AWC ブリキ怪人 5            永山


        
#476/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/ 6/11  20: 7  (200)
ブリキ怪人 5            永山
★内容
 「どうしたらいいんだ。」
思わず、ため息が出た。山脇が死んだ。その遺体は崖の向こう側にあるのだ。
あのままでは、暑い夏の日の事、徐々に腐乱していくだろう。このまま目の当
たりにするのはしのびない。しかし、どうしようもないのだ。
 ふと気が付くと、野岸がいない。昭代に連れられ、部屋に戻ったようだ。
 「困りましたな。手の内ようがないわい。」
秋元老人が、忌々しげに言った。
 「弔うのもそうですが、遺体を調べられないのは、痛いですよ。」
 「それ、洒落のつもりかい?」
向坂の言葉に、太川が皮肉っぽく反応した。
 「そんなつもりはありません。そうだな、双眼鏡があったら、少しは見える
と思うんだが。」
 「ないと思うけど。」
進道が一言で片付ける。
 「しょうがない。目で見える範囲としては、死因はどうやら、メイド殺しの
時と同じく、鈍器による殴打みたいなんだが、はっきりしない。」
 「凶器は見えんかな?」
老人が言った。彼には、ほとんど見えないのかもしれない。
 「・・・見えませんね。側にはないようです。」
私も目を走らせてみたが、凶器らしき物は遺体の近くには見あたらなかった。
 これ以上、ここから死体を見つめていても、どうしようもないという事で、
屋敷に戻った。朝食の準備ができていたが、さすがにすぐには食べる気になれ
ない。調理にあたった三人の女性も、山脇の死を知らされているようで、一様
に元気がない。野岸は部屋に閉じ込もっているようで、広間には姿がなかった。
今、ここにいる人間は三つのグループに分けられると思う。一つはただ落胆し
ている者。一つは、誰が殺したのかと疑心暗鬼になっている者。もう一つは、
次に殺されるのは自分でないか、とおびえている者。ん? 私はどうなんだろ
う。犯人が気になっている部分もあるが、地天馬の名を落とさぬように努めて
いる部分もある。こんな気持ちはもはや、不遜なものではないか。せめて、犯
人追求のみに全力を注ごう。
 朝食は、随分と時間がかかって終わった。

 「どうする?」
何とはなしに、私は向坂に聞いた。全員が、勝手に動き出したように感じる。
早く解決しないと、収拾がつかない状態になるかもしれない。
 「手に負えないな。替え玉だという事、話した方がいいと思う。ばれた時に、
何かと疑われるんじゃないかな。」
 「それもそうか。しかし、もう遅いんじゃないか。打ち明けるのは、せめて、
本物の地天馬が来てからにしたい。それより、事件の方だ。」
 「犯行があったのは、昨日の夜から今朝にかけてだろう。そんな時間帯に、
誰がアリバイを持つと言うんだ? これでは、容疑者の枠を絞れない。」
 「それでも念のため、聞いてみるべきだろうね。あと、話を聞くべきは、山
脇と同室の野岸だ。できれば、彼女が一人の状態で聞きたい。」
 「それなら、今、聞きに行くのが一番じゃないかな。精神状態は不安定だろ
うが、一人切りなのは、今しかないような気がする。」
 「よし、行こう。」

 「何も話す事はないわ。」
野岸は放心状態にあるようだった。最初、彼女の部屋に入ろうとした時は、拒
否するような態度を見せたが、2,3度頼むと、意外に簡単に入れてくれた。
 「いえ、こちらの質問に答えてくれるだけでいいんです。」
 「そう・・・。」
 「いいですか? 山脇さんが、いつ、この部屋を出たか、分かります?」
 「さあ・・・。何時か分からないけど、私がふっと目を覚ましたら、隣には
いなかった。部屋のドアが開いていて、トイレにでも行ったのかなと思ってい
たんだけど、二十分くらい経っても戻って来なかったので、鍵をかけてしまい
ました。」
 「鍵をね。捜しに行こうとは、思いませんでしたか?」
 「恐くて・・・。でも、あの時、行っていれば何とかなったかもしれないと
思うと・・・。」
彼女は言葉を詰まらせた。次の言葉が出るまで待つ。
 「それで朝の六時くらいかしら。目を覚ますと、明るくなっていたので、今
なら何かあっても、誰かが気付いてくれると思って、部屋の外に山脇さんを捜
しに行きました。しばらくの間、この屋敷の中を捜しましたが、見つからなか
ったので、外に出てみて、しばらく歩いていますと、向こう側に山脇さんが倒
れているのが見えて・・・。」
 「あ、どうもすいませんでした。ありがとう。でも、もう一つだけ、お願い
します。何か怪しい物音を聞いたとか、誰かを見かけたとかは、ありませんで
したか?」
 「・・・いえ、聞いていません。見てもいません。」
 「そうですか・・・。いや、どうもありがとうございました。」
 「お役に立てなかったようで・・・。」
 「そんな事はありません。必ず、犯人逮捕に結び付きますよ。」
向坂が優しく言った。地天馬なら、出てこない言葉であろう。これだけは、替
え玉の方が上だ。

 「昨夜から今朝がたにかけて、アリバイのある人は、いらっしゃいますか?
それと、その時間帯に、何か怪しい物音を聞いたとか、誰かを見かけたとかは
ありませんでしたか?」
野岸の部屋を出た後、私と向坂は上の質問を、屋敷中の人間に聞いて回ったが、
何も参考になりそうな答えは返ってこなかった。ほとんどが、連れと二人で眠
っていた、何も聞かなかったし誰も見かけなかった、というものだった。中に
は途中で目が覚め、トイレに行ったとか、誰かが廊下を通る足音を聞いた等と
いう答えもあったが、怪しむに足るほどではない。
 「うまく行かないもんだな。向坂。」
 「もう無理はしない方がいいかもしれないよ。素人が手を出しても、いたず
らに他の人を混乱させる結果になるだけだ。俺達ができるのは、地天馬探偵が
来るまで引き延ばす事くらいじゃないかな。」
 「そうだろうけど、せめて、新たな犠牲者を出さないようにするとか、犯人
に対して威圧感を与えるとかはしなくてはならないぜ。正体を知られるのは、
絶対に避けなければ・・・。」
 「そうだな。」
さっき犯人追求を決意したばかりなのに、ついつい、弱気になりがちであった。
 現場百遍という。捜査が行き詰まった場合、まずは捜査の常道に従おう。
 「人形の間。全てはここから始まったんだ。」
腹立たしそうに、向坂は言った。そう、全てはこの部屋から始まった。桐場が
消失し、メイドの死体が見つかったのが、この部屋である。
 改めて部屋を見回してみると、目につくのは、やはり、天井からぶら下げら
れた何対もの人形である。机の上に置いとくようなマスコットから、ほぼ人間
と同じ大きさの物まである。
 「桐場氏が消失したのを目撃したのは、君と太川だけだったんだよな。」
 「そう。」
 「メイドに車椅子を押させた桐場氏が室内に入り、メイドがドアを閉める場
面を見た。すぐにドアに駆け寄ったが開かないので、何度かノックをする内に
メイドが開けた。中を見ると、桐場氏の姿はなく、車椅子に仮面とガウンが残
っていただけだった・・・。」
 「うん、確かにそうだ。メイドが関与しているのは間違いないと思うんだ。
が、そのメイドは死んだ・・・。」
 「メイドを殺した犯人と、山脇を殺した犯人は別々と考えられるんだから、
その点は不可解でもないだろう。今、考えたいのは、どうやって消失したかだ。
どこにも抜け穴なんてない。」
 「そうだ。この点は、建築の専門の太川も、確認している。」
 「となると、考えられるのは・・・・・・分からん。」
 「太川が関わっていると仮定してみるか。」
向坂の言葉を、私はすぐに否定した。
 「駄目だ。太川が殺人に関与しているかどうかは別として、少なくとも、桐
場氏消失の謎には関わっていないと考えるべきだぜ。」
 「理由は?」
 「あの時の状況は、太川が桐場氏を追って人形の間まで来たんだ。その後を
向坂、君が追いかけたんだよな。太川が消失を演出したとして、もし、君が追
いかけて来なかったら、その演出を目撃する者がいなくなってしまうんだ。別
の言い方をすれば、太川は小細工等しなくても、桐場氏が消えたと嘘をつけば
いい。」
 「そりゃそうかもしれないが、念のために用意しておいたのかもしれないぜ。
誰かが追いかけて来た場合、メイドと共謀して、桐場氏消失を演出するという
・・・。やっぱり、おかしいな。太川を犯人側の人間と考えると、矛盾が多い。
その最たるものが、自分に対して処刑の宣告をしている点だよ。」
 「気付いてくれたかい。これでも、太川が犯人側の一人だとすれば、もの凄
く念入りに準備をし、裏をかいている訳だ。その可能性は高くはないだろう。」
 「じゃあ、やっぱり、メイドの仕業か。」
 「そう見るべきだろうな。」
 「なんらかの方法で桐場氏消失を演出したのはいいが、その直後に何者かに
殺されてしまった・・・? クソッ、消失の謎も解けない内に、次の事件が絡
んできやがる。」
 「消失の謎も難しいが、メイド殺しの謎も手ごわいぜ。ほんの僅かな間に、
死体がこの部屋に出現しているんだ。犯人はどんな怪力の持ち主かって、思っ
ちまう。」
 「考えてみると、移動したとは限らないな。秋元夫妻が捜しに来た時、既に
死体は巧妙に隠されていたのかもしれない。それで犯人は、秋元夫妻が去った
僅かな隙に、死体が見える状態にした。」
 「なるほど。でも、どこに隠すと言うんだ? この部屋に抜け穴等はないと
分かっているんだ。」
私が聞くと、向坂は自信満満に答えた。こんなに明るい表情で言える程の、発
見をしたと言うのか。
 「何もないって事はないぜ。人形だ。人形に見せかけていたんだ、きっと。」
 「そうか・・・。」
私は目の覚める思いであった。向坂が続ける。
 「犯人はメイドを殴り殺した後、その死体を人形に見せかけるため、紐でも
使って天井にぶら下げたんだ。ぶら下げるためには天井の人形をどれか一つ、
降ろさなくてはないないが、そいつは床に放り出して置けばいい。床には他に
も人形があるのだから。」
 「うん、そうだな。それで秋元夫妻をやり過ごした後、急いで室内に入り、
死体を降ろし、改めて人形をぶら下げる。うん、これなら突然、死体が出現し
たのも分かるぞ。・・・あっ!だめだ。メイドは服を着ていたんだぜ。」
 「そうか。人形は裸の状態だものな。いくら何でも、生身の女の裸を、人形
と間違える訳ないか。」
向坂は悔しげに言うと、失地回復のためか、次のように言い出した。
 「このトリックを応用して、桐場氏消失の方も解けないかな。」
 「何だって?・・・あ、そうか。桐場氏を人形に見せかけ、天井に吊した。」
 「でも待てよ、人形と生きている人間を見間違うほど、俺、目は悪くないつ
もりだがな。」
 「じゃあ、桐場氏は死んでいるって? そんな馬鹿な!」
 「そうだよなー。あれ、またおかしくなってきた。」
 「いや、考え方としてはいいと思うんだ。そうだな、仮に君と太川が見間違
えたとしようか。」
私の仮定を聞いて考えていた向坂だったが、やがて否定した。
 「・・・それはない。あの時、この部屋を初めて覗いたんだ。初めてだから、
人形がぶら下がっているのにはびっくりして、よーく見たんだ。うん、間違い
なく人形だけだった。」
 「それじゃあ、桐場氏が死んでいたとしても、君は気付いたか?」
 「多分、気付いたと思う。繰り返すが、初めて入ったんで、確かめるように
じっくりと、天井の人形を見たんだ。死体でも気付いたはずだ。」
 「その論理なら、秋元夫妻だって、捜索の時がこの部屋に入る初めてだった
んだぜ。死体に気付くかもしれん。」
 「いや、あの時既に、秋元夫妻は、この部屋は人形で一杯だと知っていた。
だから思い込みもあって、よくは見なかったんだと思う。それに服の問題もあ
る。メイド殺しの方は、吊り上げトリックは無理だよ。」
 「よし、桐場氏消失とメイド殺しはこれまでにして、山脇氏の方に移ろう。
遺体の側に寄れないのは辛いが、何か新しい発見があるかも。」
そこで私達は、玄関を通って外に出た。そして山脇氏の身体が見える場所へ。
 「お、おい・・・。」
向坂が声をなくして、遺体の方向を指さした。私は目をそちらに走らせた。そ
して、私も声を失った。山脇の遺体に、変化があったのだ。顔に仮面が被せら
れている。距離があるので断言はできないが、あの、桐場がしていたブリキの
仮面だろう。向坂が叫ぶように言った。
 「どうなっているんだ? 遺体が見つかってから、そう何時間も経っていな
いんだぜ?」
 「あ、ああ。それにこんなに明るいのに、犯人の奴は、仮面を被せた・・・。
誰も気付かなかったのか?」
 「他の人は騒いでないところを見ると、そうだろう。いや、明るいからこそ、
油断していて気付かなかったんだな。ひょっとしたら、犯人だけは、向こう側
に渡っているんじゃないのか?」
 「そうだな、充分、有り得るな。ん? もしかしたら・・・。」
私はある事を思い付いて、庭の方に回った。後ろから向坂が続く。私は思い付
いた疑念を確かめて、少しばかり、背筋が寒くなった。
 「どうしたんだ?」
聞いてくる向坂に、私は黙ってメイドの遺体を指さした。毛布をめくると、そ
の遺体には仮面が被せてあった。

−以下6−




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