ
らが大小無差別に、撞球の玉のように次々に打ち出されてくる。
 「やーれやれ」
 間延びした声が合図となったか――二人の呼気が迸った。
 打ち出される弾丸が、細片となって次々に床に散らばる。肉眼ではとらえ
ることのできない、超絶の体技がくり出されているのだ。
 が、砕片となり変わってなお、形を留めたものは再び空中へと舞い上がり、
予測しがたい弾丸と化して再度打ち出されてくる。
 「切りがないな」
 短くつぶやきざま、武彦から漂然とした雰囲気が消失した。
 充満した妖気が、ぴしりと震えた。
 低下しかけていた気温に、熱いものが膨れ上がるようにして広がっていき
――その中心に、武彦がいる。
 裂帛の気合が、炎のように爆発した。


 倉から響きわたった大音声に夫妻があわてて飛び出すと、武彦とゆかりは
額縁におさめられた絵を何枚もかかえて出てくるところだった。
 どうしたんだねと訊く秀明に、武彦は絵の一枚を差し出した。
 超現実的手法で描かれた南条隆行の作品から迫り来るものは、もしかした
ら現代日本でなら受け入れられていたかもしれない。たった十年の歳月のず
れも、一人の男を抹殺するには充分な年月だ。
 内臓と懐古趣味あふれる機械群で色彩られた、想像力よりも悪夢から生ま
れ出てきたような怪物の群れ――そして、全裸の幻想的な美女が乱舞するそ
の“作品”が鑑賞者に訴えかけているものはただひとつ――圧倒的な孤独に
支えられた、恐るべき狂気のみであった。






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