AWC 想いが壊れていく −1−   作 うさぎ猫


        
#784/3137 空中分解2
★タイトル (CWJ     )  91/ 3/ 5  16:11  (177)
想いが壊れていく −1−   作 うさぎ猫
★内容

  あたしは巨大な針葉樹の森にいた。
霜に濡れた枝から、水滴が霧雨のように降りそそいでいた。
  太陽の光りが届かぬこの森で、それは緑色の輝きを放っていた。
森の中心にあるものに照らされ、まるでヒカリムシのように。
 照らしているのは湖だ。
緑色に輝く美しい湖。この世のものともおもえぬ、可憐で、清楚な美しさ。
森を暗黒の恐怖から救う、やさしい輝き。
 ママは、この湖には妖精が棲んでいると言っていた。
妖精は機械ぎらいなのだそうだ。
 あたしは妖精なんて信じてはいない。
でも、超都市メトロポリスの高層ビルの一角に、取り残されたようにこの森
はある。
 やっぱり妖精がいるからかなって、思ったりもする。
そのほうが楽しいものね。

  そんな湖のなかを、ゆらゆらと花束が漂っていた。
クラムという白く可愛らしい花で、死者の魂に捧げるものだ。
 パパやママは喪服姿でお祈りをしている。
二人とも悲しそうな表情だ。
 十七年前に、麗香というパパの妹がここで亡くなった。
あたしの生まれるずっと前だから詳しくは知らないけれど、それがきっかけ
でパパは森のお仕事をやめたってママから聞いた。
 「ママ、急がないと定期無くなっちゃうよ」
あたしは小さな声で言う。
 でも、本当は早くここから出たいから。
ここはきれいな所だけどあたしはきらい。
 「そうね蘭、そろそろ出ないとね」
そう言ったママの目には、涙がいっぱい溜っていた。
 ここへ来るといつもそうだ。
一年に一度ここへ来るたびにあたしは不幸になる。
 「パパ、大丈夫?」
なにかにとりつかれた様に、じっと湖をみつめるパパに声をかけた。
 「あっ、ああ、大丈夫だよ」
パパは笑ってみせた。
 でも、本気でない事はすぐわかる。
無理しているんだ。あたしの為に。
 そんなあたしたちの姿が見えないかのように、湖は静かに光り輝いている。
本当に憎らしいぐらい、美しく、可憐で、清楚に・・・
 カミナリフィッシュがあぶくを出しながら、湖の底へ潜っていくのが見えた。

 *********************************

  定期バスの交通網は、メトロポリス全域に広がっている。
中央のホストから、約三千ヶ所に設けられたターミナルの間をバスは日々行き
来している。
 森にも湖の近くにターミナルがある。
ただし、ここのターミルは地下に潜っており外見はわからないようになってい
る。
 過去、地上にターミナルを造ろうとした者たちは、変死した。
苦しそうにもがきながら、狂い死にしたのだ。
森の村の長老は、これは妖精のせいだと言った。
造るのならば、妖精がわからないようにしなければならないと言うのだ。
 それで、メトロポリスの役人たちはターミナルを地下へ造った。
すると不思議な事に、ターミナル工事は何事もなく無事終ったのだ。
 すべてに対してそうだった。
森に高層ビルを建てようとして失敗し、空港を造ろうとして失敗した。
 いっさいの文明を拒絶し、排除する。
ただ、湖だけが淡々と輝くだけだった。

 定期バスなかで、悲しそうな顔をしているパパ。
あたしが生まれる前に、パパの妹があの湖で死んだ事は聞いている。
 しかし、なぜいまだにその事にこだわるのか、あたしには理解できない。
 「パパ・・・」
パパはあたしの事など忘れてしまったかのように、バスの窓から外をみつめた
ままだった。

 *********************************

  ときどき、夢を見る。
湖から唄が聞こえてくるのだ。
それは悲しくてせつない唄だ。
 麗香の唄だよ。
だれかがそう言った。誰だろう。そう言っているのは誰だろう。
麗香とは誰だろう。パパの妹? でも、それだけだろうか。
 わからない・・・ わからない・・・ わからない事ばかり。
 「あなたは誰なの?」
あたしは必死に問いかけた。
 でも、その問いに答えてくれるひとはいない。
聞こえてくるのは、悲しくて、せつない唄だけ。
 突然、まぶしい輝きがあたしの視界を覆う。
そのなかに女性が座っているのがわかった。
 長い黒髪がつややかに流れる美女。
少し年上と思われるその女性が、くりっとした瞳であたしを見る。
 「あなたは誰?」
あたしの問いに、その女性はにこりと微笑む。
 「蘭・・・ 白鳥蘭」
 「なに? なぜあたしの名前を知っているの!?」
あたしはびっくりして叫んだ。
 しかし、彼女はその問いには答えず不思議な事を言った。
 「あなたでないあなたは覚醒せねばなりません」
そう言った瞬間、彼女のまわりの光りはさらに輝きを増した。
 そして、光りに欠き消されるようにゆっくりと姿が見えなくなった。
つづいて光りも消え、あたりを闇が支配した。
 あたしは怖かった。怖くてぶるぶる震えていた。
 「あたしでないあたし・・・ どういう意味だろう。 覚醒するって、どう
いう事なのだろう」
 なぜか怖い。あたしでないあたしが覚醒するのが怖い。
頭の中でなんども繰り返してみる。
不思議な響き。なぜか怖い。
 「なぜ怖いの? この震えはなんなの!?」
すべての謎は、あの湖にあるのだ。
 あの湖・・・ あれはなんなのだろう・・・

 あたしが夢の世界でうとうとしている間に、定期バスはホストへと入ってい
った。
 「蘭、着いたわよ」
ママがやさしい声で起してくれた。
パパも元気を取り戻した様子で、ニコニコしている。
 「お目覚めかな? お嬢さん」
パパは冗談まじりにそう言った。

 *********************************

  メトロポリス。
 それはすべてを飲み込む巨大な胃袋のようでもあった。
あらゆる人種が、あらゆる可能性を見いだす所でもあった。
 乱立する超高層のビルを見上げ、人々は人類の技術革新に酔った。
それが、超都市メトロポリスだ。
 五年前の経済改革で急速に発展し、裕福になった人々はこの都市を築き上げ
たのだ。

 どこだろう?
大きな建物が見える。
なにかの研究施設らしかった。
 そのなかに、一人の白衣を着た男性がいた。
痩せこけていて、顔は神経質そうに見える。
年は四十前半くらい。パパと同じくらいかな。
 白衣の胸元にネームプレートが張り付いている。
・・・ サム ブレイン。
どうやら、それが彼の名前らしい。
 サムブレインは白い壁の殺風景な部屋で、皮張りの椅子に腰掛けていた。
 「あれから十七年か・・・」
ため息のように、写真を見ながらつぶやく。
 「結局、軍はa計画失敗の穴埋めに利用したんだ。十七年前、マリアの体か
らあれを切り放し、新兵器開発のためのサンプルとした」
誰もいない部屋で、写真に語りかけるように喋りつづけるサム。
 そのとき、フッと時計に目を向けたサム。
椅子から立ち上がると、バタバタと部屋を出ていった。
その表情は恐ろしいぐらい冷めきっていた。
まるで気でもふれているよう。

 「マリア!」
地下室へ入ったサムは、そう叫んだ。
 そこは地下室と呼ぶには不似合いな所で、いっぱいの美しい観葉植物に彩ら
れていた。
 そんな植物たちのあいだから、ひとりの女性が現れた。
長い黒髪。透き通るような白い肌は、口もとだけが淡いピンク色をしていて
それが妖しく光る。
 「マリア、時間だよ」
マリアと呼ばれた女性は戸惑った顔をして、首を横に振った。
 「わたし、行きたくありません」
小さな声で抵抗する。
 「わがままを言わないでおくれ」
サムは困った表情でマリアをみつめる。
 「すべて軍の言う通りにしていれば、君は君でいられるんだよ。十七年もの
間、君の細胞組織が衰えなかったのは君が研究に協力してくれたからだ」
 しかし、彼女の表情は暗く沈んでいくばかりだ。
 「わたし、生きようとはおもわない」
サムは愕然とし、言葉を失ったようだった。

 *********************************

  やわらかいオレンジ色の光りがあたしを包んでいた。
ここは、メトロポリスのあたしのお部屋。どうやら、夢を見ていたらしい。
あたしはエアークッションの上で仰向けのまま、夢の余韻に浸っている。
 「生々しい夢。いったい誰なんだろう」
ゆっくりと体を起し、ブラインドのスイッチを入れる。
 巨大なブラインドがスルスルと開き、視界いっぱいに都市の景色が広がる。
ビルの谷間に夕焼けが沈んでいく。街の色が赤く染まっていた。
 「きれい・・・」
あたしは一人そうつぶやいた。




                           ・・・2へつづく




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