AWC 無角館殺人事件 (11)   永山


        
#600/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/ 9/ 7   7:45  (200)
無角館殺人事件 (11)   永山
★内容
「これは浜村さんのなくなったと言っていた……」
 私はジャージの上下を見つめながら言った。
「そうでしょう。川の辺りで見つけたんです、私が」
 十和也は自慢げにしている。まあ、無理もない。
「どんな風に落ちていたんですか。川の水に浸かっていたにしては、濡れてい
ないようですが」
「川の近くに落ちてたんですよ。何なら今から行きますか」
 そこでジャージが落ちていたという辺りへ行ってみることになった。
「ここだよ」
 十和也が指さしたのは、川のほんのすぐ手前の地面である。館からは相当離
れているとはいえ、発見されるのは時間の問題である距離だ。
「変ですね。ここまで来たのなら、いっそのこと川の中に放り込めばいいのに、
犯人は何をやっていたんだろう」
「浜村深百合を犯人と思わせたいんじゃないのかな、真犯人は」
「それじゃあ十和也さん。犯人はわざと発見されるようにここに置いたと」
「そうです」
 ここで私は少し考え、そして言った。
「犯人がここにジャージを捨てたのは、昨日の昼間から今朝にかけてですね」
「ほう、どうしてそう言えます?」
「昨日は朝から藤堂さんの騒ぎがあったでしょう。色々な場所を捜しまわりま
した。私と地天馬はこの付近も見たんですよ。でも、その時点において、ジャ
ージはここにはなかった」
「なるほど。納得ですな」
「ところで、川の下流の方は調べたんですか」
「いや、草ぼうぼうで通りにくい所があって、そこから先は行ってない」
「そうでしたか。では、昼食の後、何か道具を持ってそこから先も見てみませ
んか」
 私が言うと、十和也は面倒そうな顔をしたが、何度か言っているとしぶしぶ
ながら承知した。

 帰るとまだ地天馬は眠っているようだった。私が犯人なら、この機会に彼を
殺してしまうだろう。犯人は地天馬の怖さを知らないから、のほほんとこうし
て昼食に姿を見せているのだろうが(無論、誰が犯人かは知らない)。
 ジャージの発見を皆に伝え、後で浜村に確かめてもらうと、やはり見つかっ
たジャージは浜村の部屋から持ち出された物であった。血で汚れていたのだか
ら、当然ながら彼女は洗いたがったが、証拠品なのでそのままビニール袋に詰
めて置いておくことになった。
 川の下流の捜索は午後二時からとなったので、部屋に戻って少し休むことに
した。用心のため、部屋に鍵をかけ横になる。その途端に、ドアがノックされ
た。
「誰です?」
 ちょっと不機嫌になったのが、自分でもよく分かる。
「森本です」
 私は万が一、この家政婦が犯人であったときのことを考え、ドアに隠れるよ
うにし、鍵を解除してからノブを内側に引いた。
「あの、お隣はお休みのようですので、こちらにうかがったのですが」
 おずおずとした様子で言う森本。この人は犯人ではないな、やっぱり。
「はい。何か」
「私、今度の事件は鬼の仕業だと思うんです」
「鬼?」
 あまりの唐突なその言葉に、私は繰り返した。
「そうです。この島にある言伝え、お聞きになっていますでしょう?」
「それは太田黒さんから聞きましたが」
「だったら分かりますでしょう? 今度の事件みたいな恐ろしいこと、鬼以外
の何者に可能でしょうか。鬼は正一郎様の腕を引きちぎり、藤堂さんの身体を
持ち上げ、開いた窓から蔵の中に放り込んだんですわ」
 意外とこの女性は、迷信とか幽霊とか空飛ぶ円盤といった類を信じる質らし
い。
「そりゃ、その方が物語としては面白いですがね。鬼が拳銃を使ったりジャー
ジを盗んだりしますか。それに正一郎氏の腕は、あきらかに何か刃物で斬った
ものですよ」
「それはそうですけど、それでは誰があんなことをできると思います?」
 売り言葉に買い言葉になってきたな、と苦笑しながら、私は地天馬に聞いて
おきますとだけ言って、森本に帰ってもらった。
「しかし鬼とは面白いな……」
 思わず口に出して、また苦笑していると、私は確かめるべきことがあったの
を思い出した。蔵の中から壁を伝い窓を抜けて外に出られるかどうか、という
あれだ。早速、蔵に向かう。
 蔵の内には二つの遺体が列べてあって、あまりいい気持ちはしない。が、調
べぬ訳にはいかない。
 壁に手を触れてみる。古い割には丈夫なようで、これなら力をいれても簡単
には崩れまい。次に上を見る。色々と棒やら梁やらが突き出ており、手足を引
っかけるのに役立ちそうだ。とにかく手近の一つに手をかけた。と、その途端!
その棒っきれは崩れ落ちてしまった。それによく見ると、棒には釘があちこち
に出ていて危なくてしょうがない。
「壁は頑丈でも、骨組みがだめですか」
 いきなりの声に振り返ると、野間の二人がそこにいた。
「どうしたんですか?」
「いや、あなたと考えたことは同じだったみたいで」
 比呂見と思われる方が、笑いをこらえるようにして言った。ふと、自分の姿
を見てみると、私は上半身のほとんどにほこりを被っていた。
「うわ、こりゃひどいや。また着替えなくちゃならない……。それで、私と同
じように考えたあなた方は、私が悪戦苦闘しているのをそこで黙って眺めてい
たと」
「あまりにもご熱心なもんで、声をかけるのも悪いかなと思ってね」
 今度は十和也だ。
「まあ、よかったじゃないですか。壁伝いに外に出るってのは不可能だと分か
ったんだから」
 変な励まされ方をして、私は外に出た。もうすぐ二時だったので、着替えず
にこのまま捜索に向かうことにした。

 今度の捜索は私と野間双児の三人だけである。草を鎌でかき分けかき分け、
川に沿って進む。
「聞き忘れていたんですが、ジャージ以外は何も見つからなかったんですか?
例えば井戸の中からとか」
「何も。井戸は一度、何か掘り返した跡みたいなのがあったそうです。太田黒
さんがどんどん掘っていっちゃったから、痕跡はありませんが」
 結構重要な事実を言ってくれないのは困る。今、知ったからいいようなもの
の。ところで……。
「蛇とかいるんですか」
 急に不安になって、私は二人に聞いた。
「僕らは見たことないですが、コックや家政婦はあるみたいです。そんな話を
いつだったか聞きました」
「毒とかは……」
「さあ。血清くらい用意してるんじゃないですか」
 何だか嫌になってきた。殺人事件のさなか、蛇に咬まれて死んだとあっては、
滑稽であろう。
「あ、何かあそこに!」
 叫んだのは比呂見。その指し示す方向には、何やら白い物体が水の中で揺ら
めいている。
「ひょ、ひょっとして、腕じゃないか?」
 十和也がつぶやいた。そうだ、腕だ。正一郎の右腕に違いない。さほど大き
くない川だが、その腕らしき物は川の中央にあったので、簡単には手が届かな
い。仕方なく、鎌を使って引き寄せた。
「うわぁ」
 十和也がそれだけ言って、絶句してしまった。確かに気持ち悪い。まだ原型
は保っているようだから、水に漬けられてから時間が経っていないのだ。右の
腕であった。
「手で持って帰ります?」
 比呂見が聞いてきた。それはできない。そこで野間十和也が一度館に行き、
何か袋を持って戻ることになった。その間、私と比呂見はもう少し先を見てお
くのだ。
 だが、先を見ようと少し進んだだけで、それは終わってしまった。川が地下
に消えているのだ。ここから地下水脈を通り海に続いているのだろう。
「よし、引き返しますか」
 そうして十和也が用意した袋に発見した腕を入れ、館に戻った。

「川の下流域で、切断された人間の腕を発見しました。正一郎氏の腕とみられ
ます」
 こう全員に伝えた。四時を回っていたので、地天馬も起きてきていた。彼に
はジャージ発見のこととかも告げてやった。
「中島さん、ご確認をお願いしたいのですが、蔵の方まで」
「……」
 黙って立ち上がり、太田黒に付き添われながら蔵に向かう中島。やがて戻っ
てきて、
「間違いありません」
 と証言した。
「どこで分かります?」
 十和也が聞くと、中島は怒ったような声になって、
「夫の身体の分からぬ妻がどこにいますか!」
 ときた。正一郎が死んだ直後は、こうまで感情的ではなかったと思うのだが。
「まあ、他に腕が切り取られた人はいないんですから、間違いないでしょう。
それよりも折角の発見が、犯人逮捕へと結び付いていないようなのが、私は歯
がゆいのですが」
 太田黒が言った。
「その通りです。僕としてはここで事件に終止符を打って欲しいんですが」
 才野が地天馬の方をちらっと見ながら言った。名探偵へ寄せていた信頼が、
少し揺らぎ始めたか。
 当の地天馬は、何も言わずにいる。
「皆さんが頼りにしておられる名探偵は、お疲れのようですな」
 十和也が煙草をふかしながら、嬉しそうに言う。
「あなたはどうなんですか。事件は解決できたんですか」
 才野が身を乗り出し加減に言った。作家・野間を好きであるはずの才野だが、
ここにきてその関係も崩れたのか。今まで手話で中島に話を伝えていた浜村が
それをやめ、才野をとめに入る。
「犯人が誰かなんて、まだ分からんがね。執事の藤堂さんが死んだ事件の謎は
解いたつもりだ」
 ふふんと鼻で笑い、大きく出た野間十和也。
「ぜひ、聞きましょう」
 才野がすぐに受ける。他の人も急に興味を持ったようで、聞き耳を立てるか
のようにテーブルに身を寄せた。
「地天馬さん、いいのかな?」
 十和也が地天馬の方を見ながら言った。相変わらず、地天馬は沈黙。
「もういいですから、早く話してください」
 中島が叱るような調子で叫んだ。十和也は地天馬の真似のつもりか、肩をオ
ーバーにすくめてから、話し始めた。
「はいはい、女主人様。あの事件で藤堂さんは、いわゆる密室の中で発見され
た訳ですが、厳密な意味での密室ではありませんでした。ご存じの通り、高窓
が開いていたからです。犯人はここを利用したのでしょう。開いている窓から
藤堂さんの身体を投げ入れたのです」
「それじゃあ、藤堂さんの身体を持って縄梯子か何かで壁を上ったとでも?」
 太田黒が口を挟んだ。それをうるさそうに顔をしかめ、話を続ける十和也。
「どうか黙って聞いていてください。犯人はロープか何か、とにかく丈夫な紐
の先におもりを付け、投げ縄よろしく窓から投げ入れたんです。窓は館に向い
ている方のです。もちろん、手元に縄が残るように投げます。手元に残った縄
の端を藤堂さんの服に通します。首筋から入り、腰に抜けるように。それから
もう一本、縄を用意しておき、それは藤堂さんの身体に軽く巻き付け、その端
を地面に固定します。そうしておいてからその縄を蔵の屋根越しに投げ、展望
塔・水車のある側の地面に着くようにします。その縄の端を引っ張って行き、
水車に結び付けます。雨で勢いが増している水車はどんどん回転し、縄を引っ
張ります。やがて藤堂さんの身体が浮き上がり、高窓の位置に達します。その
瞬間、犯人は地面に固定しておいた縄を切る。すると藤堂さんの身体は残った
蔵の中に続く縄の方に引かれ、蔵の中に落ちて行きます。縄を回収して終わり」
 十和也はどうだという風にみんなを見回した。
「何だか、あまりに機械的で分かりにくい」
 善次郎が言った。私としては分かりにくいことはないと思うのだが、図があ
った方がいいとも思った。
「そのやり方じゃあ、無理だよ」
 地天馬だ。聞いていないように見えたのだが、やはり聞いていたのだ。
「何だって? どうしてだい」
 十和也の声に地天馬は立ち上がり、つかつかと十和也の横に歩み寄った。
「な、何だよ」
「何度も言おうと思っていたのだが、我慢してきたんだぜ。煙草はやめて欲し
い。特にここにはしゃべることのできない人もいるんだ。喉にくる」
 地天馬は相手の煙草を取り上げると、灰皿でもみ消した。十和也はややあっ
けに取られた感だ。地天馬は指の先を払うようにしてから、口を開いた。
「さて、何故こちらの弁護士のおっしゃったやり方ではまずいのか。簡単です。
水車の位置が低く、角度として蔵の高さにある縄は引っ張れないのであや"コす」

−以下12−




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