#574/3137 空中分解2
★タイトル (LCH ) 90/ 8/30 15:56 ( 98)
帝国(2) 男爵
★内容
車は何の支障も無く軽快に走っていた。この小さな車の中には、身を小さくして
座っている浅井がいた。そして、その隣には若い女性が乗っていた。その女性はカ
ー・ステレオを聞きながら運転していたが、時々浅井をちらちら見ているようだっ
た。浅井はそんな彼女を全然意識せずに、ただ流れていく風景を見ていた。
(それにしても、奇妙なもんだ。見ず知らずの女性に声を掛けられ、小さな車に乗
せられるなんて。)
そう思った時、突然、隣の女性が話し掛けてきた。
「ねえ、今日のあなた変よ。いつもは、私が何にも言わなくても話してばかりいる
のに今日は全然話さないじゃない。」
「そ、そうかい。」
(しまった。不信感を持たれたかな?しかし、話せと言われても話すことなどなに
もないし・・・。)
そう思い、浅井はそのまま黙っていたが、まだ彼女は浅井の方をちらちら見ていた。
(そうだ。名前を呼べば少しは不信感が和らぐんじゃないか?)
「吉田さん・・・。」
「はい?」
吉田ははごく自然に返事をした。
(どうやらあっていたみたいだな。)
「なに?」
「あ、いや、別に・・・。」
「やっぱり、あなた今日は変よ・・・。」
吉田は疑うような目付きをしながら言った。
(駄目だ。これ以上何か言うと、ぼろが出そうだ。)
そして、また目を流れる風景に向けた。
やがて、浅井の目には学校らしき大きな建物が入ってきた。すると吉田は車を道
路の脇によせ車を止めた。そして、浅井に言った。
「ここで、降りて。生徒に見られたら・・・、ねえ?」
(なるほど。)
浅井は、ドアを開けるのに手こずったが素直に車から降りた。そして去っていく車
の後ろを見ながら、学校へと歩いていった。
浅井は机が並ぶ職員室に自分の席に座っていた。今は昼食の時間で、浅井の混雑
している机の隙間に学校の給食が置かれていた。浅井は頬杖をつきながら箸で給食
を突いていた。右隣には偶然ではないだろうが、吉田が座っていた。吉田は給食を
脇に置き赤ペンを握って、何かの添削をしていた。浅井はしばらくその様子をみて
いたが、あまりにも機械的なので、うんざりしてしまった。そして、再び給食を突
いていた。
(あ〜、疲れた。午前中はなんとかぼろを出さずに済んだが、これからはどうだか
自信がない。それにしても、日本は負けたのだろか。英語の授業が有るって事はア
メリカの属国になったて事だろうか・・・。)
浅井は後ろを向き、自分の後ろにある窓から校庭を見た。校庭では、サッカーでも
やっているのだろうか、坊主頭の少年たちがボールを必死におっかけていた。
(しかし、この学校を見ていると日本が勝ったような気がする。あのアメリカが生
徒たちを坊主頭にしたり、厳しく統制するのを許す筈がない。)
そして、また机の方に向かい、飯を突きはじめた。しばらく飯を突いていたが、
今までの緊張が尾をひいているのか、全然食が進まなかった。
「浅井先生、なかなか進みませんわね。」
何時の間にか添削が終わったのだろうか、吉田が頭を浅井に向けて言った。浅井は
不意の質問に驚き、突くのをやめた。
「ええ、ちょっと胃の調子が悪くて。」
「いけませんわね。午後からは体育祭の全校練習がありますから、食べておかない
と、ばてちゃいますよ。」
「え?体育祭の練習?」
「ええ、知らなかったの?」
「全然。」
浅井がそう答えると、吉田はやれやれ、と言う顔をしながら、自分の机の一番目の
引き出しを開けた。浅井の机と違いかなり良く整理されているらしく、目的の物を
すぐに見つけ出した。それはわらばん紙で達筆の字で体育祭の練習についての詳細
が書かれていた。吉田はそれを浅井の机に置き、
「一週間も前に渡されたんですから、しっかり読んでいてくださいよ。」
と言って、自分の机にむかい、食事をはじめた。浅井はその紙を拾い、給食を突き
ながら読みはじめた。
すでに昼休みも終わり、生徒たちはすっかり校庭に整列していた。校庭には灰色
の砂利がひいてあり、その上に男子の青い坊主頭と女子の黒いショートカットが縞
になっており、400mトラックを示す茶色のロープがその周りを囲っていた。
生徒たちは全員、校舎側の半分錆びている鉄の台を向いていた。その台にはマイ
クが一本置かれており、そこで白いTシャツと青いトレパンをはいた、たくましい
男が声を振り絞って指示を与えた。 その台の左右には老若男女の教師がしかめっ
つらして、立っていた。浅井はその右の端にいた。
(それにしても、よく訓練されている生徒たちだ。)
体育教師の指示が終わると、生徒たちはトラックの校庭側の直線コースの左端に
行進用の隊型に並び直させられた。行進用の隊型は各クラス4列に、左前から右後
ろへ生徒の背が低くなっていく隊型だった。
生徒たちは、朝礼台に立つ体育教師の怒鳴り散らす声にしたがって、規則正しく、
順々に、行進していった。その行進は見事な物で、体育教師の「おいっち、にー、
おいっち、にー」と言う掛け声で足並みを揃えていた。勿論、テンポがずれている
生徒もいたが、大部分はきちんと足並みを揃えていた。そして、行進している時で
も前後左右の間隔を一定に保っていた。当然のことながら、話もせず皆、体育教師
の怒鳴り声に脅えながら、真剣にやっていた。浅井はその光景を腕を組んで、満足
そうな笑みを浮かべて見ていた。
(やはり、日本は戦争に勝ったな。そうだ!大日本帝国が負ける筈がない。)
やがて、最後のクラスが所定の位置に整列すると、開会式の練習が始まった。似
合わない運動着を着た中年の男が台に上がり、少し照れながら形式道りの事を言い、
足早に台から降りた。そして、例の体育教師が、
「国旗掲揚!」
と叫ぶと、教師達と交じって並んでいた4人の生徒がそれぞれ日の丸の端を持ち、
台の真後ろにある銀光りするポールに持っていき、そのポールのてっぺんからぶら
さがっている縄に、日の丸の端についている金具を取り付けた。すると、”君が代”
が流れてきた。その生徒達は音楽にあわせて、ゆっくりと縄を引き、日の丸を上げ
た。校庭じゅうは静まり返り、誰一人として、音をたてる者はいなかった。浅井は
上がる国旗をうっすら涙を浮かべて見つめていた。
(そうだ、日本は勝った!)
そして、国旗が上がりきり、曲が終わった時、浅井は憑かれたように大きな声で叫
んだ。
「天皇陛下、万歳!大日本帝国、万歳!・・・・・・・・」
繰り返し、繰り返し叫び。繰り返し、繰り返し万歳した。
−−(3)へ続く−−−