#573/3137 空中分解2
★タイトル (LCH ) 90/ 8/30 15:50 ( 99)
帝国(1) 男爵
★内容
(俺はいったいどこにいるんだ?)
浅井は、部屋の真ん中に立ちすくんでいた。その部屋は六畳程の大きさで、黒い
机とパイプでできたベッドが大きな割合をしめていた。それぞれは浅井の背後と浅
井の右足の隣に位置していた。黒い机の脇にはベランダに通じる大きな窓があって、
白いレースのカーテンがひかれていた。窓はそれだけでは無く、ベッドの置かれて
いる壁側に曇り硝子がはめられおり、曇り硝子は朝日を向かいの壁に投げ掛けてい
た。
(日本なのか?気でも違ったのかな?俺は昨日、赤紙で徴収されて・・・。どうな
ってんだ?)
辺りをきょろきょろ見、そして視線を自分に向けた。浅井は半袖の紺の縞の入っ
たワイシャツを着、紺色のズボンをはいていた。そして、左腕には茶色い皮のビジ
ネスバッグを抱えていた。
(西洋人のような格好だな・・・。帝国軍人としてあるまじき格好だ。)
浅井は自分の体であるのを確かめるように両腕を上下させた。
(死んでいる訳でもないらしい・・・。どういうことか分からんが、ここは今まで
いた大日本帝国ではないらしい。とりあえず、鞄と服を調べてみるか。)
浅井は床に座り込み、鞄を開けると、それをひっくりかえした。床に散らばる物を、
貪るように調べた。中には、本が数冊とシステム手帳と財布が入っていた。浅井は
それをひとつ、ひとつ丹念に目を通した。
(この本は中学生の教科書らしいな。俺は教師らしい、まさか生徒ではあるまい・
・・。ははん、やっぱりだ。手帳の住所録の最初に学校の住所が書いてある。次に
は女の名前が書いてある。”吉田律子”・・・。親族ではないな、恋人かな?俺も
結構抜け目がないな。後は知人の名前か・・・。さて、財布か。変な板が入ってる
な。木でも鉄でもない。ん!運転免許証?これは俺か・・・。俺の写真が貼ってあ
る。なになに”本名:浅井祥介、現住所:X県Y市Zマンション510号室”。Y
市か、俺の生まれ故郷だ。ついてるな、Y市ならだいたいわかる・・・。まぁ、こ
れで、だいたいここにおける俺の立場は分かった。今度は世間の状況を調べなきゃ。
新聞でも、あればいいんだが。)
浅井は立ち上がり、部屋の中を首をゆっくり振りながら歩き回った。その歩は黒
い机前で止まった。机の上には本立てが奥の方にあり本がびっしり詰っていて、そ
の手前には乱雑にたたまれた新聞があった。浅井はその新聞を奪うと、熱心に読み
始めた。
(ふん、ふん、あまり良く分からんが、たいていの記事は日本を中心に書いてある
ということは、ここは日本なのか。”1990年平成2年9月13日(木)”・・
・。1990年というと、48年後の未来に来てるってことか・・・。じゃあ、と
っくに戦争は終わっているはずだ。日本は勝ったのだろうか?ん?それにしても、
平成って言うのが新年号らしいな。それなら、天皇陛下はご崩御されたのか・・・。
いかん、いかん、ここで、しんみりしてもしょうがないぞ。)
浅井は新聞を置くと、机の脇の窓に目をやった。そして、その窓からベランダに
出た。部屋が5階にあるため、ベランダからはY市の町並みが一望することができ
た。浅井はベランダの柵に寄り掛かり、大きく朝の空気を吸った。ベランダからみ
るY市はあまりいい光景では無かった。灰色のコンクリートが視界の大部分をしめ、
その合間からは暗いアスファルトと排気ガスをまき散らす車が見えていた。更に悪
いことに色気も何も無い電線が、無秩序な光景をさらに下品に見せていた。しかし、
浅井はそんな光景をもの珍しげに、食い入るように見ていた。
(これが、Y市か・・・。俺は本当に未来に来たみたいだ。俺がまだ幼い頃は江戸
の時代からの建物が幾つもあって、いかにも城下町という感じがしていたが、すっ
かり未来都市になっちまって・・・。それにしても俺には今のY市が分かるだろう
か。昔とは地名がだいぶ違ってきたんじゃないか?いや、いや、そんなことを言っ
ても始まらない。)
浅井は柵から自分の体重を戻し、また部屋に入っていった。そして、ちらかして
あるビジネスバックを元のように中身を戻した。そして、ズボンのほこりを払う仕
草をし、ビジネスバックを左手に抱えた。
(戻れる見込みは全然無いらしいな。ならば、職場に行かなければ、飯も食えない。
どうやら、俺はここで生活せねばならないらしい。)
浅井は背筋を伸ばし、玄関へ行った。そして、手入れのされている黒革の靴を強
引に履き、ドアを開け、廊下に出た。そして、左右を見て、階段のある左へ歩いて
いった。その一歩を踏み出した途端、隣の部屋から青いごみ袋両手にを持った中年
女性がでてきた。中年女性は浅井を見ると、
「おはようございます。」
と言って、軽く会釈した。浅井はそれを見て、右手を上げ敬礼のポーズをとろうと
したが、慌てて会釈をして通りすぎた。数歩進んだところで、振り返ったら中年女
性も振り返ってこちらを見ていた。一瞬浅井は戸惑ったがすぐに会釈をした。する
とむこうでも会釈をして、反対側へ首を傾げながら歩いて行った。浅井はそれを見
て、鼻から息を大きく出して胸をなでおろす動作をした。
(危ない、危ない。もう少しで敬礼するところだった。それにしても、あのおばさ
んに変だと思われただろうか・・・。まぁ、思われたとしても俺が過去からやって
来たなんて分かるまい。)
そう思うと浅井は再び歩きだした。まっすぐ歩いていくとエレベーターがあった
が浅井はそれを無視してその奥の階段を使った。階段を足早に降りると、白い床の
ロビーについた。外へ通じるドアは階段の正面にあり、浅井はまっすぐにそれに向
かい、そのドアを開けようとした。しかし自動ドアだったために、開けようとした
手はすっかり遊んでしまっていた。
(なんで、勝手に開くんだ?誰かに見られてないだろうな。)
浅井は誰かいないか確かめるように辺りを見たが誰もいなかった。それを確認する
と足早にそこを去った。
浅井はアスファルトの道をまわりをちらちら見ながら歩いていた。
(学校の住所ではこっちでいい筈だが。)
浅井の歩いている道は自動車二台が通るのには少し辛い位の道だった。道路には車
道と歩道を別ける白線が引いてあったが歩道はないのと同じぐらい狭かった。そし
て、道路の脇にはゆうつな灰色の電信柱が一定間隔で突っ立ていてた。この道は商
店街の道らしくシャッターが閉まっている店が並んでいた。 浅井はしばらく歩い
ていると、赤い軽自動車が浅井の近くでクラクションを鳴らすと、浅井の少し前で
停車した。そして、左の方の車の窓を開けると、運転手の女性はそちらのほうへ上
半身を倒し、浅井に話し掛けた。浅井は調度その横にいた。
「浅井君、珍しいわね。歩いてくるなんて。車、故障でもしたの?」
「あ・・、ああ。」
浅井はちょっと驚いた風だったが、話し掛けてきた女性を観察しながら言った。そ
の女性は若くて髪が長く、美人と言うよりかわいらしいと言った方がぴったりな感
じの女性だった。
(誰だ?この女は・・・。住所録にのっていた吉田とか言う女かな?)
それ以上話さない浅井に痺れを切らしたのか、その女性は自動車のドアを開けて言
った。
「歩いてなんか行ったら、遅刻するわよ。さぁ、乗って。」
「あ、ありがとう。」
礼を言うと、浅井は身を縮めて車に乗った。
ーー(2)へ続くーー