#880/3137 空中分解2
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CAMPUS> 降霊 (10) ■ 榊 ■ (72/75)
★内容
確かに、一人の女性ぐらいならば守れそうな顔をしていた。
御影は嘘をついていなかった。
「にいちゃん」
この子が御影のことを「にいちゃん」と言った意味を、御影は気づいただろう
か?
ただ、呼ばれたから振り向いたといったように、御影はみずきを見た。
「……ん?」
今度はさっきと違う、優しそうな瞳。
みずきは急に嬉しくなった。
「にいちゃん、にいちゃん」
みずきがなぜ喜んでいるのか解らないらしく、御影は苦笑いした。
「なんだよ……」
「誠一郎さぁーーん! 昼食にしませんかぁ?」
渓谷に綾の声が朗々と響いてきた。
そういえば、日はもう南天に輝いている。
「にいちゃん、行こうよ!」
「………ああ」
御影は未だよく解っていないようだったが、小さい子供に慕われるのはまんざ
らじゃないらしく、どこか嬉しそうだった。
「よぉし」
「わっ!」
御影はみずきを抱き上げると、綾達に向かった走りだした。
力強く。早く。
まるで、豹のように。
すでに榊や未杉が阿綜先生と共に降霊場所で用意にいそしんでいる頃、綾達は
家を出発し、両親の墓へと砂利道を歩きだした。
空は晴れ、曇一つない。青々とした空が広がっている。早い山の夕方がしだい
に到来しはじめ、山の木々はいくぶん赤みを帯びてきていた。
かぁーかぁーと烏が家路に急ぎ、澄んだ空を一直線に横切っていく。
あたりは、昼から夕へと刻々と変化をとげていた。
W}u:、「ト 団扇を片手にした綾たち一行は、食後の散歩と言った体でゆっくりと
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ながら歩いていた。
下駄の砂利を踏む音が響く。
鳥が鳴き、風がざざざっと木々を揺らす。
人々の声。
辺りは不思議な音で満ちていた。
柳を一本過ぎ、二本過ぎやがていちばん大きな柳が見えはじめる。
そのすぐとなりに、森をバックにした大きな灰色の墓石。
今日は、その上に鳥がたたずみ、下でなにやら用意をしている榊達をじっと見
つめているようだった。
その鳥がついっとこちらを向いたかと思うと、やがて驚いたように森へと飛び
だってしまった。
それに気づいた榊が立ち上がって、こちらに手を振る。
綾達が手を振り返し、そして、墓の前についたのだった。
「それじゃあ、はじめますかの……」
まるで子供を前にして紙芝居を始めるかのように、阿綜先生は墓石のすぐ前で
呟いた。
少し離れて綾が、そして一列にならんで美里、由喜、未杉、弥生、御影となら
び、最高列に背の高い理事長と榊が。そして、なぜかみずきが榊のすぐ横にいた。
「榊のにいちゃん」
袖を引っ張られた榊は、どこか嬉しそうに笑いながら、しゃがみこんだ。
ここらでみずきが誰かに声をかけ、どこかへ消えていってしまうだろうことを
榊は知っていた。その最後の話し相手に、綾でもなく、御影でもなく、自分にか
けられたことにちょっとした嬉しさを憶えながら、すでに何を聞かれるか、何を
答えたらいいかまで思いつきながら、みずきの言葉を待った。
「兄ちゃん、けっこう強そうで安心したんやけど、まだいまいち心配なんや。榊
のにいちゃんも、姉ちゃんを守ってくれんかなぁ」
榊はじっとみずきの瞳を見つめ、一呼吸おいてから語り始めた。
「お前のお兄ちゃんとお姉ちゃんは、誰よりも優しく、正しく、そして強い人達
だ。でも、暗いところを知らない。俺は微力だが、そのぐらいのサポートは一生
してやろうかと思っている」
みずきも榊が全てを承知していることを知っているらしく、その解答にさして
驚いた様子もみせず、喜んでうなずいていた。
榊はさらに言葉を続けた。
「両親に伝えてくれないか? 後のことは僕たちに任せて欲しいってね」
「うん、わかった。じゃあ頼むぜ」
榊はしっかりとうなずいた。
その時のみずきの満足そうな顔を、榊は一生忘れないだろう。
榊は立ち上がって、二度と横を見なかった。
いや、見る必要はなかった。
すでにその時、榊の横に人の気配はなかったのだから。
ゆっくりと墓の前に煙が立ちこめていく。
白い線香にも似た煙が綾の前にたちこめていき、やがて懐かしい面影を見せる
二つの像が浮き上がってくる。
綾の心にも、だんだんと煙のようなもやもやが沸き上がり、それがいつの間に
か一つの意識となった。
一つの意識は、よりはっきりとした意志となる。
そして、はっきりとした意志はやがてあつい、熱の塊となって胸に広がってい
った。
苦しいほどのいとおしさ。
最後に会ったときと寸分変わらぬ姿が、慈しむように綾に向かって微笑みなが
ら、そこに立っていた。
触れることができそうで、それでいて、崩れてしまいそうな感覚。
胸一杯に広がる熱い塊はいつか、静かな涙に変わり、うつむきかげんの綾の頬
を伝う。
もう誰も、声を出さなかった。
誰もが静かに、一年ぶりの親子の再会を見つめていた。
静かに。
遠くを見つめるように。
一迅の風がふき、辺りはだんだんと赤く染まりはじめていた。
煙はしだいに綾に近づいていく。
やがて、綾を抱き込むように包み込むと、綾は目をつぶった。
もう二度と味わえないと思っていた、親の抱擁を体一杯に感じる。
涙は止まらなかったが、いとおしさが嬉しさに変わり、いつしか綾は微笑んで
いた。
有り難う………
そう思ったとき、周りを包み込んでいた感触は、消えたのだった。
日もすっかり落ち、理事長が泊まっていくよう勧めたが、阿綜先生は固辞して
自家用車で帰ることとなった。
「それでは」
といってにこやかに微笑む阿綜先生に、理事長は「気をつけて」と声ーチゥけた
「今日は有難うございました」
綾もそう言うと、阿綜先生は嬉しそうに微笑んだ。
そして、全員が見送る中、車は漆黒の闇の中へと消えていったのだった。
こうして、降霊の幕は閉じた。
阿綜先生についてはまだ追記がある。
暗い夜道を走っていると、坂の途中で子連れの三人組がライトに照らし出され、
びっくりして速度を落とした。
するとその親子らしき三人組はすれ違う寸前、彼に向かっておじぎをしたのだ
った。
その顔に見覚えがあり驚いて振り返ってみたが、すでに三人の姿は闇の中にか
き消されていた。
確かに見覚えのある顔だった。
親の二人は忘れるはずもない今日「降霊をした二人」であり、もう一人は確か、
降霊を見ていた「みずき」とか呼ばれる小さな子供だった。
ああ、そうか………
彼も榊と同じ解答にたどりつくと、ほっと息をついた。
どうやら彼のやったことは、生きている人達だけにではなく、あの世の人達に
も感謝されることであったらしい、と言うことを知ったからだ。
綾の笑顔を思い出しながら彼はガタゴトと揺れる車を操り、ふもとの町を抜け
るといくぶん速度をあげ、綾達の住む山をあとにしたのだった。
「あれぇ! あのガキがいない!?」
「あら、ほんと……帰ったのかしら」
「ねぇ、そんなことより、お願いだからトイレ行くの付き合ってよぉ」
「一人で行ってらっしゃい」
「そんなぁーーーー!」
部屋は、再びいつもの喧騒がよみがえっていた。
広い部屋も全員が揃うと、狭く感じるほどだった。
「明日は、一回忌の用意か。お前ら、食った分は働けよ」
「げっ」「あちゃちゃ……」
そんな会話がTV側で行われているとき、反対方向の場所ではばあやと綾が早
くも布団の用意をしていた。
榊はみずきが聞きのがしただろう事を思い出し、綾のもとに寄って行った。
ふとあげた綾の目はまだ赤く充血していたが、何か吹っ切れた笑顔を榊に向け
てくれた。