#723/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/12/26 8:29 (200)
聖夜は千の奇跡を起こす<前> 永山
★内容
ヨル
聖夜は千の奇跡を起こす
寒風吹く中、ジングルベルの音色が聞こえてくる。
俺の横を、酔っぱらいの男二人が通り過ぎて行った。カラオケがまだ続いて
つもりなのか、二人ともわめくように歌っている。何にしろ、楽しそうである。
そいつらだけじゃない、道行く人間はみんな、幸せそうに見える。
しかし自分は違った。俺は逃げているのだ。ささやかな幸福を目前にして、
とんでもない目にあってしまった。
切れかけていた息がようやく整ってきた。が、足はまだがくがくだ。とりあ
えず、公園のベンチで休みたい。
ふらふらと公園に向かうと、一番の特等席たるベンチには先客がいた。何と
サンタクロースである。自分一人しか座っていないのだから、ベンチに置けば
いいものを、大きな白い袋を膝に抱え、しきりに顎の辺りを気にしている様子
だ。
それはともかく、俺にはありがたかった。奥のベンチまで行く気力がなかっ
たので、サンタの隣に座った。
座って頭を抱え込む。どうすりゃいいんだか……。
「田島君じゃないか!」
馬鹿でかい声が、不意に空から降ってきた。誰が俺の名前を。ゆるゆると顔
を上げると、目の前に白髭だらけのサンタの顔。
「……な」
驚く気力もなく、何のことか聞こうとすると、サンタは髭に手をやった。み
るみる内に年寄りが若者になって行く。
「これで分かるだろう、田島君」
「……えいちゃんか?」
何ということか、サンタは俺の旧友であった。
「憶えてくれていたとは、嬉しいね」
赤くなった鼻を揉むようにしながら、えいちゃんは答えた。
「高校以来だから、もう二年か。私立だったな」
そう、金のかかるとこさ。そう答える元気もなく、相手のことを聞く元気も
なかった。
「どうしたんだ。えらく沈んでいるみたいだが」
そう言うとえいちゃんはベンチに座りなおし、また袋を抱え込んだ。
「ちょっと、金のことでトラブルがね」
「金のトラブル? 君が金で困るとは、想像もできないね。あのぶったくりの
私立に行ってるんだろう?」
「うちの親もけちでね。二十歳になったんなら、少しは自分で稼ぎなさいとき
たのさ。学費と生活費以外はね。それでプレゼントを買うのにも金がかかる」
「プレゼント! 相手はひょっとして女か」
「ああ。彼女の誕生日が十二月十七日でね、クリスマスプレゼントを兼ねて豪
勢なのを、と思ったのさ」
俺は答えてから悔やむ。こいつは高校の時、女嫌いで通っていたんだった。
「女にね。ま、それは君の自由。十七日と言えば、今日か。それでアルバイト
してるいると」
「君だってそうだろう?」
「ああ、この格好ね。道路移動宣伝マンだ」
相変わらず珍妙な言い方をする奴だ。そのままサンドイッチマンなり、ちん
どん屋なりと言えばいい。時節柄、サンタの格好だが。
「で、田島君。君の方は」
「運び屋と言うのか。やたらと割のいいバイトだった。宝石を一つ、名古屋か
ら東京に届けるだけでいい。交通費を別にして六万くれると言うんだ」
「そいつは無茶苦茶だなあ。いくらなんでも率が良すぎる。怪しいと思わなか
ったのかい」
「いや、バイトなんてほとんどせずにすましてきたから。でも、もうこりごり
だ。こんな目にあうなんてね」
俺はせいぜい強がって言ってみせた。
「トラブルってどんな」
「……人が死んでいたんだ」
「え?」
「届けるように言われた店に行ってみたら、人が死んでたんだよ! ナイフか
何かで刺されててさ、血がいっぱい」
あとは声にならなかった。また恐くなってきて、寒さとは関係なく、身体が
勝手にがたがたと震える。
「……落ち着くんだ。これ、飲んでみるか」
そう言って相手が出してきたのは、缶のココア。
「カイロのつもりで持っていたから、少し冷めているだろうけど」
それを皆まで聞かず、俺は缶をひったくるようにして受け取り、それからは
一転して、ゆっくりと飲んだ。熱が染み通るようにして、恐さが溶けて行く。
「落ち着いたか」
そう聞かれ、かくんとうなずく。
「じゃあ、もっと詳しく話してくれないか」
それで俺は、いきさつを全て話した。書店でアルバイト雑誌を立ち読みして
いると、少しやくざっぽい男に声をかけられ、今度の話を持ちかけられたこと。
新幹線で名古屋に行って、人の良さそうなおっさんから宝石を預かり、また新
幹線で戻ってきたこと。指定された貴金属店に行ってみると、男が一人、そこ
で死んでいたこと。死体を見てびびってしまい、慌てて店を飛び出してきたこ
と。その途中で人とぶつかり、そいつが店の死体を見つけたらしいこと。さら
にそいつが警察に電話をし、俺は追われているらしいこと。
「聞くまでもないだろうが、田島君。君はやっていないと」
「もちろん」
これだけは自信を持って言える。
「名古屋の方で何か署名をしたかい?」
「そうだな。何かの書類にしたっけ」
「まずいなあ。それで、宝石はどうしたんだ?」
そうだ。すっかり忘れていた。懐に手をやる。
「……ない」
なおも他の箇所を捜してみたが、大事な預かり物だ。そう何度も移しかえる
訳もない。
「お、恐らく、店に置いてきたんだ。そうだ、思い出した。面倒に巻き込まれ
るのは御免だと、宝石は置いてきた」
「ふん。そいつはまずいかもしれないな。君の指紋が付いた物が、現場にはあ
る訳だ」
そうか、まずい。
「まあ、持っていてもどう転ぶか、分からんがね。とにかく、早く警察に行っ
て、事情を話すのが賢明なんじゃないか。あいつらだって税金を取るだけじゃ
ないだろうからね」
「それができたら、こんなことはしていない」
「ならば、勝手にするがいい。こんな形で二年ぶりの再会に幕を降ろすのは残
念だが、僕はバイトがあるんでね」
えいちゃんは立ち上がり、髭を付け直すと、袋を背中に負い、歩き出した。
仕方がないので、俺も立ち上がり、あいつとは反対の方に向かう。が、公園
の外に、嫌な姿を認めた。
警官だ。その横には、店で俺とぶつかった女がいる。
俺は慌てて向きを換え、サンタの後を追った。そしてその前に立ちふさがる。
「えいちゃん、すまなかった。さっきのことは謝るから、助けてくれ」
立ち止まってはくれたが、えいちゃんは黙ったままだ。
「一人じゃ恐いんだ。せめて君が付いていてくれたら、警察に行く勇気も……」
「分かった。いや、警察にも行かなくていい。とりあえずは、僕の下宿に来る
んだ」
「? だけど、ここからどうやって抜け出すんだよ。警官がうじゃうじゃいる、
きっと」
「それなら心配ない。少し寒いかもしれんが、トイレに行こう」
「?」
俺は訳の分からぬまま、えいちゃんに従い、トイレに行った。
「ここが下宿かあ。なかなかきれいな感じだ」
公園を無事に抜け出した俺は、いささか楽しくなっていた。
「きょろきょろしてないで、早く入れよ」
「しかし、さっきのアイディアは傑作だな。あいつら、サンタになった俺を見
ても、ちっとも気付かないでいるなんて」
そう。えいちゃんは公園の公衆トイレに入るなり、サンタの服装を脱ぎ、俺
に着ろと言ったのだ。
警官は思っていたより少なかったが、一人が俺に話しかけてきた。目撃者の
女から聞いたらしい「犯人の特徴」を並べて聞いてくるが、何もこちらには気
付かなかった。
「僕はバイトがあるから戻らないといけない。その間、絶対にここから出るな。
念のため、誰か来てもいないふりをして。それから田島君、今はどこに住んで
いるんだ? 住所を紙に書いて。そうだな、貴金属店の住所もだ」
慌ただしい調子でそう言うと、えいちゃんは裏の白い広告にボールペンをこ
ちらによこした。自分のマンションは思い出すまでもなく、書ける。店の方は、
ちょっと時間がかかったが、思い出せた。
「ここか。よし、分かった」
と言うなり、再びサンタになった彼は外に出て行った。俺のマンションや問
題の店の住所なんかを知って、どうするつもりなのだろう。
俺の方はというと、急に疲れが出てきた感じで、暖かい部屋の中、眠り込ん
でしまったらしい……。
目が覚めると朝だった。八時。こたつの上に、えいちゃんが作ったらしい、
簡単な食事が載っている。側にはなぐり書きで、「今日一日、ここにいろ。勝
手に何でも食え。電話に出たり、客に応対したりするな。自分から電話もする
な」と置き手紙があった。
俺はありがたく飯を頂戴しながら、新聞を見ようと思った。しかし、新聞は
見あたらない。そうだ、えいちゃんは新聞をとらない主義だった。単に、金が
無いだけかもしれないが。
仕方がないので、テレビをつける。俺が巻き込まれた事件だが、NHKのニ
ュースでは報道されていたが、自分の名は出ていなかった。他局ではよく分か
らない。朝のワイドショーでは何も触れられていなかった。
ひとまず安心すると、両親に連絡をしたくなった。それに恋人にも。しかし
電話するな、とある。助けてもらっているから、少しは言うことを聞くべきだ
ろうと思い、電話はやめた。
しかし、どの程度、自分が事件に巻き込まれているのかが把握できると、テ
レビばかりを見ている訳にもいかなくなった。この部屋の主からは何の連絡も
なく、次第に時間が長くなってきた。
結局、電話の誘惑に絶えながら待っていたら、夜に。そろそろ晩飯を、と考
えていると、やっとえいちゃんが帰ってきた。
「色々と調べてみたんだが」
カレ−ライスとインスタントラーメンの食事をしながら、相手は切り出した。
「バイト、代わってくれ」
唐突に相手は言う。どういうことだと聞くと、
「君を救うためだよ、田島君」
「救うって……そんなに俺の立場は悪いのか?」
「ああ。ニュース、見ただろ。あれよりも事実は悪い。ああっと、今、テレビ
を見るよりも、新聞を買ってきたから、こっちを見てみろ」
俺の目の前にはスポーツ新聞が放り出された。三番目くらいの大きさで、記
事が出ている。「宝石商、殺される」という見出しで、その内容としては「…
…**大学二回生生のTを重要参考人として……」とあった。俺の大学。動機
は金目当てで、宝石が一つ、紛失しているとされていた。運ぶように頼まれた
宝石らしい。
「それなんかはまだ、良心的な方だぜ。他のスポーツ新聞じゃ、はっきりと名
前を出しているのもあったみたいだ。やはり、名前を遺したのがまずかった」
「そんな……」
自分の置かれている状況を認識し、しばし放心してしまう。
「それから君のマンションな。警察が来たみたいだ。バイトの合間を縫って見
てきたから、詳しくは分からないけど」
「……」
「君の親御さんところはどうかな。警察が行くかもしれない」
「それだけは……。何とかしないと」
「だから動ける僕が、君への誤解を解いてみせる。その代わりに、君にサンタ
の扮装でバイトをしてもらいたいんだ」
「……分かった。これから君はどうするんだい」
「名古屋にも調べに行くつもりだ。二日、時間が欲しい。金は僕のを使ってく
れ。バイトは頼む。それとくれぐれも軽率な行動はとらないように」
それから明日に備えてか、彼はさっさと寝てしまった。
朝、八時に目を覚ますと、バイトの連絡先等のメモを置いて、えいちゃんは
既に出かけてしまっていた。
バイトは九時半からとあったので、一時間は余裕がある。トーストとコーヒ
ーの朝食をとりながら、テレビを入れた。
朝のワイドショーの時間なので、当然と言うべきか、宝石商殺しのニュース
が流れる。相変わらず、イニシャルで自分のことが紹介されている。まだ顔写
真は出回っていない。
ついで、大学の友人の話、というのが出た。顔は撮さず、声は変えていると
テロップが出ている。
「あ!」
俺は思わず、声をあげた。
−以下2−