AWC ラインに死す(3)  YASU


        
#643/3137 空中分解2
★タイトル (UTJ     )  90/ 9/21   0:28  ( 53)
ラインに死す(3)  YASU
★内容
                                (3)
 私は自分がどのようにして船を降りたのかも覚えていない。
 気がついたらフランクフルトへ帰るインターシティーの中にいた。コブレンツで降り
たのだと思う。
 インターシティーの中は二等車なので、コンパートメントではなく日本の列車のよう
に向かいあって座る座席だった。
 ここでもいろいろな言語が入り乱れていたが、もう私は彼らの話しに耳を傾ける気力
を失っていた。
 自分は彼女を救えなかったのだろうか、という気持ちが何度も私をおそった。また、
せめて彼女の遺体を引き取ってやるくらいのことは、してやらなければならなかったの
ではないか。
 しかし、私はあした日本へ帰らないとならない。大学にはこの月中に仕上げなければ
ならない研究課題があった。それに名前も身元も知らない自分が、彼女の遺体を引き取
るといっても認められるかどうかあやしい。たとえ遺体を引き取ったとして、彼女の身
内の者にどうやって連絡がとれるだろう。
 結局私は彼女にとって行きずりの人間にすぎなかったのであり、彼女の方は私とは無
関係に死を選んでいたのだ、というところで自分と折り合わなければならなかった。

 翌日の十時、私はフランクフルト空港にいた。
 飛行機の出発予定は十時五十五分だったが、ロンドンからの連絡便が遅れているので
、出発は三十分ほど遅くなるという。私はチェックインをすませて空港内の免税店など
をひやかして時間をつぶした。
空港に入ってしまうともう日本に帰ってきたような気になって、昨日の出来事が遠い過
去のことのように思われる。
 また明日から平凡な日々が始まるのだ。
 そのとき私の前を彼女が通り過ぎたのだ。
 通り過ぎた瞬間、彼女とわかった。
 クリーム色のコートにサングラス。それにあの端正な鼻に、口角を吸うようにする口
元。
「君」
 とっさに私は呼び掛けていた。
 ショルダーバッグを掛けた背中が止まった。
 彼女は振り返り私を真正面から見た。その態度に狼狽した様子はなかった。「またお
会いしたわね」
「君、生きていたの」
「昨日も言ったでしょう、私、何をやっても生きていくって」
「ライン河に飛び込んだの、君かと思った」
「あのう、ごめんなさい、私、ロンドン行きの便に乗らないといけないの。もう時間が
迫っているのよ」
「そう、無事を祈っているよ」
「ありがとう、あなたも無事に日本へ帰ってね」
 その言葉にかすかな皮肉を私は感じた。
「それじゃ」
 彼女はコートの裾をひるがえして搭乗入口に向かった。
 私は彼女の後ろ姿を立ちつくして見ていた。
 私は今も彼女の真意がわからない。彼女はほんとうに私に彼女の死を信じさせたかっ
たのだろうか。そして自分の死を一人の人間に信じさせることで、新しい生活を始める
契機にしたかったのだろうか。それとももっと意図的で、あわよくば私を彼女の死の証
言者にしたかったのだろうか。
 それにしても私に再会したときの、彼女の落ち着き払った態度はどう解釈したらいい
のだろう。
 今彼女はほんとうにヨーロッパのどこかの町でひとりで住んでいるのだろうか。
                                《了》




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