#826/3137 空中分解2
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CAMPUS> 過去からのファイル 3-3 ■ 榊 ■ (34/75)
★内容
斉藤は榊を奥の部屋に連れ込んだ。
真っ暗の奥の部屋に入ると、斉藤は電気をつけた。
すると、部屋が明るくなり、棚の陳列してある倉庫らしき部屋の中央に何かの乗り物
らしき物が現れた。
黒くペイントされた車。
しかしそれには、あるはずの車輪がなかった。
暗い電灯に照らされ、車は不気味な黒光りを見せていた。
榊は一歩あとずさる。
「まさか………」
「そのまさかだよ。榊君……これぞ、世紀の大発明!」
斉藤は大げさに手を開いてみせた。
顔には慢心の笑み。
「物質瞬間移動装置。その名も……」
斉藤は出し惜しみでもするかの様に、ワンテンポおく。
そして、叫んだ。
「テレ太君だ!」
一瞬の沈黙。
「あんまり、ぱっとせん名前だな………」
「えーい、うるさい! さっさと乗らんか」
「俺がか?!」
「他に誰がいる」
「一つ聞きたいけど………」
「何だ?」
「実験では成功したのか?」
「なんだ、そんなことか」
斉藤は自慢げに、自分の胸を叩いた。
「君が、その第一号となる……………おい! こら! どこに行く!」
榊はじたばた騒ぎ、逃げようとした。
「おい、斉藤! 自分の失敗する確率を述べてみよ!」
「93.853%」
「正解。じゃあ、俺がこれに乗って生き残れる可能性は?!」
「1%も無いだろう」
「わかっとるなら、乗せるな!」
榊は出て行こうとしたが、再び、斉藤に手をつかまれる。
「安心しろ! 今回は大丈夫だ!」
「なっ、なら、自分で乗ってみろ!」
榊が危機迫った声で言うと、斉藤の動きがぴたっと止まり、斉藤はしばらくその機械
を眺めた。
すると、急に方向をかえ、ドアの方向へ歩き出した。
「バイクで行こうか」
ACT 3
1100Rに、斉藤運転の二人乗りで、二人は兵大こと兵庫大学病院に急いだ。
抜いた車の台数58台。信号無視18回。警察を振り切ること3回。
距離20kmを所用時間12分でつくと、病院の前に二輪ドラフトで停車し、二人は
飛び降りた。
「テレ太君の方がよかったかな………」
榊は吐きそうになる口を抑えながら、前かがみのまま走りだした。
「軟弱者。行くぞ!」
元気に斉藤は病院に入り込むと、受付に言葉になっていない声で怒鳴りつける。受付
の人はただうろたえるだけで、何ともしようがなかった。
呆然としている受付に、後から来た榊が落ち着いた声で言った。
「すいません。ここに運び込まれた芹沢夫妻はどちらですか?」
榊の出現にほっとした受付は、こちらの事情を知ってか、簡潔に答えてくれた。
「突き当り右の第二手術室です」
「どうも」
二人はおじぎもせず、また走りだした。
看護婦をすり抜け、二人は奥の方に走って行った。
暗い奥の突き当りのベンチに美那と菜緒の二人を見つけると、榊と斉藤は速度を落と
した。
その足音に気づいた菜緒が立ち上がり、不安そうな顔を斉藤に向けた。
白のセーラー服を着た、髪の短い少女である。
「部長………」
斉藤は息を切らしながら、泣きそうな菜緒に聞いた。
「容態は?」
菜緒はうつむき、首を横に振った。
「よくありません」
「そうか………」
菜緒の方は斉藤に任せ、榊は姉の美那の方に近寄って行った。
美那はちらっと、榊を見ると、またもとのように肘を付いたまま手術室のドアを見て
いた。
顔は妹の菜緒にそっくりだが、菜緒より長い髪が前に垂れていた。
なんでもない様な顔をしているが、榊にはそれが我慢しているのだと解っている。
彼女は感情をすぐに出す菜緒とは対照的な性格だった。
菜緒を慰めることから出てきた性格だろうか。
美那はただじっとドアを見ていた。
榊はその美那の横に立った。
しばらく、重い空気が辺りを包んだ。
その重い空気は、赤く点灯をしていた手術中のランプが消え、ドアが開くことによっ
て破られた。
美那も立ち上がり、4人はつめよる様に、出て来た医者の前に立った。
「先生、どうでした」
榊は渋い顔で出てきた医者に問いだしてみた。
医者は静かに首を横に振った。
「手遅れでした」
医者は一言だけ呟いた。
その容赦のない声は4人の心を貫いた。
しばらく重い空気が辺りを包んだ。
突然、菜緒が泣きだし、斉藤に抱きついた。
溢れ出すように涙がこぼれ、すすり泣くような声をもらした。
悲しげな、心を突き刺すような泣き声。
斉藤は菜緒の頭をなでた。
泣きやみはしなかったが、今はそれで良かった。
泣きたいだけ泣く方がいい。
菜緒は涙が渇れるまで泣き続けた。
美那は、立っている。
視点は宙に浮いていた。
ただ、何も見ていないかの様な目で、立っている。
榊は視線を落とし、ぎゅっと握られている美那の手を見た。
我慢しているのだ。
必死に、泣くまいと。
榊はそっと、美那の顔を自分の胸に押し付けた。
美那のいれていた力が急に弱まった。
「美那、こういう時は泣いてもいいんだ………我慢するな」
榊は小さな声で、優しく言った。
美那は、下を向いたまま何も言わなかった。
美那は少しも震えはしなかったし、声も上げなかった。
少したってから、一滴の涙が床に落ち、音を立てた。
開いた目から、涙が滲み、鼻をつたい、一滴の涙がまた落ちた。
表情は変わらない。
目も開いたまま。
だけど、彼女は泣いていた。
口の端をかみしめ我慢するような顔をしていたが、涙が溢れるように目から滲み、鼻
を、頬を伝う。
また一滴の涙が床に落ちる。
彼女も悲しかったのだ。
おそらく、全てを投げ出して、大泣きしたかっただろう。
だが、美那は少しも声をあげず、下をうつ向くだけだった。
彼女は絶対に菜緒に泣いているのを悟られないようにした。
美那の、精いっぱいの菜緒への慰めだったのかも知れない。
また、一滴の涙が床に落ちる。
しばらくの間、暗い病室の前に、器具を片付ける金属のあたる音と、菜緒の寂しい泣
き声だけが響いた。
4月25日 芹沢夫妻 死亡。
そして、親戚などのいない美那と菜緒の寄り添うように生きる生活が始まった。
ACT 4
もって生まれた榊の判断力と行動力により、通夜と葬式の用意がすまされた。
親戚もいない美那達の付添い人は榊と斉藤だった。
そして、年収一億二千万という学生ながら馬鹿みたいな収入を持つ斉藤が美那と菜緒
を預かることになった。
そして、通夜。
おごそかに開かれた通夜に来たのは、美那達のお父さんが働いていた製薬会社の仲間、
近所の人、美那達の学友、そして、芹沢夫妻を引いた犯人だった。
いかにもチンピラ風の、軽い男だった。
榊は、その男を見ると、そっと斉藤に聞いた。
「俺の記憶力は自慢できるよな」
「? まあ、確かに六法全書を三日で憶えたのはお前ぐらいだと思っているが………
それが?」
「あの男に見覚えがある」
「あの男? 引いた男か?」