#634/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/17 10:32 (199)
闇の者 (2) 永山
★内容
「宝探しは明日からですね」
いち早く食べ終った浦上が呟きました。
「どうやら、雨が降ってきましたし、夜は蝋燭でも灯して、超常現象談議とい
きませんか」
確かに、雨です。雷も遠くで鳴っているようです。
「いいですわ。この暑さですし、せいぜい怖い思いをしたいですから」
手うちわをしながら、峰岸が言いました。
結局、食後一時間ほど休憩をした後、食堂で談議と決まりました。この一時
間はみんな、自由に過ごしました。
@そして。
「電気を消しますよ」
江守の声と同時に、電気は消えました。少しばかり、声が上がります。怖い
のではなく、楽しそうな声です。
食卓の上には、六本の火の着いた蝋燭があります。
「皆さん、これから一つずつ話をしていってもらいます。話の終る毎に、蝋燭
の火を消しますから、徐々に盛り上がることでしょう」
さあいよいよとなったとき、庭の方で変な音がしました。ぽちゃんという、
間の抜けた音です。でも、しっかりと聞こえました。
「何だろう? ちょっと見てきましょうか」
「浦上さん、お願いします。電気をつけますから……。あれ? つかないぞ。
停電らしい」
その言葉を聞き、誰もが困惑の声を出しました。と同時に、雷鳴が轟きまし
た。一瞬、明るくなったかと思いますと、またすぐ暗くなりました。
「懐中電灯はありましたっけ?」
「玄関の方に一つ、あったようですが」
浦上の問いに、江守が答えました。すぐに浦上は玄関に向かいます。
それからいくらか時が経ったでしょうか。また音がしました。今度は屋敷内
から聞こえてくるのです。二階から、がりがりがりという不気味な音です。
「今度は何?」
「……二階のあの部屋ですね。人形の部屋からですよ」
耳を澄ましていたらしい江守は、冷静に判断しました。
「怖いわ。関さん、見てきてくれない?」
寺山は蝋燭の炎の中、関に頼みました。
「ええ。蝋燭を一本、拝借します」
ちょっと驚いたような顔をしたみたいでしたが、関は蝋燭を手にすると、二
階に昇っていきました。おっかなびっくりな様子が、滑稽です。
「大丈夫ですかな?」
大杉が張りのある声で叫びますと、二階からはか細い声で、
「大丈夫です。これから戸を開けてみますんで」
がちゃっと音がしました。と同時に、何か倒れるような音が。どさっという
音です。続いて何かきしむ音までも。
u関さん? どうかしたんですか?」
「何があったの?」
答えのない関に、皆が口々に問いかけましたが、反応はありません。
そこで食堂に残った人達は、蝋燭をかざし、二階の様子を見ようとしました。
しかし、光が足りません。何かの影が動いているのは分かるのですが、はっき
りしないのです。
みんなが困惑していますと、突然、雷が光りました。そのおかげで、二階の
バルコニーの様子が照らし出されたのです。
ああ、なんと恐ろしい光景だったのでしょう、それは! 人形が、あの西洋
人形が動いているのです。ゆるゆると足を進め、ぎこちない歩き方です。それ
に合わせ、何かきしむような音が聞こえます。
また暗くなると、うまい具合いに浦上が帰ってきました。
「何もありませんでしたよ。……どうかしたのですか?」
事情を知らぬ彼は、ただならぬ気配を感じ取ったらしく、皆の顔を見つめま
す。
「懐中電灯、あの人形の部屋辺りに照らしてみてください」
江守が言いました。言われるがまま、浦上は明りを向けます。
またも恐ろしい光景が浮かび上がります。人形の金髪が懐中電灯にきらめき、
妖しげな美を演出しています。
ですが、それより恐ろしくも美しいのは、人形の表情でした。なにものも映
すはずのないその青色の目は、今や意志を持っているかのように、一点を見つ
めているようです。奇妙に整った鼻や口は、呼吸をしている気さえします。
口はまた、何かを求めているようにも思えました。いやに紅がはっきりして
おり、それによって見る者を魅きつけようとしているかのようです。
人形はしばらくバルコニーを歩いたかと思うと、その端に到達するや否や、
くるりと向きを換え、さらにもう一度向きを換えると、元来た道を引き返して
sきます。そして部屋の中に消えました。
食堂にいる誰もが、何だったのだろうといった表情で、互いに顔を合わせま
す。
と、次の瞬間! どぼんという音がしました。いえ、雷のせいではっきりと
は聞き取れなかったのですが、とにかく、水しぶきの上がる音がしたようなの
です。
「また外だ!」
浦上が叫びます。懐中電灯を持ち直すと、彼は外に飛び出します。あっけに
とられていた他の人も、彼に続きました。
雨は小振りになっていましたが、雷の音と光は相変わらずです。
「井戸の中に、人形が」
井戸の前で立ちすくんでいた浦上が、その中を指しながらぽつり、漏らしま
した。
「本当だ」
江守も井戸をのぞき込み、納得しました。それに続いて、我も我もと見よう
とします。誰かの喉が、ごくっと鳴ったようでした。
「そう言えば関さんは?」
峰岸です。その言葉で、関のことをすっかり忘れていたのを思い出したので
した。
慌てて屋敷に戻り、懐中電灯を持って全員で二階に行きます。注意深く光で
照らしていますと、倒れている人影が見つiぶました。関です。
「どうかしたのか? しっかりしてください!」
江守や大杉老人が声をかけますが、相手からは返事がありません。
「血、ですよ。江守さん」
懐中電灯を持っていた浦上は、関のわき腹辺りを照らしました。なるほど、
赤いものが映し出されます。
「ああ、だめだ! 誰か、救急箱を持ってきて!」
江守が怒鳴ると、寺山が自分の部屋に飛んで行きました。何かがたごとやっ
ていたようですが、すぐに戻ってきました。
それからは野戦病院とまではいかないでしょうが、怒号と停電の中、必死の
治療となりました。
しかし、看病の甲斐なく、関は間もなく死んでしまったのです。
翌朝は、昨夜のことが嘘のように晴れ渡って明けました。
「皆さん、眠れずにお疲れのようですが、どうか聞いてください」
江守が静かに言います。冷静に努めようとしている感じです。
「関さんが亡くなりました。どうやら、ナイフか何かで左わき腹を刺されたよ
うです。それでですね、今朝、明るくなると同時に、私は浦上さんと一緒に、
井戸に落ちた人形を調べました。引き上げようとしたら、これが意外に重く、
手間取りましたが。そこで発見したのが、これです」
江守は、刃渡り二十センチほどの刃物を卓に置きました。赤く染まっていま
す。柄の部分には、豪華な彫物がしてありました。
本来なら、誰か悲鳴の一つでも上げるものでしょうが、疲労のせいか、そう
する者はいませんでした。
「これが人形の左手に握らされていたのです。それから人形の足ですが、あれ
はゼンマイ仕掛になっていまして、車輪が付いていました。足は前後に動くだ
けで、前進するのは車輪によるものです。背中にゼンマイをまくための穴があ
りました。さらに人形のあった部屋に行きましたら、窓ガラスが割れていまし
た。そこから人形は飛び降りた、いや、落ちたのでしょう。それと人形の入っ
ていたガラスケースですが、これも割れていました」
「人形が殺したのですかな?」
大杉老人が聞きました。
「さあて。どうですかねえ。刃物は民芸品の一つのようですが」
江守は困ったような顔つきになります。
「人形が犯人なんて、有り得ませんよ」
会の中で比較的、現実主義者の浦上が断言しました。
「ガラスケースさえ割れば、誰にでも人形はいじれたんですよ。刃物をもたせ、
ゼンマイをまけば、人形は動き出すんだ。扉で進めなくなった人形は当然、何
らかの音をたてます。それを聞き、調べにきた誰かを殺すことに、犯人の目的
があったんですよ」
「そりゃ理屈ですけれど、おかしいんです。浦上さんはあの時、場に居合わせ
なかったから、そうお考えなんでしょうけども、誰も人形に細工する暇なんて、
ありませんでしたわ」
寺山が諭すように言い出します。
「浦上さんの言う方法じゃあ、人形は細工をしてからすぐに、ドアにぶつかる
ことになるんでしょう? でしたら、人形を細工するのは、私達が食堂に集ま
ってから後のことでないと、おかしいんじゃありませんか」
「……そうですね」
少し悔しげなそぶりをしてから、浦上は「敗北」を認めたのでした。
「そうなりますと……」
さらに彼は続けます。
「一番怪しいのは、自分てことになりますね」
浦上を除いたみんなは、一様に変な顔をします。この若者、おかしくなった
のではないか、という顔です。
ですが、浦上は自分の言葉の効果を嬉しく思ったのでしょうか、にんまりと
笑うと、また話し始めました。
「だってそうでしょう。僕は<ぽちゃん>ていう音を聞いて、懐中電灯を手に
外に出たんですよ。外に出た隙に、何かをしたのかもしれませんよ」
「冗談が好きですね」
江守会長は、またも困った顔をしているみたいです。
「二階にあるんですよ、問題の部屋は。外に出たからといって、何ができるこ
とでしょう」
「呪いなのよ、これ!」
まことに唐突に、峰岸が叫びました。
「この屋敷にかけられた呪いですわ、きっと。私達部外者が、宝を探そうなん
て不遜な考えを起こすから」
「そうだなあ。霊が怒ったと考えても、不思議はあるまい」
うんうんとうなずきつつ、大杉も同調します。
「もっと現実的にいきましょうよ、皆さん。私はこの会の会長ですが、それは
飽くまで楽しむため、趣味の分野です。犯人が何の目的で関さんを殺したのか、
これからどう対応すべきなのかといった点をですね」
「僕も江守会長に賛成だ」
浦上です。
「ところで、気になっていたんですが、関さんが部屋を見に行くことになった
のは、どうしてですか?」
「決まっているではないか。奇妙な音がしたからだ」
「いえ、大杉さん。僕が聞きたいのはそうじゃなくて、何故他の誰でもなく、
関さんが見に行ったかということなんです」
浦上の本意が分かった皆は、思い出そうとします。やがて、峰岸が言いまし
驍ス。
「そうだったわ。寺山さんが言ったのよ。そうよね?」
「あ、そうだったかしら?」
寺山は首を傾げました。そんな彼女に、浦上が追及します。
「何故、あなたは関さんに頼みました?」
「何故って……。そう、あの時、自分の身の安全を考えたんだと思うわ。大杉
さんは剣道をやってらっしゃるし、江守会長も学生時代柔道でならしていたと
聞いていました。ですから、お二人が側にいれば、何があっても大丈夫と考え
て……。それで残った関さんの名を、自然に口にしたんだと思う」
「ふむ。なかなか複雑な心理ですね。一番頼りない人を、見に行かせるという
のは。いや、納得はできました。でも、こうなると、犯人にとって、誰が犠牲
者になるか、分からなかったとなりますよね」
そうなのです。誰が見に来るか分からないのに、犯人は人形に細工をしたの
でしょうか? そんな不完全な殺し方をするものでしょうか? それともこの
殺人はやはり、この屋敷の呪いのせいなのでしょうか?
シンとした中、江守が口を開きました。
「警察に知らせましょう。それが一番です」
しかし、それはなりませんでした。電話がないので、江守会長が街に出て知
らせようとしたのですが、すぐに戻ってきました。
「どうしました?」
と皆が聞くと、
「来るときに、吊り橋があったでしょう。あれが落とされているんですよ」
「ええ?」
「犯人の仕業ですかね。それとも呪いってやつですか」
もはやどうすることもできなくなったのです。一週間すれば、持ち主の人が
心配して来てくれるかもしれません。それまで持ちこたえなければならないの
です。呪いか殺人鬼か知れませんが、そのいずれかと、一緒に過ごさないとい
けないなんて、大変恐ろしいことです。仮に生き残ったとしても、平静な精神
状態でいられるとは考えにくいのです。
しかし、見えぬ敵は待ってはくれませんでした。その日の夕方、次の惨事が
起きたのです。
−CONTIN.