#601/3137 空中分解2
★タイトル (AZA ) 90/ 9/ 7 7:50 (200)
無角館殺人事件 (12) 永山
★内容
あっ! そうか。水車は一段低い場所にあるんだった。地天馬が続ける。
「せめて水車の反対側にある風車くらいの高さでないとだめなのです。さらに
言いますと、縄を投げてあの蔵の屋根を越えさせようなど、無茶苦茶です。屋
根の中途に引っかかるのがオチでしょう」
「しかしだな、蔵と水車の間に何か支え、例えば……。そうだ、あの塔を通し
てやれば、水車の力でも回るかもしれないぞ」
十和也が反論する。
「そう来ることだと思いました。やってみますか、これから」
どこに隠していたのか、地天馬は紐状の物を取り出し、にやっと笑ってみせ
た。
夕闇迫る中、いきなりではあるが、実験開始である。さっきから十和也が必
死に縄を屋根に届かせようとしているが、うまくいかない。高窓の方は、何度
目かのチャレンジで何とか成功した。ちなみに縄は物置にあったもの。
「どうです。もうやめませんか?」
地天馬が言うが、従うはずもない十和也。
「……犯人はどんな方法か知らんが、屋根を越えさせたんだ。そして塔を通し
てだな」
「分かりました。では、仮に屋根をクリアーしたとしましょう。塔の最上段の
柵に縄を通し、それが水車で引っ張れるかどうか、試せばいい」
今度は十和也が塔に上り、柵に縄を通した。そしてその先を下に落とし、そ
れを野間比呂見が持って水車の位置に来る。実際に水車に巻き付けなくても、
人の力で引っ張ってみればいいということで、このまま比呂見と太田黒の二人
が引っ張る。
「いいぞ! 引っ張ってくれ!」
塔上で十和也が叫ぶ。それを合図に太田黒達は縄を引っ張り始めた。しかし、
縄はほとんど動かない。どうやら柵を通した点が、摩擦が大きく、うまく滑ら
ないようだ。
「もっと強く!」
十和也が一段と大きな声で叫ぶ。暗いので影しか見えなくなってきたが、そ
の表情は必死であろう。事件解決への執念と言うよりも、意地とプライドと言
うべきか。
しかし、最後には善次郎に私まで加わって縄を引いたのだが、縄は動かなか
った。
「もういいでしょう、十和也さん。男四人が引っ張ってだめなんだ。水車の力
で動くとは思えないが」
地天馬の声に、十和也の影は塔上でへたり込んでしまった。
「しかし、水車では無理だとしてもだな、何とか風車の方に連動させれば」
館に戻ってからも、十和也は食い下がっている。紙と鉛筆を持って、図を描
いてがんばっている。
「その辺りでおいといて、早く行こう。食事だって呼んでる」
比呂見が促すのだが、なかなか動こうとはしない。やっと腰を浮かした。
夕食の席は気まずいものがあった。自信満満だった十和也の推理が間違って
いたと分かり、また地天馬は誤りを指摘したものの、一向に事件解決へと動い
ていない様子だからである。
「何とかならないのですか?」
特にいらついているのは、この中島であろう。有名人のステロタイプな性格、
つまり、わがままさが鎌首をもたげてきたという感じだ。
「僕は明日までには解決します」
地天馬が言い切った。
「本当ですね」
「名探偵の僕が言うのです。間違いありません」
「そうだといいがね」
十和也が悪態をついた。が、地天馬は意に介さず、再度「間違いない」と断
言した。それから重ねて聞く。
「ところで中島さん。会社の方はどうなります? いつまでもこのままじゃあ
まずいでしょう」
「ええ。そうですので、話し合った結果、善次郎さんにお願いすることにしま
したわ」
才野が不機嫌な表情になった。跡継ぎがどうのこうのではなく、勝手に決め
られたのが腹立たしいようだ。
地天馬はそれを知ってか知らずか、質問し続ける。
「善次郎さんは引き受けられると?」
「ああ。そろそろ身を固めんとね。おっと、これは変な言い方だったかな」
「カメラの方はどうするんですか?」
「趣味の範囲にとどめておくことになるな」
「僕は善次郎さんのことを、カメラに対し、もっと情熱を持っている人だと見
ていましたが」
「心境の変化だよ!」
しつこい地天馬に嫌気がさしたのか、怒鳴り出した善次郎。怒気で顔面が紅
くなる。
「これはこれは失礼をしました」
大げさに礼をしてみせる地天馬。こいつの芝居っ気にも程度がある。場が白
けてしまった。そのまま食事は終わった。
「ちょっと気分が悪い。早めに眠らせてもらうよ」
とか言って、部屋に帰って来るや否や、ベッドにもぐり込んだ地天馬。
「おいおい。そんなことより、事件解決は大丈夫なのか?」
「気分が悪いのだ。速やかに出て行ってくれないか」
こう言われても私が残っていると、地天馬が物を投げる仕草をしたので、あ
たふたと部屋を抜け出した。
慣れてはいるものの、こちらもやはり不機嫌になる。風呂にでも入ってさっ
ぱりしようと思い、仕度をして浴室に向かった。
地天馬にどうやり返してやろうかと考えながら、ガラガラとすりガラス戸を
開けると、中に人がいた。
「何をするんだ!」
身体を隠すようにして叫んだ人の顔を見ると、野間双児。怒っているという
ことは、野間比呂見の方か。
「すみません。考えごとをしていたもんで」
素早く戸を閉め、謝った。しかし、どうしてこうも神経質になるんだろう。
暇で仕方がないので、才野の部屋を訪ねようと階段を上がると、丁度三階に
到達したところで、浜村が才野の部屋に入って行くのが見えた。邪魔するのも
野暮だと思い、引き返す。
となるとどこへ行こう。中島は善次郎と会社関係の細々とした話をしている
らしく、また太田黒もその席に同席しているようだ。コックや家政婦はそれぞ
れ忙しいだろうから、話相手になりそうなのは十和也しかいない。あまり好か
ないが、いないよりはいいだろう。
ところが部屋を訪ねると、十和也はいなかった。比呂見の部屋にもいないら
しい。こんな夜遅く、どこに行ったと言うのだ。
不安に捕らわれつつも自室に戻ろうとすると、浜村がやって来た。
「何ですか?」
「才野くんの話相手になってあげてください わたしが話相手になっていたの
ですが 気分がすぐれなくて」
ワープロで語る彼女の顔色は本当に悪い。仮病っぽい地天馬とはえらい違い
だ。とにかく、私はそれに応じることにした。
「地天馬さんはどうですか」
「どうって」
部屋に入るなり聞いてきた才野に、私は少しばかり戸惑った。
「寝ているよ。気分が悪くなったとかで」
「解決、大丈夫なんでしょうか?」
「さあ、ちょっと不安にはなるが」
私はそう言いながら、笑いそうになった。何故って、目の前の青年は地天馬
が「気分が悪い」というのを聞いて、解決できるかどうか聞いているのだろう。
私としては、仮病を使って怠けているらしい地天馬に解決できるかどうか不安
だという意味で言ったのだ。
それからしばらくミステリーの話をして、日付が変わる頃に森本が来たこと
もあって、私は部屋を退出した。
朝である。今日中に解決しなければならない。そう目が覚めた途端に考えた。
もし地天馬が解決できなかった場合、私が奮闘せねばならない。
「おはよう」
他人の気も知らないで、地天馬がやって来た。二人で食堂に降りる。
「おはようございます」
すでに起きていた太田黒が声をかけてきた。おかしな声である。
「どうかしたんですか? 声が変ですよ」
「いや、ちょっと議論になっちゃいまして。ご存じでしょう、昨日、私と奥様
と善次郎さんとで話し合ってたのを。最初は筆談だったのですが」
「どういういきさつで議論に?」
地天馬が興味深そうに聞く。
「実は野間十和也さんが、背信行為といいますか、ちょっとした書類操作をや
っていたようなのです」
「ほほう!」
「資産から何から、陣内グループの動かせる財産は全て自分の物になるように
操作していたんです」
「信じられないなあ。誰も気付かなかったんですか?」
「それが十和也は先生にべったりでしたから、よく分からなかったんです。恥
ずかしいことですが、私も先生に言われてあの男に色々な書類を渡していたの
です。それが失敗でした」
「それで、当の十和也さんは?」
「いないんですよ。野間比呂見さんの方にやかましく言ったんですが、昨晩遅
くからいないって言うんです」
「ああそうでした。昨日、私も十和也さんの部屋を訪ねたんですが、いません
でした」
私は思い出して言った。
「現在、比呂見さん一人で捜しています」
「それはまずい。僕らも捜しに行こう」
地天馬は私の腕を引っ張り、玄関に直行した。やれやれ、また捜索かと私は
うんざりした。しかし、次の瞬間、その心配はなくなった。比呂見が帰ってき
てこう言ったのだ。
「十和也が……死んでいます」
野間十和也の遺体は門の近くで発見された。正確に言えば、門に挟まれる格
好で発見されたのだ。門と門柱の間のレールを枕にし、横たわっている。しか
し実際は門に挟まれてはいなく、死因は拳銃による頭部破損であった。二発ほ
ど打ち込まれたらしく、滅茶苦茶に頭の形が崩れている。そして右手には拳銃
が握られている。
「これで十和也さんだと分かりますか?」
死因等を調べ終わった比呂見に対し、地天馬が聞いた。
「服とかは十和也の物ですし、体格も似ています」
気丈な態度で、比呂見が答える。
「それならいいですが。盗まれた物とかはありませんか?」
「ないと思いますが、言い切れません」
「ふむ。それで死亡推定時刻は分かります?」
「おおよそのところは。昨夜の十時から十二時までですか」
「なるほど。さて、問題はこの拳銃ですが、自殺とは」
「有り得ません。十和也はそんな性格ではないんです」
即座に言う比呂見。十和也の言動を見てきたせいか、妙に説得力がある。
「そうですか。第一の事件の凶器と同じとは考えられますか?」
「充分、考えられますね」
「もう一つ。十和也さんは右利きでしたか?」
「そうでした。子供の頃、私は左利きで食事なんかでよく十和也と肘がぶつか
り、喧嘩しましたから間違いありません」
答えを聞くと、地天馬は門を横に滑らしてみた。かなり楽に動くようになっ
ている。
「実験する必要が生じるかもしれない。遺体は早く蔵に運んでおこう」
私と地天馬とで遺体を蔵に運んだ後、館に戻った。
「食べ終わりましたところで聞いてください」
地天馬が切り出した。みんなの目が集まる。
「あ、まだ解決編ではありません。そこを承知しておくように。昨夜から行方
不明であった野間十和也さんが今朝、門の所で死んでいるのが見つかりました。
拳銃が凶器です。この拳銃は正一郎氏が死んだ事件と同じ凶器らしく、十和也
さんの右手に握られていました。しかし、自殺とは思えないのです。二発も弾
が発射されていたのですから。ちなみに拳銃は消音式で、弾は残っていません
でした」
「消音式ということは、銃声が聞こえなかったと」
才野が当り前のことを言う。
「その通り。うまくできている」
地天馬が言ったのだが、私には何がうまいのかもう一つ呑込めない。犯人の
うまさを言っているのだろうか。
「さて、お馴染みのアリバイ調べですが、いいですかな」
調べた結果、アリバイがあるのは才野の部屋で話していた私と才野自身だけ
だった。地天馬と浜村は眠っていたと言うし、比呂見は風呂の後、部屋に一人
でいたと言う。中島ら三人の話合いは午後十一時に十和也を呼びに行ったがい
なかったため、その時点で切り上げたそうだ。森本と吉野はそれぞれ忙しく働
いていたらしく、お互いに断片的な証言しかできない。
この後、再び門を調べることになった。
−以下13−