AWC 「ドナー」 7    香織


        
#503/3137 空中分解2
★タイトル (TCC     )  90/ 7/ 5   1:58  (107)
「ドナー」 7    香織
★内容


              7

 夜になるのを待って、貴和子たちは『ロンリー』へ向かった。
 まだ時間が早かったので、客は貴和子たちだけだった。もっとも、色々話を聞
くには、あまり忙しいよりもその方が都合がいいかもしれない。
 店内はカウンターとボックス席が三つ、内装もごく平凡な、小ぢんまりとした
店だった。とりあえず、カウンターの隅の椅子に座ってビールを注文した。
 ボックス席で紙ナプキンを折っていたミニ・スカートの若いホステスが、跳ね
るようにやってきて、犬飼の隣に座った。
「アイコでえす。よ・ろ・し・く」
 おつむに行くべき栄養が、胸の膨らみに集中しているような彼女は、いたく犬
飼が気に入ったようだった。ここはどうやら彼に任せた方がいいかもしれない。
 貴和子が目で合図すると、犬飼は自信のなさそうな顔でうなずき、アイコに質
問し始めた。
「あのね、井上昭夫さんっていう人を捜しているんだ。知らないかな。この店の
常連だって聞いたんだけど」
「あんたブンヤさん? さっき来た刑事たちとおんなじこと聞くのね」
 犬飼はがっかりしたような声で、
「やっぱりデカさんたちに先越されたみたいですよ」
 と、貴和子に言った。貴和子は苦笑いをしながら、質問を続けるように目で促
した。
「僕らはレディス・ライフの者なんだけど、井上さんについて話してもらえない
かなあ」
「井上さんは、ここんとこ顔を見せないわ。前は三日に上げず来てたのに」
「どれくらい顔を出してないの」
「そう、もう十日以上にはなるわね」
「住所はわからないかな」
「知ってるわよ。うちのすぐ近くのアパートだもん。女のとこから追ん出されて
ね。最近、引っ越して来たのよ」
「それ、どこ、教えてくれる」
「いいわよ。また来てくれるって約束してくれたらね」
 結局、犬飼は再来を約束させられて、情報を得ることができた。
「珍しくもてた気分はどう?」
 井上のアパートへ向う車中、貴和子は犬飼をからかうように言った。
「よしてくださいよ。あんなの僕の好きなタイプじゃありません」
 犬飼は真っ赤になって抗弁した。
 貴和子たちはアパートに到着し、教えられたとおり、二階の三号室のドアをノ
ックした。だが、部屋の中から顔を出したのは井上ではなく、昼間病院で会った、
あの田中刑事だった。
「なぜ、あなたがここに?」
 田中は不思議そうに聞いた。
「井上とお知合いでしたか」
「いいえ。私たちも色々と調べて、ここに行き着いたのです」
 貴和子は答えながら、伸び上がって田中の肩越しに部屋の様子を窺った。
 部屋の中では、三人の男たちがそこら中をひっくり返して調べている。隅の方
で鍵の束を持ってその様子を見ているのは、たぶん管理人だろう。
「それはご苦労様。でも、遅かったですね。井上は行方不明です。すでに警察の
方で手配しました」
 貴和子の視線を遮るように身体を揺らしながら、田中が言った。
「手配? じゃあ、井上が尚子さんを殺した犯人だったんですか」
「捜査については何も言えません」
「何か証拠が上がったんですか」
「何も言えないって言ってるでしょう」
 どうやらこの男は昼間のことで、貴和子に反感を持っているらしかった。まと
もに聞いても答えてもらえそうもない。
「事件の後で行方をくらませているだけで、犯人だと決めてかかってるわけね」
 貴和子はフッと鼻先で笑ってみせた。こういう興奮しやすい男は、怒らせるに
限る。案の定、田中は貴和子の作戦に引っかかってきた。
「あなた、警察を馬鹿にしてるんですか。ちゃんとした証拠があるんです」
「怪しいもんね」
「いいですか。井上には、一方的にふられて恨んでいたという動機があったんで
す。そして死体発見現場の近くで、不審な東京ナンバーの車が目撃されていて、
色、車種、が井上の車と一致しました。その車は、東京駅で乗り捨てられている
のが発見されたんですが、車のダッシュボードに、被害者の預金通帳と印鑑が入
っていました。残高一千万以上が二十三日付けでおろされています。そして決め
手になったのは、車のトランクから発見された被害者の血痕です。どうです、こ
れでもいい加減だと言うんですか」
「とんでもない。日本の警察は世界一優秀ですからね。前言取り消します。失礼
しました」
 貴和子は大げさな身振りで頭を下げた。田中はそのときになって初めて、調子
に乗って喋りすぎたことに気付いたのか、苦々しい顔で貴和子をにらみつけると、
部屋の中へ引っ込んだ。貴和子たちは、車に戻りシートに座った途端に、堪えき
れずに吹き出した。
「あんなに単純で、よく刑事が勤まりますね」
「犬飼君は、あまり人の事言えないわよ」
「もう、ひどいなあ」
 犬飼は子供のように唇を尖らせた。
「しかし、さすがに警察だなあ。たった一日でよくあれだけの事実がわかったも
んですね」
「そりゃあ、関わってる人数が違うもの。さっきの田中って刑事、まるで自分一
人であそこまで証拠を揃えたような口ぶりだったけど、とんでもないわ」
 負けず嫌いな性格が顔を出して、むきになってしまったと気付いた貴和子は、
照れ笑いでその場をごまかした。
「それでこれからどうします? まっすぐご帰還ですか」
「そうね。たまには我が助手君にご馳走でもしますか」
「了解」
 犬飼は嬉しそうにそう答えて、車を発進させた。彼はとても素直に感情を表現
する。それが社会人として得か損かは別にして、貴和子は彼のそんなところが好
もしかった。
 走り出した車の中で、貴和子はずっと感じていたわだかまりについて、考えて
いた。そして唐突につぶやいた。
「それにしても、何かもう一つ釈然としないわよね」
「高森さんもそうですか。実は僕もすっきりしないんですよね」
「犬飼君が引っかかってるのはどんなこと?」
「やっぱり死体をバラバラにした理由です。一方的に女にふられたというのが、
死体を切り刻むほどの恨みだとは思えないんです。預金通帳の金の方が目的だっ
たとしたら、なおさらです。死体を運び易くするためだったとしても、そうまで
するからには犯行を隠したいはずでしょう。それなのに捨て方が無造作過ぎる」
「そう、私も同じ考えよ。そして私がもう一つ気になっていることは、胴体よ」
「胴体?」
「いまだに胴体だけが見つかっていないわ。他の部分は道から見えるくらいの林
の中で簡単に発見されている。これだけ大騒ぎになっていて、警察だって大勢出
て捜索しているのに、なぜ胴体だけが見つからないの」
「消えた容疑者、見つからない胴体……ミステリアスですね」
 頭を捻りながら犬飼がつぶやいた。




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