#576/3137 空中分解2
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U宮田氏の死の理由(1) 男爵
★内容
日は既に赤く染まり、夕刻であることを示し、それに照らされたビルの合間に
は帰路を急ぐ背広姿が群がっていた。
そして、その光景を眺めている男が居た。その男はビルの三階の窓から楽しそ
うにこの光景を眺めていた。その窓には”中崎探偵事務所”と塗られいる。男は
窓のそばの椅子に座り、両手の指を軽く突き合せていた。この男は中崎正雄とい
い、つい最近この事務所を開いた。その中崎はさっきから路地を綿密に観察して
いた。
やがて、目的の人物を発見したのか、にやりと笑って、椅子を回転させ机の方
をむいた。
この事務所は窓際に大きな机が置いてある。その机の向かいには木で出来たド
アがあった。机の前には応接セットと呼ばれるソファとテーブルが置いてあり、
それが部屋の大部分を占有していた。そして、机の脇には灰色の事務机があり、
その上にはパソコンが置いてあった。
ガタン、という音と共にドアは開かれ、男が一人入ってきた。その男は下品な
顔をにやつかせていた。その男の顔は頬骨がでていたり、えらがでていたりと顔
の起伏の激しく、頬にはにきびの跡らしき陥没が幾つかみられた。しかし、その
男の下品さはそれらから醸し出されているのでは無く、むしろ彼の口に原因があ
った。口は横に広がり、唇は分厚かった。特に下唇は分厚く、上唇の二倍はあろ
うかというくらいの厚さだった。その男の名は増田康夫といい、中崎の助手をし
ていた。
「おい、増田。入ってくる時はノックぐらいしろと言ってあるだろう。客が来
ていたらどうするんだ。」
と中崎は言った。
「わかったよ。次回からは気を付けよう。それより、調査終わったぜ。」
そう言うと増田は机に歩み寄り、紙束を机に放り投げた。中崎はそれを拾うとす
ぐに目を走らせた。
「ふん、ふん、上出来だ。これで、俺の調べたやつと合わせると完璧だな。」
そう言うと中崎は書類を机に2、3度軽く突くと、机の中から書類とカセットテ
ープをだし、増田の持ってきた書類と合わせ、机の上に置いた。
「なにしろ初仕事だからな。気合いを入れないとな。ところで前から疑問に思っ
てたんだが、一文なしのおまえがなんでこんな立派な探偵事務所を持てたんだ?」
と増田は言った。
「錬金術さ。」
と中崎は言うと、いたずらっぽく笑った。そして、右手を鈎状に折り曲げると
「金ってものはあるところにはあるもんだな。」
と言った。
「おまえ、盗んだのか?」
「失敬なこと言わないでくれ。世間にだせない金だから俺が有効に使ってやった
のさ。」
「有効にねぇ・・・。おまえらしいやりかただ。」
「そんなことより、そろそろ依頼人がくるんじゃないか。」
と中崎が言い終わらない内に、ドアからノックの音が聞こえた。
「グッドタイミングだな。」
と増田が驚きながら言った。すると中崎はにやりと笑い、
「偶然じゃないぜ。さっき事務所の前の銀行に入ったのを見たから、計算して
いったのさ。」
と言った。増田は中崎の自慢げな顔を横目で見ながら、客に入るように言った。
客はドアを開け、その前に立った。中崎がソファに座るように手で促すと、客
はためらう様にソファに座った。ソファ座り心地が悪いのか、しばらく体をゆ
らしていた。
「山田さん。ご依頼の件、ちゃんと調べておきましたよ。」
と中崎は言った。すると山田と呼ばれた客は怯えるような顔で中崎を見つめた。
この山田と言う紳士が中崎の事務所を訪れたのは調度一週間前だった。その
日は風が強く、暑い日だった。そして中崎が事務所を開いてすぐのことだった。
中崎が先のようにソファに座らせると山田から切り出した。
「あ、あの・・・、秘密は守ってくれるんですか?」
山田は気弱で真面目そうな中年男性だった。その山田を中崎は食い入るように
観察していた。
「勿論です。依頼主の秘密は厳守します。おい!増田!お客さんにお茶をお出
しして。」
「あ・・・、いえ、結構です。それより・・・。」
山田が言おうとするのを中崎は手で押さえて、
「まぁ、まぁ、僕が当てて見せましょう。」
と言った。
「まず、浮気関係ではありませんね。あなたは忠実で、あなたを愛している奥方
と娘さんがいます。だから浮気調査はない。それに犯罪関係でもない。あなたの
ような真面目な方が犯罪を犯してもすぐに捕まるし、巻き込まれてもこんな探偵
に頼まず警察に頼むでしょう。後は見合い相手の調査でもない。一番大きな子供
でもまだ十代後半でしょうからね。ということは残る会社関係ですね。しかも、
個人的なことだ。なにかへまをやったとか。誰かに裏切られたとか。そんなこと
ですね?」
中崎がそう言うと山田は真っ青になった。そんな山田をみて中崎は髭もないのに
顎髭を撫でるような仕草をした。山田は恐る恐る言った。
−−−(2)へ続く−−−