AWC 無角館殺人事件 (15)   永山


        
#657/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/ 9/28   7:40  (200)
無角館殺人事件 (15)   永山
★内容
 昼まであと一時間足らず。帰り仕度もすっかりできた私と地天馬は、才野の
部屋を訪れた。浜村深百合もいた。
「本当に、事故だったんですか?」
 まだ怪訝そうな表情を続けている才野。
「警察を呼んで来れば、それで明らかになるさ」
 地天馬はまるで取り合わない。
「でも、こんな事件は二度とごめんだね。いいことなんて、一つもない!」
「どうしたんだ、急に。失礼じゃないか」
 怒鳴り出した地天馬を、私は止めようと試みる。
「全く、ろくなことがなかった! 推理作家の方割れには喧嘩を売られるし、
会話一つするにしても、入らぬ気苦労があるし」
「やめないか!」
 私は叫んだ。
 しかし、遅かった。この錯乱気味の探偵の暴言は、浜村の心を傷つけてしま
ったようだ。
 彼女は呆然としていたが、その内、すっと涙がこぼれた。
 才野が何か言葉をかけようとしたが、浜村はそれより早く、顔を覆って、部
屋の外にかけだしてしまっていた。
「地天馬さん! どういうことですか? 何のつもりで深百合にあんなことを
……」
「有一君。ラジコンはやめるんだ。深百合さんのことを思うのなら、捨てるの
がいい。彼女も捨てるに違いない」
 地天馬は、まだ、訳の分からない言葉を吐き続ける。
「何です、それは? 名探偵っていうのは、他人の趣味にまで介入するんです
か? 余計なお世話です。本当に、軽蔑しましたよ」
「……軽蔑するのも結構だが、その前に、こいつだけは受け取ってほしい。僕
が島から出た後、浜村さんに渡すんだ。頼む」
 急に大人しくなったかと思うと、この錯乱者は懐から紙片を取り出し、才野
の手の平へ押し付けた。見ると、紙片は幾重にも折り畳まれていた。
「……分かりました。受け取っておきますから、もう、出て行ってください。
あなたとは顔を合わせたくない」
「では、サヨナラだ」
 短く、そっけなく言うと、地天馬はさっさと退出した。
「あの、浜村さんを連れてこようか?」
 私は車椅子の青年に声をかけたが、相手はゆっくりと首を横に振るだけだっ
た。

 昼になり、船が来たと知らせが入ると、私と地天馬、それに陣内善次郎と野
間比呂見の四人は、船着場に向かった。
 着いてみると、吉野と太田黒が汗だくになって、座り込んでいる。彼らが荷
物を運んでくれたのだ。
「それでは、お別れです。短い間でしたが、お世話になりました。警察への通
報は、任せてください」
 地天馬が言った。見送る人の中に、才野と浜村の姿はなかった。
「有一や深百合はどうしたのでしょう? 地天馬さんが帰ると言うのに」
 中島が不思議そうに言ったが、地天馬はこともなげな様子である。
「心配いりません。時が解決します」
「?」
 聞いている誰もが不可解な顔をしたが、それに構わず、地天馬はいち早く船
に渡った。
 私、野間、善次郎の順に挨拶をすまし、船に乗り込んだ。
 船が動き出した。
  しかし、すぐに戻ることになろう。現場検証に立ち合わされるのは、目に見
えている。
 かなり離れてから、島を振り返ると、来たときと同じく、無角館等の建物が
シルエットになって見えた。

 その日の内に、私達は島に舞い戻った。
 警察からは、地天馬が何か言ったのか、うまい具合いに下田警部らがやって
来た。そして現場検証その他を終えると、すぐに本土に戻ることになった。そ
れでなくても、通報が遅れていたのだ。早くするに越したことはない。
 無角館に残っていた人達も、全員、船に乗って帰ることが決定された。事情
聴取の関係であろう。
 まことに慌ただしく、船は島を離れた。
 到着するまで船の中は、ことさら何もなかったのだが、少しだけ、気になる
会話があった。
 いや、それは浜村と地天馬による、手話による会話だったので、私には何も
その内容は分からなかったのだが、最後に、浜村が泣いていたように見えたの
だ。
 中島に聞けば、分かるのだろうが、定員の関係で、彼女は別の船に乗ってい
たので、そうすることもできなかったのだ。

 結局、事件は、地天馬の話した推測通り、事故でかたがついたようだ。針金
や何か金属の板でできたギロチン作成用の枠が決め手になったらしい。

「どうも、君の事件に対する態度は納得がいかなかったぞ。どうして最後にな
って、あんな無茶なことを言った? それに帰りの船の中、浜村さんが何か話
しかけてきたようだが、何だったんだあれは?」
 事件があってから一週間後、腹立ちも収まってきた私は、地天馬に聞いてみ
た。
「……話してもいいけど、これから時効が成立するまで、書かないと約束する
なら、という条件付きだ」
「何だって? 時効って、他に犯人はいるのか、やっぱり?」
「そう」
 興味なさそうに答える地天馬。
「で、約束するのかしないのか」
「ちょっと、待てよ。約束はするけど、ちょっと待ってくれ。真犯人がいる?
それなら一つ、考えてみたい」
 私は頭が混乱しそうになるのを押しとどめながら、事件の登場人物表を改め
て作った。
 そんな私の姿がおかしいのか、地天馬はにやにや笑っている。
「単独犯行なのか?」
「そうに決まっている。考えれば分かることだ。複数犯人ならば、彼らは互い
のアリバイを証明しようと試みるはずだ。しかし、それが今度の事件にはみら
れない。もちろん、僕や君がアリバイの証人になっているのはあるが、これは
除外だ。僕は犯人じゃないし、君だって違うだろう?」
「そりゃそうだが。じゃ、単独犯人で考えていいんだな。同じ人物が一連の事
件の犯人だとすると、当然、被害者は除外だから」
 私は陣内正一郎、藤堂志津雄、野間十和也の名前を表から消した。無論、そ
の前に、私の名前は消してある。地天馬の名は残してある。
「第一の事件から考えると、アリバイがあったのは、君と才野有一、浜村深百
合の三人か」
 私はこの三人の名前も消した。地天馬もあっさり、除外。
「野間比呂見は、どうするべきかな」
「さあ。アリバイは不完全だろ」
 地天馬は楽しそうに言う。
「じゃ、残すか。うーん、第一の事件で絞れるのは、ここまでか。次に行こう。
と言っても、第二の事件は、遺体の損傷が酷く、死亡推定時刻は不明なままだ
っけ。これじゃ、役に立たないな。よし、第三の事件」
「ちょっと。墜落死体の謎は?」
「そうか、それもあったなあ。でも、どう考えても、鍵のかかった蔵の中に、
藤堂さんの身体を放り込むなんて、できやしない。可能なのは、家政婦が言っ
てた鬼くらいのもんだ」
「それが解けなければ、話にならないなあ」
 地天馬は困った顔をしてみせた。自分が分かっているものだから、何とでも
言える。
「それは後回し。先に第三の事件の検討に移る。えっと、アリバイがあったの
は、自分と才野君だけだ。これじゃ、範囲は狭まらない」
 私は頭を抱え込んだ。そして人物表を眺める。
「コックや家政婦は、動機がないと思うがな。主従関係からの恨みとしても、
殺してしまうと、解雇される可能性もあるんだし」
「そんなこと考えなくとも、彼らには立派なアリバイがあるじゃないか」
 地天馬は、諭すように言ってくれた。
「何だ、そいつは?」
「吉野に森本だったかな。彼ら二人は、全員の食事を作ったり、部屋の仕度を
したり、洗濯までしてくれたんだ。さらに無角館の見回り・清掃も。こんなに
忙しい彼らに、殺人の余裕があるだろうか?」
「そう言われると、そうだな。じゃあ、この二人も消える」
 私は二人の名前の上を、鉛筆で線を引いた。残るは中島美々、陣内善次郎、
太田黒清尋、野間比呂見の四人だ。
「事件が終わってみて、一番、徳をしたのは善次郎氏だな。おかしな態度が見
られたし、急にカメラを捨てて、陣内グループのトップになろうと言い出すの
も不可解だし」
「彼は犯人じゃないよ」
 地天馬は突然、断定した。
「どうして、そう言えるんだ。動機はあるぜ」
「君は重大な見落としをしている。彼は仕方なく、カメラを捨てたんだ」
「何故、そう言い切れるんだ?」
 私は同じ質問を繰り返した。
「だから、善次郎の行動を思い起こしてみたまえ」
「思い起こすったって……」
 私が考え込むのを見てか、地天馬は呆れたような表情をした。
「いいか、よく聞くんだ。まず、彼は写真を一枚も撮っていない。次、野間十
和也に調味料を取ってくれと言われても、反応しなかった。三番目。グレーの
服に血が着いても気が付かなかった。これらのことから、導き出されるのは?」
「……さあ、分からん」
 私の答えに、地天馬はがっくりときたようだ。
「どうしたもんかね、まったく。陣内善次郎は、色盲なんだよ。赤と緑が同じ
灰色に見える、赤緑色盲なんだ」
「ええっ? 何で、そう言えるんだ?」
 私は何回目かの間抜けな質問をした。
「調味料だけどね、赤い蓋のと緑の蓋のとがあったろ。どっちがどっちか忘れ
たが、中身はソースと醤油だった。つまり、外目には分からない。その上、赤
と緑の区別がつかなかったから、善次郎は取ることができなかったんだ。灰色
の服に血が着いても、気が付かなかったのも、当然さ。同様に、写真も撮れな
い。変な配色の写真を撮ってしまう恐れがあったからだ。彼のプライドだろう」
「そうか! でも、待てよ。それがどうして、善次郎は犯人じゃない、につな
がるんだ?」
「覚えていないか? 浜村深百合のジャージが棚から盗まれていたことを」
 そうだった。そのことを忘れていた。
「あれ、彼女の言う通り、犯人がジャージを盗んでから、散乱した他の衣類を
棚に戻したとしたら、赤緑色盲の善次郎には不可能な行為なんだ。他の服は、
色別に置いてあったのだから」
「なるほど! 色盲の善次郎には色分けできないからなあ」
 私は感心するばかりである。
「じゃあ、犯人は……。そう言えば、双子の問題もあったんだ。十和也と比呂
見が入れ替わったとか」
「何のために?」
「うーんと、宝石泥棒や背信行為のばれた十和也が、自分を抹殺するために」
「それなら、何故、第三の事件で、死体の顔をあんなに潰さなくちゃならなか
ったのかね。双子だから、顔はそっくりだ。そのままにしておいた方が、よっ
ぽど利口だ。彼らが推理作家だということを考慮し、万が一、わざとそうした
としても、実際は不可能なんだ。彼らの一人は、女なのだから」
「は?」
「そんなに口を開かなくてもいいんだぜ」
「それはどういう意味なんだ。どっちが女だって?」
「決まっているじゃないか。比呂見の方だよ」
「理由は? 風呂を、一緒に入ることを拒んだからか?」
「まあね。しかし、それだけでは女性だという決め手にはならない。事実、今
だって確認した訳じゃないんだ。推測と思って聞いてくれ。
 風呂の件のみならず、声や振舞いから、比呂見が女性ではないかという予想
は着いたはずだ。では、何のために男のふりをしているのか? 最初、僕は、
彼ら二人が宝石を外に持ち出すための仕掛かと考えた。しかし、それにしては
比呂見の行動は、あまりにもバレバレだ。疑われてもしょうがない。これは違
うと思った。犯罪とは無関係の、何かのっぴきならぬ事情があるとね。
 女性ならば、女湯に入ればいいのに、どうして入らないのか。入れないので
はないか。入れないと訳は、どんなものがあるか。と、閃いた。比呂見は身体
に手術跡があるのではないか。それも同性には絶対見せたくないもの。ひょっ
としたら、乳ガンの手術跡ではないか」
「じゃ、じゃあ、比呂見は乳房がないから……」
「分からないけど、そうだとしたら、男のふりをしても無理はないと思う。彼
女は医者なんだ。早期発見すれば治癒可能な病気となりつつある乳ガンなのに、
医者である彼女が見落としていたとなれば、屈辱的とも言えるから。
 繰り返すが、確認してない。できるはずもないしね」
「そうかあ。じゃあ……太田黒だ。彼は仮面を被っている。彼を殺した後、仮
面を外し、顔を判別できないようにする。そして十和也は仮面を付け、太田黒
になりすます。これだ!」
 私は興奮していた。

−以下16−




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