AWC 幻の破壊者 1−1  ◇MISSING LINK◇  今朝未明


        
#884/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 3/17   9:49  (130)
幻の破壊者 1−1  ◇MISSING LINK◇  今朝未明
★内容
 それは黄昏。
 陽は既に視界から消えて、西の空に淡紅と橙の帯と筋とを名残りにするのみ。
東方には、夜が蒼く暗く裳裾を広げる。
 それは黄昏。空気の粒子一つ一つさえ、失われる『今日』の陰りを帯びて、
現象すべてが等しく紫色に染まる時間。
 街並みは青くくすみ、古びて汚れた無機質なコンクリートの灰色の壁さえも、
どこか典雅におぼろに煙る。長い長い濃紫の影が、風邪にふわりと搖れる。
 聞き慣れた車の行き交う音、繁華街のにぎわいは遠く、雑踏の中にありなが
らも、自分はその中の誰に親しむでもなく、一人きりで漂い流れてゆくことを
−−自分が如何に孤独であることを思い出させる。
 そんな解りきったことを再び思い知る悲しみは既に悲哀ではなく、ほのかに
優しい寂しさ。その憂愁はあまりに甘く切なく心に食い入り、自分が差し出さ
れた平安を捨ててどれだけのものをあとにして来たのかを、肩に積もり降る疲
労と時とを、そしてどれほどに己が他の人々とはかけ離れた存在であるのかを
思い起こさせ、胸に蘇るその過去の幾多の情景と感傷に身を委ねれば、手放し
で泣きたくすらなってしまう。それほどにこの『世界』の夕暮れの光は優しく
柔らかく、遠い幻のようにすべてをあいまいに美しく変える。
 『彼』は冷えてゆくアスファルトの道路端に佇み、マントをきつく体に巻き
付け、フードを目深に被り直しながら、黙ってそびえ立つビル群の黒いシルエ
ットと道行く人々を眺めた。
 この世界は優しく切なかった。悲しみにも似た優しさだった。ここに満ちる
光は、諦めと憂いに、半ば閉ざされた瞳の如き青さであった。すべてを受け入
れる悲しみの青。
 もし、自分が望めば−−
 『彼』は暮れゆく陽光を浴びて、街と同じく薄紫に染まりながら、ふと思っ
た。
 もし自分がここでこの『世界』に手を差し伸べれば、『世界』は自分を受け
入れてくれるだろう、素っ気なく自分に居場所を与えてくれるだろう……
 それは真実であるが故に、恐ろしい誘惑でもあった。このままここで、この
『世界』で、何も知らぬ未生の人々の間に紛れて、すべてを忘れて平安のうち
に朽ちてしまいたい……。両肩にかかる時の重みは、もはや耐え難いように『
彼』には思われた。
 『世界』は『彼』を誘った。道ゆく人々の顔には微笑があった。黄昏の光は
いよいよ青く、街は輪郭を消し、『彼』の望んで止まぬ場所へと姿を変えよう
とするかのようであった。『彼』は目を伏せた。涙が頬を濡らした。
 しかし街の姿が壮麗な庭園へと変容しようとした時、一つの姿が『彼』の脳
裏に浮かんだ。悲哀も疲労も、すべてはその輝くような姿を思い出した瞬間に
消え失せた。過去も未来も、その刹那には遠のいた。
 顔を上げると、人々の顔はうつろで、その体は確固たる実態を持たず半ば透
き通り、道の向こう側が透けてみえることが見て取れた。街の建造物は一つ残
らず廃虚であり、窓はぽっかりと口を開けた黒とした深淵であった。街路樹は
干からびて枯死した朽木で、道には大きな亀裂が醜く走っていた。ただ黄昏の
光だけが、その美しさを失わなかった。
 ここはまさしく黄昏の街、もはや滅んだ薄明の街なのだ。過去の投影、その
残骸以外のなにものでもなかった。危うく、『彼』は己の過去に飲み込まれる
ところであったのだった。
 『彼』は死んで動かぬ空気の中、死者を驚かさぬようにするかのように、低
くつぶやいた。
「失われた時に生きることは私の宿命ではない」
 ひときわ激しい悲しみの念が、『彼』を貫いた。しかし辺りは静かで、何事
も起こらぬかのようであった。ただ、死にゆく太陽の光がその赤さを増しただ
けであった。血の涙のように赤い輝きであった。

           ◆           ◆

 赤い光と、何者かの遠い慟哭が消えた後、新たな『世界』が『彼』の前に広
がった。
 辺りは相変わらず黄昏であった。先程の街よりはいささか時が移っているの
か、彼方には星が一つ二つ瞬き、月が白く輝きはじめていた。しかし、依然と
して紫の空気がすべてを包み込んでいた。
 一面、見渡す限りは砂漠であった。砂は白く、それ故に光を吸って淡い紫と
化していた。砂丘がどこまでも連なる様は、永遠に石化した藤色の大海さなが
らであった。
 その時、動かぬ波の如き砂山の一つが、さらさらときめ細やかな砂を崩しな
がら、綺麗に音もなくふたつに割れた。砂山の中は青く、躍動する波が陽光に
きらめいていた。潮の香りが一瞬漂った。そしてその海中から、白く薄い人め
いた影が現れた。ガラス細工を思わせる半透明な影が生み出されると、海は再
び砂の中に姿を消した。
「何者だ」
 『彼』は影に向かって問うたが、影は答えず、ゆらゆらと揺れ動いたのみで
あった。
 『彼』は肩をすくめてその影の横を通り過ぎてゆこうとした。だが、その時、
影は思いがけぬ素早さでその前に立ち塞がった。向きを変えて進もうとしても、
それを察して『彼』の前を遮る。影は読心能力を備えているのか、どうしても
影を出し抜くことはかなわなかった。
 ついに『彼』は影の中を通り過ぎようとしたが、影は見かけよりは大きな密
度を有しており、『彼』は跳ね返された。
 『彼』はマントの下の右手を、掌を上に開いた。掌の上で空気が凝縮し、熱
を帯び、形を取りはじめた。ついで、鉄の冷やかさと重みがそれに取って代わ
った。『彼』は剣を空中より抜いた。
「私にはすべきことがある−−」
 つぶやいた声音もまた、鋼であった。
「それを妨げるならば私はお前を滅ぼさねばならない」
 横殴りの一閃。
 眩い稲妻が、  剣の描く軌跡からその残像と共に生まれ迸り、空を斬る。
 光は網膜を灼いた。そして蒼い稲妻は影目がけて走り、そのエネルギーは空
間を歪曲し、そこに存在していたすべての粒子の電荷をねじ曲げた。一瞬のう
ちに発生した膨大な反粒子は、正常な電荷の粒子と反応し、更に莫大なエネル
ギーをそこに出現させた。それは破壊エネルギーへと転換され、地盤は見渡す
限り轟音とともにやすやすと紙のように引き裂かれ、捲り上がった。
 『彼』によって新たに刻まれた地溝の対岸は遥かで、両端は地平の涯に消え、
それは地を二つに分けたかと思われた。
 やがて、鈍い地響きが、空気が緑にスパークする放電音と被さり、辺りを揺
るがす。
 そして半瞬の沈黙。
 と、足下の暗い深淵から、砂の下の海は砂の封印を解かれ、一挙に天へ向け
て躍り上がった。
 巨大な水柱が山脈の如く高く吹き上がり、視界は海の碧と黄昏の青とに塗り
潰される。それは次の瞬間には全く静止し、表面はそのまま透明に斜陽の光を
内に封じ込めて結晶化した。そしてそれは『彼』の前に立ち塞がる第二の壁と
化した。 しかし、それ以外の手応えはなかった。
 剣は影の中を空気を裂くよりも遥かに軽く通過したのであった。影は、内部
で波打つ蒼い壁の前で、相変わらずゆらゆらと揺らめいている。陽子と反陽子、
、電子と陽電子が衝突し、物質と反物質が消滅する際に放出するエネルギーで
さえ、それは何の影響も与えてはいないようであった。
「実体はなし、か……」
『彼』は剣を下げ、影を凝視した。
 影は朧げながらも、四肢の区別が見て取れ、全体的に見て小柄で細身の人間
のシルエットのようであった。また、白一色であったが、あらためて見ると幽
かな濃淡がついており、それは衣服の皺とも思われた。そして、顔に当たる部
分に見え隠れする陰影はぼんやりとして、ヴェール越しに見る目鼻立ちさなが
らであった。そこには美しさのかけらのようなものがあった。
 影の眼にあたるであろう暗い陰りは、そのとき、月の光を浴びて、金色に煌
いた。
 影は、恰も忘れかけていた遠い昔のヒトコマ、既に心許無いヴェールを被っ
た少女の記憶の残像の様であった。
 『彼』はそれを知り、嗤った。『彼』は影の本質を看破し、影を葬る術を見
つけた。『彼』は影に向かって告げた。
「お前に名を与えよう」
 その声に、その言葉に、影は初めて感情らしきものを露にし、激しくざわめ
いた。それは怒りとも脅えともとれた。
 しかし『彼』は言った。
「お前をSALOMEと名付けよう」
 『彼』の言葉に、影は『彼』に向かって跳躍した。『彼』は剣を翳したが、
影はそれを擦り抜け、『彼』の頚動脈めがけて、この世ならぬ鋭さを持った金
の爪を伸ばした。美しい澄んだ音を立てて、今や剣と爪とは噛みあった。虹色
の火花が散った。
 それと同時に、『世界』は一変した。

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