#610/3137 空中分解2
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トゥウィンズ・外伝 二章 (1/2) (3/9) あるてみす
★内容
二章 ファルル
「お早ようございます。ルミア様、そろそろお起きになって下さいな。」
急に頭の上から声が降ってきた。びっくりして飛び起きると、そこにはシノーラ
の姿。
「ふう……。」
いつの間に眠ったんだろう。夕べはなかなか寝つけなかったのに。
ルミアは目をこすりながら欠伸を一つ。
外を見ると、陽がかなり高くなっていた。普段ならこんな寝坊はしないのだが、
やはり気が張って疲れていたのだろう。
ルミアは思いきり伸びをするとベッドから降りて寝間着を脱ぎ始めた。同時にシ
ノーラが普段着となる服を持ってきてくれる。
ルミアがそれを着ている間に、シノーラは朝食の準備をしてくれる。そして、遅
い朝御飯。
「お早う、ルミア。よく眠れて?」
突然、扉が開いてラミアが顔を出した。
「充分休めたようね。」
「あ、お早うございまふ。」
ルミアは慌てて口の中のものを飲み込んだ。
「ルミア。さっそくで悪いんだけど、あたくし、今晩、こっそりと出かけたいの。
だから、それまでに判らないことがあったらシノーラに聞いておいてちょうだい。
シノーラ。ルミアがあたくしらしく振舞えるように、いろいろと教えてあげてね。
あと、必要なら助けてあげて欲しいの。」
「あら、今晩、お出かけになるんですか?」
「ええ、ちょっとね。」
ラミアはいたずらっぽく笑うと姿を消した。
その日、シノーラは可能な限りルミアのそばにいて、いろいろなことを簡単に教
えていた。
ルミアもシノーラの言うことに必死で耳を傾けて、それを憶えていった。
夕刻、シノーラはラミアのものと同じドレスを用意してルミアを着替えさせた。
髪型を整えてラミアと同じにすると、そこにはもはやラミアとしか思えないルミ
アの姿があった。
「さて、それじゃ、これからラミア様とお呼びしますから、ラミア様のような口調
でお話し下さいね。必要があれば、それとなくフォローします。」
そしてルミアはシノーラとともにお屋敷の中を歩くことになった。ラミアの父で
あるランベル卿やラミアの母のマリカとも対面し、夕食を共にしたがシノーラの助
けもあって、うまく切り抜けることができた。
召使い達に対しても、シノーラの言葉に従って、それ相応の口調で命令をして歩
き、誰にも怪しまれることがなかった。
深夜になってこっそり帰ってきたラミアはシノーラから結果を聞いて満足した。
「そう。ありがとうシノーラ。本当に御苦労様。またその調子で頼むわね。」
そして、眠そうな顔でベッドに潜り込むラミア。シノーラは一礼すると、そっと
ラミアの部屋を出て行った。
その後、ラミアのお忍びの外出の回数は増え、ルミアはそのたびにラミアの身代
りを引き受けさせられていた。
「フロール卿ですか?」
「そうなのだ。ラミアよ、お前も知っておるであろう。フロール家も我がランベル
家同様の名家、いったい何の不足があろう。到着は明日の夕刻になるそうじゃ。」
ルミアは、ある日の夕食時、ランベル卿に告げられた。
明日、フロール卿とその子息ファルルが到着するというのだ。そして、ランベル
卿はファルルをランベル家の婿として迎えたいと思っているらしい。
フロール家でも、そろそろ息子に嫁を、と考えていて、ランベル家のラミアが年
頃も良し、家柄も良しという事で、一度会わせてみようということになったらしい。
「あちらは長男ゆえ、もしかするとラミア、お前が嫁に行くことになるやもしれん。
が、しかし、お前は我がランベル家の一人娘じゃ。フロール卿の所にはファルルの
他にフェミルという弟がいるという話も聞いておる。話次第ではファルルを婿にで
きるやもしれん。いや、きっとしてみせる。」
ルミアは、これにどう答えていいのか判らなかった。
「そういうわけで、ラミア。明日はファルルの相手をするのじゃぞ。よいな。」
「『はい、お父様』と答えなさいませ。」
シノーラがそっと耳打ちをする。
「はい、お父様。」
「どうした、ルミアよ。様子が少し変じゃの。」
ルミアは内心ドキッとしたが、その場をうまく取り繕った。
「いえ、なんでもありませんわ。わたくしも、もうそんな年になってしまったのか
と思って、少し感慨にふけってしまいましたの。」
「うむ、そうか。しかし、いつまでも子供でいるわけにはいかぬからのう。」
「ええ。」
そして、その日の夕食が終わる。
その日の夜遅く。部屋に戻ったルミアは困ってシノーラに相談を持ちかけた。
「ねえ、シノーラ。どうしたらいいのでしょう。」
「本当に、ラミア様にも困ったものですわ。こんな大事な時にいらっしゃらないな
んて。本当に、どちらにお出かけになっていらっしゃるのやら……。ですが、ルミ
ア様、たとえラミア様と言えど、ランベル卿のお言葉には逆らえませんわ。それに、
ラミア様はフロール卿という方にも子息のファルル様という方にも一度もお会いし
たことはございませんから、ルミア様も普段よりは楽にラミア様の真似をすること
ができると思いますわ。」
「それならいいのだけれど。」
「それに、これはラミア様がお帰りにならない場合の話ですわ。まだルミア様がお
相手をしなければならないと決まったわけではないのですから。」
「そうね。シノーラ、ありがとう。少しは気が楽になったわ。」
しかし、ルミアの期待も虚しく、ラミアはその日、帰らなかった。
「よくぞ、いらしてくれた、フロール卿。我らランベル家一同、心より歓迎致しま
すぞ。」
フロール卿の一行が到着し、ランベル卿が歓迎の挨拶を述べた。
ルミアもラミアの身代りとして、初めてファルルと顔を合わせた。ルミアがドレ
スの裾をつまんで軽く挨拶をすると、ファルルもそれに気付いて軽く頭を下げた。
そして、一同が席に着く。
ルミアの隣にはファルルが着き、また、一方ではフロール卿とランベル卿が、他
方ではフロール卿の妻カーラとランベル卿の妻マリカが、それぞれ隣合わせに座っ
ている。
それは、すでにファルルとラミアが一緒になるものと決めた上での、懇親の意味
も含まれたものだった。
歓迎の夕食会とあって、大広間のテーブルの上には御馳走が並んでいた。バック
には優雅な音楽が流れ、贅沢な雰囲気をかもし出していた。
「この度はラミア殿と我が息子ファルルとの婚儀の申し入れを快く受け入れて頂き、
まことに嬉しく思っておりますぞ。」
「いやいや、こちらこそ。それより、御子息のファルル殿は、なかなか立派な方と
伺っております。そのようなお方にラミアは少し役不足なのではないかと、それだ
けが心配でしてな。」
「なんのなんの。ラミア殿こそ、なかなかの才媛と伺っておりますぞ。ファルルこ
そ役不足なのではないですかな?」
二人の卿が互いに相手の子供を誉め讃えながら笑い合う。それぞれの妻の方も気
が合ったのか、すっかり打ち解け合って談笑していた。
なんて素敵な方なのかしら……。
ルミアは初めてファルルの姿を見たときから、その目がずっと釘付けになってい
た。ファルルもルミアに対して、あまり悪い感情は持っていないようだった。
二人は一言もしゃべらなかったが、ルミアはずっとファルルの方に気を取られて
いたし、ファルルもまたルミアの方を横目でチラチラと見ながら黙って席に座って
いた。
「ところで、ファルル殿。ファルル殿には弟君がおられると伺っておるのだが、今
日は弟君は一緒には来られなかったのですかな?」
いろいろと話が弾んだところで、ランベル卿がファルルに話しかけた。
「はい。我が弟フェミルも一緒に来ることになってはいたのですが……。」
「ランベル卿。実は、出発直前になって、フェミルが突然姿を消しましてな。」
フロール卿がファルルの言葉の後を継いだ。
「おお、なんと。それでは、このような所でゆっくりしていては……。」
「いやいや。なんとも恥ずかしい話なのですが、フェミルはファルルと違って少し
遊びが好きなようでしてな。以前から突然いなくなることが度々あったのです。ま
あ、次男ゆえ、少し大目に見ていたということもあるのですが、こうしてランベル
卿のところにお邪魔をする段になって行方不明になるというのは、なんとも実に許
し難いことでして、戻ったらひとつ、仕置でもしてやろうかと考えておる次第なの
です。」
フロール卿は汗を拭きながら恥入ったように恐縮していた。
「フロール卿。そこまでしなくてもいいではありませんか。我が屋には男の子がお
りませんので判らないこともあるのでしょうけど、男として生まれたのなら、それ
くらいの覇気があった方が将来が楽しみではありませんか?」
マリカがかばうように言うと、
「いや、まことに恐れいります。」
フロール卿は、ますます恐縮していた。
これではいけないと思ったのか、ランベル卿は矛先を変えて、突然ルミアに話し
かけた。
「ラミア、どうした? お前にしては珍しく静かなようじゃの。ファルル殿とダン
スでもしてきたらどうじゃ?」
「おお、それがよい。ファルルよ、ダンスは苦手だなどと言ってないで、しっかり
とラミア殿をリードして差し上げるのじゃぞ。」
瞬間、下手に控えていたシノーラは真っ青になった。ルミアには、貴族らしく振
舞うためのいろいろな作法を簡単に教えてきてはいるが、ダンスはまだ全然教えて
いなかったのだ。
だが、シノーラは知らなかった。ルミアの母ミーシャが、ルミアがまだ小さい頃
から、どこに出しても恥ずかしくないように厳しく躾をし、様々な作法も教え込ん
でいたことを。そして、作法の中にはダンスのステップも含まれていたことを。
ミーシャが亡くなって以来、ルミアは生活に追われていてダンスのことなどすっ
かり忘れていたのだが、体の方はステップを忘れていなかった。
ファルルが立ち上がってルミアの手を取る。ルミアはファルルに従って立ち上が
り、優雅な立ち振舞いでファルルの後に続いて広間の中央へ。そして、ファルルの
動きに合わせ、曲に乗って軽やかにステップを踏み始める。
「ほう。ラミア殿はダンスも得意のようですな。」
「いやいや、あの程度のことで、お恥ずかしい限りです。」
今度はランベル卿は恐縮しながら、しかし、内心では不思議に思っていた。
確か、ラミアはダンスがあまり好きではなかった筈なのだ。少なくとも、ランベ
ル卿が知る限り、あれほど軽やかにステップを踏むなど考えられもしなかったこと
である。
ルミアはルミアで、ファルルのリードに従いながら体が勝手に動くことに最初は
戸惑いを覚えていた。だが、その動きが幼い頃に母から教わったものであることを
思い出し、そのことを奇妙に感じながらも、ファルルとのダンスを楽しんでいた。
おそらく、今、この場で一番驚いていたのはシノーラだろう。確かにラミアはあ
まりダンスが好きではない。そのため、お世辞にもダンスがうまいとは言い難く、
付き合い程度にステップを踏むのが関の山である。が、ルミアにはダンスのことな
ど全く教えていなかったのだから、ラミア程度のステップを踏むことさえできない
筈だったのだ。ましてや、ファルルと仲良く優雅に踊ることなど考えてもみなかっ
た。
シノーラはしばらく物思いにふけっているうちに、いろいろな考えを頭の中に浮
かべていた。
他の娘に貴族としての態度や立ち振舞いを教えたことは、まだ一度もないから比
較はできないのだが、ルミアの場合、簡単に教えただけなのに、これほどまでに貴
族らしい振舞いができるというのは、もの覚えがいいというだけでは説明できない
何かがあるような気がする。
元々そういう天性があるだけなのか、それとも、何かの理由で貴族の娘であるこ
とを隠しているのか、あるいは、どこかの貴族と何かのつながりがあるのか。
それぞれの驚きや困惑などとは無関係に曲が流れ、ファルルとルミアのダンスは
続いていた。
「ラミア殿はダンスがとてもお上手なのですね。私はあまりダンスが好きではなか
ったのですが、これではラミア殿との釣り合いが取れません。もっと練習しなけれ
ば。」
「いえ、そんなことありませんわ。わたくしとて、まだまだなのですから。」
「でも、ラミア殿のダンスはとても見事だと思いますよ。なんだか私もダンスが好
きになれそうな気がしてきました。」
ファルルは、そう言って少し赤くなりながらルミアと踊り続ける。
ランベル家とフロール家の面々は、それぞれに仲良く懇談をしながら、そして、
ファルルとルミアは夢のような時間を踊って過ごしながら、夜は更けていった。
「ラミア。食事が済んだら、ファルル殿に庭の案内でもして差し上げなさい。」
次の日の朝食時、ランベル卿がルミアに声をかけた。
フロール家一行はランベル卿の屋敷に一泊して、夕方頃に帰る予定になっている
のである。
夕べはダンスで、かなりお近付きになったものの、今朝はまだ挨拶以外一言も言
葉を交わしていないルミアとファルルであった。それを見かねたランベル卿が、二
人で散歩をしてこいと言っているのである。
「はい、お父様。」
ルミアは静かに立ち上がると、ファルルと共に庭へ出た。
結局、ラミアは夕べも帰らず、ルミアがずっとラミアのふりを続けている。
−−− 続く