AWC 二面の女 6   永山


        
#776/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  91/ 2/26   8:46  (200)
二面の女 6   永山
★内容
 下田は、質問はすべて後回しにしようと考え、こう言った。
「結構です。続けてください」
「見ればお分かりかと思いますが、この新幹線は11:59に東京駅着です。
その後すぐに、上野駅に向かいました。京浜東北線です。これの時間は、さす
がに覚えてません。でも、最終的に、上野の新幹線ホームに着いたのは、十二
時四十五分くらいでした」
 少しページを繰ると、相手は時刻表を押し広げた。
「13:00ちょうど、上野発の東北新幹線のやまびこ57号ですか、こいつ
に乗りました。そうして」
 すうっと浜岡の指が下に降りる。仙台で止まった。
「15:03、仙台に到着したんですよ」
「なるほど。で、それを証明される方は?」
「新大阪では、親友が見送りに来てくれましてね。僕が新幹線に乗り込み、発
車するまで見ていたはずです」
「車内では、誰かいませんか」
「いやあ、いないと思いますね。五年前にも同じことを聞かれて思い出そうと
したんですが、誰にも知っている顔には会わなかったもんで。代わりに、仙台
駅で出迎えてくれた親戚の人達が、しっかりと見ていますよ。私がやまびこか
ら降りるところを」
「ははあ」
 それから下田は、証人たる親友や親戚の住所等を聞いて、メモをした。
「……分かりました」
「しっかりと確認をとってくださいよ」
「ええ。まだ少しばかり、お聞きしたいことがあるんですが」
「どうぞ、何なりと。ですが、なるべく手短に願いましょうか」
「恐縮です。そうですな、大阪の親友とかいう人のところへは、どんな用件で
行かれていたんです?」
「特別な用なんてありません。言うなれば、当時、よく遊んでいた仲間ですよ。
その親友を訪ねるのに、特別な理由がいりますかね」
「はあ、なるほど。それでは、仙台では親戚、言うなれば身内の方しか証明す
る人がいなかったみたいですが」
「身内の証言は当てにならない、ですか。でも、五年前に担当していた刑事さ
んに聞けば分かると思いますが、他にも証人はいます。福島−仙台の間で、私、
見ず知らずの人と話しましたから。結構な年齢の人でしたから、今でもご健在
かどうか分かりませんが、少なくとも、当時の刑事さんの信用は得られたはず
です」
「ほほう。念のため、その方の名前も聞いておきますか」
 下田はその証人の、いかにも年配の女性の名前を控えた。
「どうも、では、最後にもう一つ。ここ一ヶ月ばかりのスケジュールはどうだ
ったのか、お聞きしたいですな」
「……分かった。鬼面麗子殺しのアリバイですね?」
「いえ、そういう意味では……」
 否定はしたが、狙いは無論、そこであったのだ。下田は相手の出方に内心、
面食らってしまった。
「そう慌てなくても結構ですよ。はっきりと言ってください。麗子ちゃんが死
んだのはいつですか?」
「ちゃん?」
「ああっと、もう<ちゃん>付けはおかしいか。いえ、昔はそう呼んでたもの
でしてね、あの子達のことを」
 当然ながら、鬼面姉妹のことだろう。ともかく、下田は、鬼面麗子の死亡推
定時刻を、枠を少し広げて述べた。
「ちょっと待ってください。……ああ、だめですねえ。その日はちょうど、休
暇だ。何の予定も書き込まれていない」
 電子手帳を操作して、浜岡は答えた。
「これじゃあ、アリバイは成り立ちませんね。困ったなあ」
 わざとらしい対応をする浜岡に対し、下田は潮時だと思い、退出の意を告げ
た。
「下までご一緒しますよ」
 浜岡は余裕のあるところを見せるためか、下田を見送ると言い出した。
 階段をゆっくりと歩く二人。
「……結婚されていない? それはそれは。ほほう、一人暮し。では、完全な
独身貴族という訳ですな。怖いものなしですなあ。え? 幽霊が苦手。意外な
弱点ということですか。それにしても社長業というものは、やはりなかなか、
大変なんでしょうなあ」
 下田の質問に、浜岡は何の躊躇も見せず、答えてくれる。下田の方は、とり
とめのない会話で間を持たせようと考えていたので、浮いてしまうほどに饒舌
になっていた。
「レストランの名前、あの<ビーエフ>というやつですが、どういう意味で付けられたんですかな」
「ああ。大した意味はないです。ウチは牛肉をメインとした料理が多いですか
ら、牛肉、つまりビーフを少しもじったんですよ。beefのbeはbe動詞
のビーで、efはそのまま発音記号みたいに読んでエフ。これでビーエフ」
「そいつはいいですなあ。看板の方もしゃれた感じで、若いのに受けるでしょ
う」
 感心した気持ちと御世辞とを取り混ぜ、下田が言ったとき、一階にたどり着
いた。
 そのとき、下田は、さっきの受付嬢が何やら女ともめているのに気付いた。
逆光になって女の顔は見えないが、どこかで見た感じである。
 ふと浜岡の方を見ると、彼も困惑した様子だ。
「ですから、前もって電話を入れてもらわないことには……」
「用件を言う訳にはいかないのよ! 言ったら浜岡さん、逃げるに決まってる
んだから! さあ、会わせて」
 この時点で、もめている二人の女性は、こちらに気付いたようだ。
「どうしたんだ?」
 社長らしさを見せつけるかのように、必要以上に落ち着いた声で言った浜岡。
「あ、社長。この方が……」
 受付嬢が浜岡に救いを求めるよりも早く、来客の女は浜岡に喰ってかかった。
「あなた、浜岡さん! よくも姉さんを殺したわね!」
 ようやく確認できたその女性の顔は、下田、そして多分、浜岡にも見覚えの
ある顔だった。写真で見た鬼面麗子にそっくりの顔。
「あんた……、鬼面麗子? いや、違うな。良美さんか?」
 声をなくしている浜岡に代わる形で、下田が言った。
「そ、そう。あなたは? どうして姉さんのことを知っているのよ?」
 やや機先をそがれた感じの女だったが、気を取り直すように問い返す。下田
は自分の身分を明かし、鬼面麗子殺害事件の担当をしていることも告げた。
「刑事なら、早くこの男を捕まえて! 浜岡さんが姉さんを殺したのよ。うう
ん、それだけじゃない。私のお父さんやお母さんも殺したのよ!」
 それだけ一気に吐き出すと、女−−鬼面姉妹の片割れは、浜岡の方に詰めよ
らんばかり。
「待ちなさい!」
 鋭く言うと、下田は止めようとして、その腕をつかんだ。
「放して!」
「浜岡さん、この女性は、今度の事件の重要参考人です。私が連れて行っても
いいでしょうな」
「あ、ああ。構わない。しかし、良美ちゃん。そんな言いがかりをつけるもん
じゃないぜ」
「言いがかりだなんて、そんなことがよく言えるわ。もう、放してよ。どこに
連れてく気?」
「静かにするんだ」
 無理やり引っ張って行く下田警部。やっとのことで、ビルから相当離れた裏
通りのような場所へ、連れて来た。こんな所に若い女性を連れ込むと、変な目
で見られるかもな、と下田はくだらないことを考えた。
「どうして逮捕しないのよ! あの男を捕まえてよ!」
「落ち着くんだ、良美さん。無茶をしちゃいかん。偶然、私がいたからよかっ
たが、もし、普通のときにあなたがあそこに乗り込んで行っても、何か理由を
付けられて警察に通報されるだけだ」
「……」
 ようやく静かになった。そんな彼女に、下田は怒った口調で聞く。
「どうして鬼面麗子さんが殺されたとき、警察に協力してくれなかった?」
「何よ! お父さんやお母さんが殺されたとき、警察は何もしてくれなかった
わ!」
 折角、静かになった相手の怒りの火に、また油を注いでしまったようだ。下
田は心中、舌打ちした。
「何もしなかった訳じゃない。それに今も捜査は続いている。とにかく、今度
こそ、協力してくれないと、捕まるものも捕まらなくなる」
 それからいくらか時間をかけ、彼女を納得させることに成功した下田は、こ
の後、訪ねる予定の美富警部のところへ連絡をいれ、とりあえず、そちらに向
かうことにした。

「ああ、この子か。やっと思い出したよ」
 美富力賢は、傲慢な印象を与える口ぶりで言った。背丈がある上に、がっし
りとした体格だから、かなりの圧迫感を受ける。細い目が、それに拍車をかけ
ているようだ。
 花畑から、警部だと聞いていた下田だったが、美富はすでに警視に昇進して
おり、慌ててしまった。
「何か変わった名前だと記憶していたが、鬼面ね。そうだった」
 明かに作り笑いと分かる表情で、”鬼面”の方を向く美富。当の”鬼面”の
方は、露骨に嫌な表情を見せた。
 それに取り合わぬ格好で、美富警視は下田に聞いた。
「大阪での事件だったな、確か」
「いえ、神戸です。それに仙台も関係しているはずですが」
 年齢ではこちらが上だが、階級は相手が上なので、こんな言葉遣いになる。
「どちらでも同じさ。それで何の用かね」
「五年前の捜査状況を伺いたいと思いまして」
「そんなこと、忘れてしまったよ。あなた方と違って、この数年、忙しく過ご
してきたからね」
「!」
 最後の肉親を亡くした女性にとって、これは余りに無神経な言葉だったろう。
何か言おうとするのを下田は制し、口を開いた。
「そうですか。それではこのまま帰らせてもらいます。もし、何か思い出され
たことがあれば、こちらの方に連絡をお願いします」
 美富は、下田が差し出した紙片を手にすると、おざなりの言葉を吐いた。
「下田さん、ね。必要なことは、仙台と大阪の方に問い合わせてみたまえ」
 下田は、まだ大阪って言ってやがる、と胸の内で罵ってやった。

「だめだ、あの警視はあてにならんな」
 下田は捜査本部の部屋に戻ると、荒っぽく言った。
「あまり大声で言うもんじゃないですよ、警部」
 花畑が苦笑いしている。
「それより、うまいこと、鬼面良美をつかまえることができて、良かったじゃ
ないですか」
「ん? ああ、そうだな。誰か話、聞いてるんだな?」
「はい。さっき、様子を見てきましたら、だんまりでしたよ」
「だろうな。良美は我々を全然信用しとらんからな。ま、あんな男に五年前の
事件を担当されたんじゃ、無理もない」
「ここは下田警部が行かないと、彼女、何も話しやしません」
「わしだって、そんなにいい印象を持たれているとは思えんがな」
 ともかく、下田は取調べ室に向かった。
「よし、代わろう」
 話を聞いていた若いのに声をかけ、あいたパイプ椅子に座る。
「黙ったままだそうだが、協力してくれるんじゃなかったかね?」
「あの刑事、ここにいたなんて。あの人、大嫌い」
 まるで関係ないようなことを言い出され、苦笑いする下田警部。
「あの刑事って、美富警視か、さっき会った」
「そう。あの人、姉や私が何を言っても、聞いてくれなかったもの」
「まあ、話は順序よくしよう。まず、こちらから質問させてもらいたい。それ
から、あなたの言いたいことを聞こう」
 相手は返事をしなかったが、下田はそれを肯定と受け取り、質問を始めた。
「そうだな。まず最初に、あなたは事件の五日前、勤めていた理髪店を辞めて
いる。姉からかかってきた電話がきっかけでそうしたようだが、その理由は何
だね?」
「いずれ、姉さんに会わないといけないと思いましたから」
 妙な答えであったが、下田は、その内、もっと詳しく聞き出せるだろうと判
断し、次に進んだ。
「それからだ、あなたの姉が亡くなっているのが分かった日、彼女が勤めてい
た店に、電話がかかってきた。死亡推定時刻から考え、すでに死んでしまった
はずの麗子さんが電話をかけれるはずはない。あれは君じゃないのか?」
「……そうよ」
「どうしてそんなことをした?」
「……」
「じゃあ、どういういきさつで、君は姉の死を知ったんだい?」
 参考人のことを「あなた」「君」と定まらない呼び方をしている自分に気付
き、ちょっと苦笑しながら質問を続ける下田。
「姉さんから電話があったんです。死ぬ五日前だったと思います。<やっぱり、
あいつがお父さんやお母さんを殺したのよ。やっと、あいつの悪知恵のからく
りが分かった>と言っていました」
「それだけかね?」
 下田は相手の目を見つめた。

−続く−




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