AWC 聖夜は千の奇跡を起こす<後>     永山


        
#724/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/12/26   8:33  (200)
聖夜は千の奇跡を起こす<後>     永山
★内容
 俺は思わず、声をあげた。いくら顔を撮さなくても、いくら声を変えても俺
には分かる。俺の恋人だ! 彼女は服装に特徴があるのだ。赤い靴……。
 俺は急に涙が出そうになった。そして彼女に今すぐ会いたいとも思った。
 しかし、彼女の口からでたのは。
「……冷静に考えてみてえ、んな事をする人だった。らしいっていうヤツよね。
クリスマスも近いってのに、まったく。つまらないことをするわね」
 何だ、これは! あまりも馬鹿にした言い方じゃないか。それに、彼女はこ
んな言葉遣いなんかしなかった。俺の聞き違い、見間違いか? いや、そんな
はずはない。あの靴は彼女のだ。それにあのしぐさ……。
 信じられない。彼女の言った、訳の分からない言葉が頭の中で渦を巻いてい
る。何故? どうしてあんなことを言ったのだ。こうも簡単に、人は人のこと
を信じなくなるものなのか。
 電話だ、と思った。彼女に聞かなければ。いくらえいちゃんに止められてい
ようとも、こればかりは押さえつけることができないのだ。
 だが、ダイヤルを取ったところで、手が止まってしまった。落ち着いて考え
ると、彼女は今、大学のはずである。彼女の家にかけても意味がない。まさか
大学にかけ、呼び出してもらう訳にもいくまい。そうなると夕方を待つことに
なろうが、これもまずい。彼女の家には当然、彼女の両親がいる。今までは懇
意にしてもらっていたが、この状況ではどうなることやら知れたものではない。
 バイトの時間も迫ってきたので、結局、彼女への電話は諦めることにした。
しかし、心に引っかかるものはあった。そしてその心残りは、時が経つにつれ、
どんどんと際限なく巨大になっていく気がした。

 二日間、えいちゃんからの連絡もないまま、少々無気力気味に過ごした。例
の心残りは、未だに大きくなるのをやめていないみたいである。
 そして三日目の朝、えいちゃんが帰ってきてくれた。彼が帰ってきたとき、
俺は、もはや頼れるのはこいつしかいないという気持ちであった。本来なら、
そういう気分になることもないのだろうが、彼女にあんな言葉を吐かれたせい
で、気が滅入っていたのかもしれない。
「ちょっと、サンタの扮装でついてきてくれないか」
 首尾はどうだったと聞く前に、彼は大きな声で言ってきた。
「何でまたそんな……。サンタのバイトは昨日までのはずだぜ」
「バイトじゃないんだ。君が君だと分からない格好なら何でもいいんだが、こ
の際だからサンタの格好がいいだろう。とにかく、例の貴金属店だか宝石店だ
かへ行ってみたいんだ」
「何のために?」
「来れば分かるさ。世間がかけている君への容疑は、これによって消滅するか
もしれない」
 相手の奇妙な言い回しに気圧されて、ついて行くことにした。いや、頼り切
っていたんだから、気圧されたとかそういうもんじゃない。自然にそうなった
のだろう。それでも、サンタの格好はやめ、簡単にサングラスを利した変装と
なった。
 現場である店は、あの時と変わらないまま、元の場所にあった。今思い出し
ても、悪夢のような出来事。それが蘇ってくる。
 てっきり店に向かうのだと思っていたら、そうではなかった。えいちゃんは
貴金属店の裏にある、さびれた感じのアパートに向かったのだ。
「いいか。一人ずつ部屋を回って行くから、君は端から見ていて、君にバイト
を持ちかけた奴がいないか判断するんだ。言うまでもないだろうが、そういう
奴が見つかっても、無茶な行動は起こさないように頼むぜ」
「あ、ああ。分かった」
 俺が返事をすると、彼は一つ一つの部屋のチャイムを鳴らしに回り始めた。
NHKの関係者だとか何とか言って口実を設けているらしい。
 そして二階の五号室のドアが開かれたとき、俺は思わず声をあげ、相手に飛
びかかりたくなった。
 あの、俺に最初にバイトの話を持ちかけてきた奴だ。間違いない。
 何とか衝動を抑えていると、えいちゃんが話を切り上げたのか、俺の方に近
付いてきた。
「今さっきの人みたいだね。表札は<多田>となっていた」
「ああ……。あいつがここにいるってことは、元々あいつらは俺に殺人犯の汚
名を着せるために、バイトの話を持ちかけたのか」
「まあそうだろう。正確に言うと、君を殺人犯にするためではなく、犯人達が
起こした殺人の罪を被ってくれる犯人の役をする人を求めていて、たまたま君
に当たっただけだろう」
「しかし、ここにあいつがいるなら、すぐにでも警察に話をすれば、捕まえて
くれるんじゃないか」
「それが駄目みたいなんだな。<多田>−−便宜上これを本名としておこう、
多田の奴にはアリバイがあるらしい」
 えいちゃんの話によると、多田は現場の極近くにいた。つまり、今目にして
いるアパートに、である。ところが、犯行のあった日、そこから多田は一歩も
外に出ていないらしいのだ。
「どうしてそんなことが分かる?」
「それがな、ここのアパートは古くさい割に、変な規則みたいなのがあって、
住人が外に出るのと帰って来るのを、管理人がチェックしているんだ。管理人
室が一階にあるのを見たろ」
 そう言われると、そんな風な部屋があった。
「だが、そんなアリバイなんてものは泥舟同様さ。川に浮かべりゃ、すぐに沈
む」
 えいちゃんは自信満満に言った。
「どうして? アリバイがあるってことは、警察は疑わないってことだろ」
「違うよ。警察が疑うのは、動機がある奴さ。アリバイなんて重視しない。ま
してや多田にはそのアリバイも脆くも崩れさった。僕が川って訳だ。川面は多
田が陸上選手だった事や、現場の窓が開いていた事も見逃さない」
 多田の部屋には陸上競技の写真とかトロフィがあったのだと言う。
「じゃあ、君は多田が犯人だということを立証できるのか?」
「立証とは少し違うな。多田にも犯行が可能だということを証明するだけだ。
あとは君の証言で、名古屋にいる仲間ともども警察に突き出せばいい。僕はこ
れから知り合いに連絡するつもりだ。新聞社で働いている奴だから、効果があ
ると思う。君への嫌疑が和らいだところで、君には証言をしてもらいたいね」

 結局、俺への疑いは晴れ、多田や名古屋の中年男も捕まったと聞いた。クリ
スマスイブの二日前のことだ。
「本当にありがとうな。君がいなけりゃ、自分は捕まっていたかもしれない」
 俺はえいちゃんの部屋を訪ねていた。もちろん、礼を言うために。
「何を言うんだ。最後は君の証言が決め手さ」
 慌てていれたのが一目で分かるコーヒーを口に運びながら、相手は言った。
「そうじゃなくてさ。僕一人だったら、途方に暮れてしまって、ただ逃げるだ
けしかできなかったと思う。君のように新聞社に知り合いもないし」
 それでも相手は笑っただけだった。
「それでまだ聞いていなかったんだけど、多田のアリバイをどうやって崩した
んだい?」
「ああ、そのこと。単純なもんでね。事件の日、多田は宝石商を自分の部屋に
呼んだんだ。そして返り血に気を付けてその場で殺してしまう。そうしておい
て、陸上競技のやりにロープを結んで、アパートから現場の開いていた窓めが
け、投げ込んだんだ。手元に残ったロープから遺体の服を通し、そのロープの
端を家具か何かに結び付け固定する。あとは窓から遺体を出せば、貴金属店へ
まっしぐら」
「ははあ……」
「動機は、多田達、と言うか、名古屋にいた男は宝石商と親交があったらしい
ね。それが計画だったのかもしれないが、多田達は宝石商の売上やら宝石やら
をくすねていたようだ。それが宝石商にばれそうな雰囲気になってきたので、
彼を殺し、君を犯人に仕立てようとしたんだ。多田自身は、宝石商の動向を探
るためにこちらにいたということだ」
 ふむ。我ながら、とんでもないことに巻き込まれたものだ。
 と、突然、えいちゃんはこたつの上に袋を滑らせてきた。手振りで、中を見
ろよ、と相手がやるので見てみると、中にはいくらかの金が。
「さあ、田島君。君もこれで潔白だと世間に示せた訳だから、彼女に改めてプ
レゼントを贈るんだろう? 少ないんだが、これは僕からだ」
「そんな、助けてもらった上に、こんなことをされちゃあ……」
「何を言うんだ。六万がぱーになったんだろ。それに君は、僕のバイトを手伝
ってくれた。君が受け取るのは当然だ。だいたい、金なんて物は紙や石ころに
過ぎないんだ。こんな物に縛られるのはいやだね」
「うん……。好意はうれしいんだけど、もういらなくなったのさ。プレゼント
代なんて」
「どういう意味だ? まさか、僕の主義に習った訳でもあるまい」
 そこで俺はえいちゃんに、彼女にふられたらしいことを話した。
「そんなことを言ったのか、君の女は!」
 いや、「女」という程の関係じゃなかったんだけど。
「これだから女は……。いやいや、いくらなんでも不自然すぎる。何かあるか
も……。冷静、んな事、らしい、クリスマス……」
 彼は一人でぶつぶつ言っている。
「そうか! 分かったぞ。うん、君の彼女という人は、なかなか頭がいいとい
うか何というか、稚気があるね。いや、これは必死に考えた結果なんだろうな、
きっと。ああっと、こいつは僕にも責任がある。外部への電話を禁じたのは僕
だったね。いや、悪かった」
「? 訳が分からない」
「彼女は連絡を待っていたのさ、君からの」
「だって、彼女は今も、僕に話しかけてくれない……」
「それは多分、彼女の方が話にくいだけだ。とっさのこととは言え、彼氏に対
してひどいことを言う結果になったんだからね」
「本当にそうだとしたら、どんなにいいか」
「心配するな。ここは僕がまとめてみせよう。解れた糸を戻すようにね。いく
千もの偶然という波をくぐり抜け、奇跡とも言える出会いを果たした君達なん
だ。その出会いは大切にしなくちゃならないね。そこでだ、彼女の住所を教え
てもらおうかな」

 それから二日後、えいちゃんが言うには、彼女へのプレゼントを買ってCデ
パートの入口で立っていろ、ときた。午後三時と、時間まで指定してきた。
 とりあえず、自分の力だけの金じゃないのが悔しいが、彼女へのプレゼント
を買って、午後三時にCデパートの入口に立った。
 それにしても、どうも分からない。二日前にえいちゃんは彼女の住所を聞い
てきたが、えいちゃんは彼女と会ったことはないはずなので、彼女と俺の間の
橋渡しなんてできる訳はない。
 不安に思いながら、しばらく待つ。ふっと見上げると、入口の上の方に、何
かの木が飾ってある。今日はクリスマスイブだから、クリスマスツリーなら分
かるのだが、何か他の木だ。
「田島君……」
 不意に女性の声がした。忘れられない、彼女の声。振り向くと、彼女は寒さ
のせいか、あかくなっていた。それよりも赤い、あの靴。
「ごめんね、田島君」
 彼女が震えた声で言った。
「ど、どうしたの? 長い間、口を聞かなかったけど……」
「変なこと言ってごめんね。私、あなたがあんなことをするはずないと思って
いたのに。変なことを言って」
 いつかのテレビのことか。
「気にしていないよ、そんなことは」
 俺は嘘を言った。いや、今じゃあ、嘘じゃないことになるのかな。
「それより、どうしてここに?」
 しかし、彼女はこちらの質問には答えず、
「知ってる? クリスマスイブにやどりぎの下に立った女性には、誰でもキス
をしていいって」
「え……」
 もう一度、上を見る。あれがやどりぎ。
 そして目を戻す。彼女は目を閉じている。
 こんな町中だけれど。他人目があるけれど。これに対する答えは一つしかな
い……。

 自分達の身をドラマチックに考えたいからかもしれないが、唇を離したのと
同時に、粉雪が降ってきたように思える。
 落ち着くと、他人目が気になるもので、取り繕うために、俺はプレゼントを
差し出した。
「これ、もう一つのプレゼント」
 彼女が微笑った。
 そして二人で歩き出す……。


 我が身に降り掛かった事件をきっかけにして、俺、いや、私は得難いものを
得た。妻は今も赤い靴を履いている。
 妻からの説明を聞いてやっと分かったのだが、テレビでの彼女の不可解な言
葉は、区切りの先頭にある単語の頭文字をとって並べればよかったのだ。れ・
ん・ら・く・ま・つ……。
 そして彼女があのとき、Cデパートにやって来たのは、差出人が「サンタ」
の郵便物を受け取り、それに事情を説明する旨が書かれてあったからだと言う。
 えいちゃんめ……。サンタからとは恐れ入る。妻が信用したからいいような
ものの、普通なら無視されるところであろう。まあ、これも奇跡の一つかもし
れない。それにしても、わざわざ、やどりぎに関する西洋での風習まで教える
なんて。
 私はクリスマスになるといつも思い出す。もう一つの得難いもの。私の親友
のえいちゃんのこと、今は探偵をやっていると聞く、地天馬鋭のことを。

−この章終わり−




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