#571/3137 空中分解2
★タイトル (DRB ) 90/ 8/29 1: 4 (171)
御存じ・元祖・思想のない「随筆」ですいません その1
★内容
「随筆」大騒ぎシリーズ第九弾 くり えいた
遺伝子の直感で大騒ぎ
残暑である。記録的猛暑である。ここは埼玉県狭山市の稲荷山公園である。米
軍キャンプの跡地である。今はただガランとした人気のない野っ原である。夏バ
テに加えて入梅時から持病の欝を抱えた私は、重い体を引きずりながら八月最後
の日曜日を、このやたらだだっ広い自然の中で家庭サービスに費やした。
一才を過ぎた長男をベビーカーに乗せ細君が押す。私が三才になった長女の手
を引き、遊ぶのに適当な木陰を捜して歩く。どこにでもある絵に描いたような家
庭サービスの一風景である。
なぜ家族にサービスしなければいけないかというとささやかな罪の意識がある
からである。なぜ罪の意識があるのかというと、昨日の土曜日に仕事だと嘘をつ
いて出かけていたからである。場所は新橋のビアガーデンである。私の趣味であ
るところのパソコン通信の仲間の会合である。初めて会う人達ばかりである。私
は日陰になった芝生の上にビニールシートを広げながら、昨日の事を頭の中で噛
みしめていた。窓が閉鎖され、薄汚れた米軍のクラブハウスが寂しげに目に映る。
つわものどもが夢の跡である。
・・・昨日の出来事・・・・ビアガーデン主催の催し物「ランバダショー」で
ある。
今年映画にもなり、マスコミが盛んに喧伝したあのラテン系のダンスである。
それは会合のメンバーである紳士たち十名の落ち着いた歓談中に、突然降って湧
いたように襲いかかった。
いきなりこの夏どこにいても有線で聞かれたあのリズム、あのメロディーであ
る。同時にあの例のコスチュームに身を包んだ三人の外人南国娘が中央に設けら
れた舞台ではなく、客のテーブルのまわりに現れたのだ。呆然とする客達をよそ
に、ほとんど性器と肛門しか覆っていないのではないかと思われるような布切れ
をくいこませたお尻を振りながら、客の中から踊るパートナーを選び始めたので
ある。
選ばれた哀れな黄色い小羊達のある者は照れながらも赤ら顔をさらに上気させ
て褐色の肌にしがみつき、またある者は修行中の苦行僧のような顔をして黒髪の
彼女のリードにネクタイを揺らしている。当然逃げる客もいる。それが二、三分
毎にパートナーを代え、一番遠くの方にいた私たちのテーブルの方にだんだん近
づいて来るのである。
「迫り来る不安、忍び寄る恐怖」とはまさにこのことである。
元気に酔っぱらっている人ならばいいだろう。しかし私はまったくアルコール
類がダメなのである。ビアガーデンに来て、ただ一人ビールの泡しかなめていな
い私は、しかも欝状態なのである。
舞台の上では芸人くずれのような司会者が場を盛り上げようと、さかんに囃し
立てる。「ほらほらお客さん元気ないよっ。」「外人に声をかけられて恐がって
るようじゃ、日本男児じゃないよ。」などと民族的劣等感を刺激するような発言
を繰り返す。よくテレビドラマに出て来る進駐軍の通訳を務めるいやみな日系二
世のような無責任な奴である。そうこうしているうちについに「あでやかラテン
娘」は緊張で微動だにしない我々のテーブルの前でにその豊満な乳房を揺らし犠
牲者の人選を敢行していた。
彼女の手が伸びたかと思うと私の・・・・・・右隣の仲間の肩にかかる。マニ
キュアの赤がまぶしい。私は胸をなでおろす。と安心したのも束の間、もう一人
の「小麦色肌の踊り子」が別の方向から迫っている。彼女の手は私の・・・・・
・・左隣の若者の手を引っ張った。私はタバコをポケットから取り出し、小刻み
に震える手で火を付ける。そしてこの「いけにえの儀式」は我々のグループから
三人目の人柱を立てる前に、そのシャーマニズム的音楽を終了したのであった。
私は白い煙をゆっくりと吐き出し、タバコを灰皿でもみ消した・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「何ボーッとしてるのよ・・・」
いきなりかけられた細君の声に、慌てて我に帰る。そうそう今日は家庭サービス
の日であった。旧米軍キャンプの草いきれの中、私はお弁当の包をバッグから出
す。かなりしっかりと歩けるようになった長男は、拾った松ぼっくりを両手に持
ってよちよちしている。
生意気ざかりの娘は、その辺にいた数人の子ども達の群れの中にもうしっかり
参加している。来年幼稚園の娘よりもやや年長であると思われる子供らのはじっ
この方から、何やら大きい声でみんなに自分の意見を述べているようである。三
才ともなるとこの長女の性格らしきものがだんだんとはっきりしてきている。
気分屋である。凝り性であるが、すぐに飽きる。人の言うことを聞かない。甘
えん坊の癖にわがままである。声がでかい。言うことが大ゲサである。人見知り
するくせにグループの中に入るとすぐに「とりしきる」癖がある。いろいろと意
見を吐き、主張をするが、自分ではあまり動こうとしない。どこかで見たことの
あるような性格である。子は親の鑑である。
お弁当を包んだ新聞紙を広げる。高校野球の決勝戦の日の新聞である。今年は
私の生まれ故郷の奈良代表天理高校が優勝して嬉しかったが、沖縄水産にも優勝
させて上げたかった。米軍キャンプの跡地で私は息子の口にスプーンでご飯を運
びながら、そう思った。判官びいきは大和民族の血である。
娘も友人達の群れからこちらに帰ってきてママとおにぎりを頬張っている。蝉
の声が体にしみとおる。
・・・そうそう、ところでランバダである。
儀式はそれで終わりではなかったのだ。
いきなり中央の舞台にスポットライトの光が降り注いだかと思うと、さっきの
司会者が再び人選を始めたのである。今度は舞台に上がってやれというのだ。踊
り子さんたちは、ステージの上で所在なげである。黄昏のビルの屋上に吹く風は
もう夏のものではない。
「はい、そこの緑のシャツのお兄さん!」
緑のシャツのお兄さん・・・・・・私である・・・・・・・・・・・・・・・
「ブランコしに行かない?」
お弁当の後かたずけをしながら、細君が私に言う。そうそう今日は家庭サービ
スの日なのであった。ボーッとしていてはいけない。お尻に敷いた新聞紙をクズ
入れに捨てに行く。大見出しにイラクでの戦争のことが書いてある。これからの
戦争はもうイデオロギーの戦いではなく民族間の戦いが主流になるというような
事をどこかで読んだ気がする。
子ども達をブランコの所まで連れて行く。もう一人でブランコに乗れるように
なった娘だが、このブランコは少し危ない。お尻を降ろす板の高さが異様に高い
のである。娘が乗っても足が全く地面に着かない。大人用のであろうかとも思っ
たが、よくよく考えてみれば、この施設はもともとアメリカ人用の施設である。
息子は私の膝の上で揺られて歓喜の叫び声を上げる。日差しはまだ強いが、頬
に当たる風は心地よい。こうやってブランコに揺られていると時間を忘れる。
・・・・あ、それでランバダである。
私が選ばれてしまったのである。私以外にも二人が他のテーブルから選ばれ計
三人である。頭が真っ白になった私は、気が付いてみるともうステージの上であ
った。このステージに登ると屋上のフェンス越しにかなり遠くの方まで見渡せる。
音楽の準備が整うまでの時間が異様に長い。円形の舞台の上に外人踊り子さん
三名とおじさん三名がボサーッとバラバラに立っているのである。立っているの
はいいのだが、手のやり場に困ってしまう。手をそのままだらりと下げているの
も間が抜けているし、かといって前で組むとこれから踊りに入ろうとする雰囲気
ではない。後ろに手をまわすともっと変である。困った「私の手」は、三名の踊
り子さんの中で一番私の好みの黒髪のロングの女の子の腰を抱いた。悪い「手」
である。
これから踊りを始めるという特殊な雰囲気のもとでは、男女が並んで、男性が
女性の肩か腰を抱くというのが一番落ち着いた形である。物事にはその場の状況
に即した行動というものが要求される。
私のパートナーはマリーナさん(仮称・推定二十四才)である。金髪に青い目
のアングロサクソンではないラテンの黒髪の女性はやや我々を安心させてくれる。
肩の線もそれほどいかつくなく背丈も私より少し低くてちょうどいい。ところが
腰に回した手が感じ取ったのは、日本人などのモンゴロイドの女性にはないよう
な白人コーカソイドの骨盤の張りであった。
緊張をほぐそうと英語で彼女に挨拶を耳打ちすると、日本語で「コンニチワ」
と答えてくれた。この時の笑顔はホモサピエンスに共通のものである。そこで私
は気が付いて、カタコトのスペイン語で「デ・ドンデ・エスタ?(汝の出身地は
何処なりや)」と聞いてみた。昔、NHKの「スペイン語講座」に出て来る、ス
ペイン人のお姉さんが好きで好きでよく見ていたのである。私の可愛いパートナ
ーは茶色の瞳を大きくして「コロンビア」だと言った。世の中何が役に立つかわ
からない。彼女も地球の裏側までやってきた出稼ぎの一人である。これでちょっ
と緊張がほぐれたが、ランバダなるもの私はまるで経験がない。いったいどうす
るのだ。ああ選ばれてあることの恍惚と不安、我にありである・・・・・
「バレーボールやろうよ。」
細君がビニールのビーチボールを膨らませながら私に言う。いかんいかん今日
は家庭サービスの日である。私は我に帰って、飛んできたボールをトスする。家
内がレシーブをすると、あさっての方角に飛んで行く。娘がボールを取りに行っ
て私に手渡してくれる。私がサーブをする。細君の頭をはるかに越えて飛んで行
く。そうそう私も家内も球技は大の苦手なのである。しばらく続かないボールの
応酬に汗だくになった我々は、芝生に座り込みながら、二人の子供には塾や稽古
事よりも何かみんなで遊べる球技のクラブに参加させようと話し合ったりするの
だった。日はやや西に傾いて木立の影を長くする。どこから来たのかトンボが一
匹頼りなげに草の上を飛ぶ。息子が同じように頼りなげな足取りでその後を追い
かける。
・・・・そしてついにランバダの始まりである。あの音楽である。
タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン・・・例のリズムである。
音楽が始まったのでパートナーと体を合わせ手を取ってポーズを作る。この形は
社交ダンスの形と同じである。男性が左手を斜め上に差し出し女性がそれに手を
添える。男性の右手は女性の腰に回す。ここまでは出来る。私は実は学生時代、
舞踏研究会という団体に半年間だけ籍を置いていたのである。競技ダンスのれっ
きとした運動部系の団体である。運動部系であるからして規律や練習はものすご
いものがある。退部したのは男女交際禁止の掟にそむいて上級生の女の子のアパ
ートに入り込んだのがバレて部に居づらくなったのと、踊っていたパートナーか
ら「お猿のカゴ屋みたい。」と評されて、ものすごい欝状態に落ち込んだためで
ある。今でも恨みに思っている。でも半年間そこにいたおかげでなんとか女性と
組む形ぐらいは体が覚えているのである。彼女が腰を横方向に複雑に振り出す。
タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン
タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン
タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン タタンタ・タンタ・タン
踊りが始まってすぐに、この地球の反対側から来た音楽のリズムが日本人の血
の中にはないものであることを、私は「遺伝子の直感」によって悟った。なんと
なく私はこの踊りが、さほど日本では流行らなかった事情を了解したような気に
なる。
彼女の奇妙で非日常的な腰の横揺れは、豊葦原、日出づる国の農耕民族を当惑
させるのに十分であった。我々はどんな場面でも腰を縦に動かすことはあっても
横に動かすことは滅多にないのである。マリーナさんの動きを真似しようとあせ
ればあせるほどほど体に力が入って彼女と反対の方向へ体が行ってしまう。ああ
高天原の八百ヨロズの神々よ、我を救い給え。はらい給え、清め給え。南無八幡
大菩薩・・・・・・・・
その2に続くんだもーん・くり