AWC 「風の行方、不明なり」(1)     浮雲


        
#518/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ     )  90/ 7/17   6:19  (196)
「風の行方、不明なり」(1)     浮雲
★内容
     第一章
 私が「風」のことに興味を持つようになったのは、知合いの家で見かけたある
小さな同人誌を読んでからのことである。その小冊子は、「北方の詩人たち」と
かいう東北地方のS市で発行されている、児童文学を志す若者たちの同人誌であ
った。
 その小冊子には、数編の童詩と三、四編の創作童話が載っていたのだが、その
中に「風の行方、不明なり(5)」という短い話があり、それが何か忘れられな
い、気になることとして心に残ったのであった。
 それは、確かこんなスト−リ−であったと思う。ちょっと長いが書き出してみ
る。

『   「風の行方、不明なり(5)」
    1
  そこで、秋沢先生は自分の受持ちの子供たちと一緒に実際に「風波通信装置」
 を作って実験してみることにした。
  ところが、うっかりしたことに秋沢先生は「風波通信装置」とはどんなもの
 なのかまるで分からなかったのである。しばらくしてから、やっとその事に気
 がついた秋沢先生は、
 「いやあ、我ながら気が付くとは、なかなかしっかりしたもんだ」
 と、ずいぶん感心したそうである。
  さて、「風波通信装置」とは、いったいどんなものであろうか。通信装置と
 いうくらいだから、何か通信の装置に違いない。
  秋沢先生は、まず自分の家にある「世界大科学辞典」で調べてみることにした。
 ところがあいにくと、それには出ていなかった。そこでこんどは、学校の図書
 室にある「万国共通大百科事典」を調べたが、どうしたことかこの事典にも、
 「風波通信装置」のことは載っていなかった。
    それでは、と市立図書館に行ってみたが、やっぱりここにあるいろいろの本
 を調べても、「風波通信装置」のことは分からなかった。しかし、秋沢先生は、
 くじけることなくさらに調べを進めた。
 「びんぼうヒマなし、あくなき努力にムダはなし」
 などと独り言を言っているうちにひょいと、あることを思いついた。「小冊子
 類」とマジック書きしてあるダンボ−ルを押入から引っ張り出すと、あるもの
 を捜し始めた。秋沢先生は、「旅の童人」という、うすっぺら本を手にすると、
 「これ、これ」
 とぶつぶつ言いながらペ−ジをめくった。
 「ここ、ここ」
 そこには、小さな童詩がのっていた。短いので全文を次に出す。

   いいかい
   かぜにはね
   きまった通り道があるんだ
   あの松の木が
   あれが鳴ったら
   次は向こうの小さなやつ
   それから
   右の方の
   へんにまがったあの木だ。

   いいかい
   ぼくが手をふったら
   そしたら
   へんにまがった木の前で
   こうするんだ
   大丈夫
   きのうも
   その通りだったんだから。

   そらっ
   鳴った・・・

   ・・・あれはね
   きっと
   かぜのこどもなんだ
   よく
   道をしらないんだよ

   でも
   へんだなあ
   もういっぺんやろうか

   そらっ
   鳴った・・・


  確かに、風には決まった通り道があるに違いない。それなのに、「風波通信
 装置」のことは、これっぽっちも分からない。
 「そうなんだ!」
 秋沢先生は、小さく怒鳴った。
  秋沢先生が、いつにもなくずいぶん遅くまで、いろいろ話して帰ったことが
 あったが、そんなことがあった日の夜だったと知ったのは、すいぶん後になっ
 てのことだった。
  そして、このあいだの朝、秋沢先生は校内告知板にこんな張紙を出した。

   情報を求む
  一、「風波通信装置」について
  一、どんなつまらないことでもよい
  一、連絡先 職員室内  秋沢

  その日のうちに六件の情報が、秋沢先生のところに持ち込まれた。

 ◇ うちのとうちゃんは天気予報にはたらいているので、家に帰ったら聞いて
   あげる。                        三年 柴田
 ◇ ボクのクラスでは、知っている人は一人もいませんでした。 五年 鈴木
 ◇ 私の兄は中学二年ですが、大人になったら科学者になると言っているから
   聞いて上げます。でも、いま修学旅行に行っているので後になります。
                               六年 高橋

  ところで、やっぱり「風波通信装置」とはどんなものなのか、ひとつとして
 分からない。

        2
  そんな訳でさっき、秋沢先生が私のところにやってきて「風波通信装置」の
 ことを話始めた時、私はもうずっと前にそれを見たことがあるような気がした。
 けれども、それはまるで風の中で、誰かが私を呼んだような気がした時のよう
 な、確かめようもないぼんやりしたことなので、なんとも言わず仕舞だった。
  それから二日ばかりして、私はあることを思いだしたのですぐに、秋沢先生
 にその事を知らせた。

  ある日、秋沢先生は科学更生省に出かけた。科学更生省に保管されている年
 鑑のうち「通信の部=開発または検証中」というところに「風波通信装置」の
 事が出ていた。それによると、

 「風波通信装置」
 これは風を利用して、音声を相手方に送りまたは受けようとするもので、その
 原理は次のごとくである。
 風はその風速・風向等に関わりなくそれ固有の波長を有しており、音声をして
 これに共振せしめうるならば、はるか遠方へのこれの伝搬が可能となる。
 すでに実験に供せられている旨報告ありしもその成否については、明かではな
 い。詳細、つまびらかならず。
                          登録H−112−C3

  それからしばらくたったある日、秋沢先生は自分のクラスの告知板に次のよ
 うな張紙を出した。

   急告!
  一、「風波通信装置」製作のためのスタッフ募集
  一、資格 健康であること
  一、申し込みは、職員室 秋沢まで

  数件の問い合わせがあったが、それは秋沢先生の見込みを裏切るものであっ
 た様である。その日、秋沢先生は足取り重く家に帰ると、熱を出してどっと寝
 込んでしまった。寒気がする、とか言って布団を二枚も重ねてその中にもぐり
 込んだそうである。
  次の日、朝会の時間にクラス委員から提案があった。
 「先生、私たちは『風波通信装置』を作るのに参加します」
  それを聞いた秋沢先生はひどく照れくさそうにしていたそうだ。そして、顔
 をむずむずさせながら言ったものだ。
 「じゃあ、放課後みんな残ってくれよね」
  すると、クラス委員がみんなの方を見ながら言った。
 「あの、先生。実は、あのお、すぐにはじめたらいいと思うのですが。これは
 みんなで相談したんですけど」
 「すぐにというと?」
 「あの、ですから今から。な、みんな」
 「うん」
  と大きな声。
 「今からって、授業中にか?」
 「ハイ」
  と小さな声。
 「国語とか算数の時間にか?」
  いよいよ声はない。
 「そ、そんなことが出来ると思うのか! 勉強というのはそなんに甘いもんじ
 ゃないんだ。いいか、学校は雨風をしのぐためにあるんじゃないんだぞ。それ
 を・・・」
  秋沢先生は急に言葉を切ると、そっと窓際に行って、外を見た。校庭には誰
 一人としていない。ずっと右手の方に大きな草むらがあった。ひどく伸びてい
 るため、風がくるたびに大きく搖れ、ザワザワ騒ぐ音が聞こえて来るようであ
 った。
  突然、秋沢先生は或る事件のことを思いだした。それはたしか、こんなふう
 な事だったなあと思いながら、風に搖れる草むらをじっとにらみつけた。

        3
  だいぶ前の事、仙台市の郊外にある遠見塚小学校というところで「草むしり
 事件」という騒ぎがあった。事件を起こしたのは、6年の担任秋山先生とその
 クラスのこどもたちであった。事件のあらましは次のごとくであった。
  天気の良い五月末のある日の事、おりしも秋山先生のクラスは算数の時間で
 あった。ところが、教室には誰一人としていないではないか。全員が校庭にい
 たからである。なぜ、算数の時間に校庭などにいるのか。さて、ここからが事
 件なのである。われわれは、算数の時間に校庭にいることをとりわけ不思議に
 は思わない。ところが、これに「事件」という冠をかぶせて一つの騒動にして
 しまった大人たちがいたのである。
  この大人たちは、第一に「算数の時間に校庭にいた」こと、第二に、校庭で
 「草むしり」をしていた、それがあるまじき世にも恐ろしい出来事である、と
 決めつけてしまった。
  では、一体どうしてこの大人たちに秋山先生たちの「草むしり」のことが分
 かったのだろうか。聞くところに依ると、クラスの一人の田中という子が家に
 帰ってから、夕食の時に「すごく楽しかった」事として、草むしりの話をした。
 びっくり仰天した母親があっちこっちに電話をかけ、興奮ついでに校長の家に
 まで「抗議」の電話を入れ、いよいよ「事件」になったというのである。
 「困ったもんだ」と校長は口に出したが、なにが困ったことなのかは自分でも
 分からなかったそうである。
  あくる日の朝、秋山先生は校長室に呼ばれた。校長は「困ったものだ」をさ
 かんに連発しながらくどくどと田中という子の母親からの電話の話を繰り返し
 た。秋山先生は、何か拍子抜けでもしたような顔をして校長の話を最後まで聞
 いていたそうである。校長は仕舞に、
 「君の思想は、校風にそぐわない」
 そして、おもった通りその日の午後、例の大人たちが大挙して校長室に押し掛
 け、大騒ぎをして帰ったそうである。

       4
  風がなくなったのか、校庭のすみの草むらはそよとも搖れずにシンとしてい
 た。秋沢先生は、ゆっくり振り返るとみんなの顔を見回しながら口を開いた。
 「でも、先生がそれでいいって言ったらどうかな」
  秋沢先生の話が終わらないうちに「ワ−ッ」という歓声が起こり、学校全体
 がグラグラと搖れた。本当にそうだったと後で誰かが作文に書いていた。

                                 つづく




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