#588/3137 空中分解2
★タイトル (DRH ) 90/ 9/ 5 12: 5 ( 92)
短編>「季節」/Tink
★内容
「季節」
壁にかかっている時計の針が7時を示すと同時に、このマンションに入居した時
買ったミニコンポから、目覚まし変わりの軽快な音楽が流れてくる。
うとうとしながらも、必死におきようとするんだけど、なかなか起きられないの
は、ひとえにあたしか貧血気味のせいなのかしら?
そんなことを考えながらも、更にうとうとしていると、いつの間にか時計の針は
20分進んでいた「「。
とにかく、気合いを入れ、身体を半分起こしてブラインドを一杯に上げると力一
杯に延びをする。
窓をあけるとひんやりとした空気が流れ込んで来て、秋という名の訪問者の存在
を改めて実感した。
フローリングの床一面に広げられた、未完成のジグソーパズルを踏まないように
気をつけながらキッチンの方へ行くと、冷蔵庫から冷えたミルクを取り出し一気に
飲み干す。
いつもと同じ、日常的な朝だった。
一人暮らしも、始めた頃はなにもかもが楽しくてしかたなかったけど、それすら
日常と言う名のマンネリズムの輪に加わっていった。
しばらく壁にもたれ掛かり、読みさしの週刊誌をめくっていたけれども、あまり
にも気分が冴えないので、何をするでもなしに、出かけることにした。
ミニコンの音楽を止めると、車のキーを持ち、部屋の鍵をしめると、駐車場へと
向かう。
いつも思うことなんだけど、駐車場はあまりにも寂しげだ。
コンクリートの壁が、冷ややかな雰囲気を醸し出してるせいなのかしら?
車に乗り込み、エンジンを掛けると微かな振動が伝わって来た。
ポーチからオリジナル編集のテープを取り出し、カーステレオにセットすると、
流れ出す静かなメロディ。
ゆっくりと車を発進させると、駐車場を出る。
取りあえず、車に乗っている時は気分が晴れる。
後方へと流れていく、街の景色がとても綺麗だもの「「。
とにかく明日、雅之は日本に帰って来る。
4年ぶりになるのかしら?
何かを求めて彼は、日本を離れた。
『すぐに戻ってくるさ「「』
そう言った、彼の瞳は夢と希望に満ちていた。
あたしに、止めることなんかできる訳が無かった。
ただ、優しく見送ることだけしが‥‥。
あの日から、あたしの心にはまるで、風穴が開いてしまったように、風が通り抜
けていた。
からっぽの心はいつまでも満たされることなく、何かを探し続けていたように、
思える。
そんな時間も、一年、二年と過ぎ去って行き、いつのまにか日常の中へと溶け込
んで行ってしまった。
それはいつしかマンネリズムとなり、なにもかもが同じことの繰り返しのような
感じさえする。
感覚の麻痺「「。
まさにそうだった。
しかし、今、あたしの中の止まっていた時計の歯車が、しっかりとかみ合い、そ
して、ゆっくりと動き出す。。
それは全ての始まりの予感だったのかもしれない。
★
次の日、あたしは空港へと車を走らせる。
眠い目をこすっているのは、昨日なかなか寝つかれなかったから。
まるで、遠足の前日の子供のように、胸がドキドキして、なかなか寝つかれなか
ったのだ。
だけど、頭だけはいやに、冴えていて、色々な想いだけがぐるぐると、頭のなか
を駆け巡る。
車の窓を開けると、朝の冷たい風が流れ込んで来て、とても気持ちがいい。
しばらく心地よい風にあたりながら、車を走らせる。
あたしは、季節の変わり目が好きだった。
夏でもなく、秋でも無い‥‥そんな、中途半端な季節。
だって、それは中途半端なのかも知れないけれど、季節の変化を約束してくれる
のだから。
だからと言って、別に中途半端なのが好きな訳ではない。
あたしは、今まで大学の微温湯のような生活にどっぷりとつかっていた為なのか、
いつの頃からか、変化を望むようになっていた。
単調な時間は、ただ、ただ、けだるいだけで、なかなか流れてくれないから。
それならば、常に変化があった方がいい。
夢も希望も遥か遠くに見え隠れしている自分にとって、ただ、求めるものが、
変化なのである。
そして、今、やっとあたしの時間が動き出したのだ。
それはすぐに止まってしまうかもしれないけど、とりあえず今は確実に動いて
いるんだものね。
しばらくそんなことを考えながら走っていると、空港に到着する。
車を止めるとキーを抜き、正面入口の方へと歩いて行く。
9月の中頃の平日なだけあって、辺りはサラリーマン風の人が慌ただしく行き来
している。
めまぐるしく動き回る人の中に視線を移すと、懐かしい顔が瞳に飛び込んできた。
目と目が会い、あたしは軽く微笑むと、真っ直に雅之の方へと歩いて行った。
あたしは、見上げるように雅之の顔を見上げると、ゆっくりと口を開く。
「おかえりなさい‥‥ひさしぶり‥‥ね」
「ああ、ただいま」
軽く微笑んだ雅之の顔が眩しくて、ただ、とても嬉しくて、ふいに涙が溢れ出しそ
うになる。
それでも必死に涙をこらえ、精一杯の笑顔を作る。
そして今、あたしの季節が変わろうとしている「「。