#1808/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (SZA ) 89/ 9/ 3 18:31 (200)
世界で一番長い詩(4) ニタの死 <猫>
★内容
梵字まがいの文字に続けて
一姫
の墓
三太郎
と記して 合掌して成仏を祈った
真実に祐子にすぐ電話で知らせた
心配をして何回も電話を貰っていたから
死んで生まれた2匹は丁重に悼まれつつ
お乳を飲んでいるうちに
ぐんぐんと体が造られていくのが知れた
とんぼの蝉のふ化に似ていた
いつまでもいつまでも見て飽かなかった
この宇宙に新しい生命が一つプラスしたのだ
どのような生涯を送るようになるのかは知らぬが
運命に身を任せて雀雀と生きていこうとする一個の生命がある
その尊厳は何よりも立派だ
欲に苛まれて身を窶している人間どもの何と浅ましいことか
俺をほんの一時とはいえ敬虔な気持ちにしてくれてありがとう
ああ おっぱいがあるから雌だ 俺
何を仰る 雄でもおっぱいはあるでしょう 妻
亡くなった兄弟には悪いが
六つのおっぱいを独り占めにできて幸せだよな
何を仰る 八つのおっぱい......
夫婦が寝室に来ると
チコは寝室まで追いかけてきて
チコの二世のそばにいてくれせがむ
まだまだおさまらないおりものを垂らしながら
妻がそばに寝ることにした
ハイハイ 寝てやっから 寝てやっから
血だらけの殿部はなめてきれいになった
風呂に入った時のようにきれいになった
たくみな毛繕い
赤子の飲む乳首もことのほか清潔にして
父似だと 黒
母似だと 白
後脚の間にやがてはブランブランようなものが見える
ひそかに 二太 と命名した
翌朝 虹が吾妻連峰にかかる
雲が疲れてしまっていた 晴
もう秋風が 肌をくすぐる
学校から帰ってみると 妻がチコを抱えて
チコの赤ちゃんがどこかに運ばれてしまったと うろうろ
お使いに出る際 蒸し暑いだろうと思って
ドアを開けっ放しで行くと チコが玄関に出ていて
赤ちゃんがいない
どこに持って行ったの と聞いても
もう めぼしい所は探し尽くした
自分の身繕部屋の押入までも探しはじめた
妙なところまで探しはじめたと思った
二階の元眞実の部屋へ行って
ベットの上に畳んで置いてある布団のカバーをめくってみた
はっあーん ここにいるじゃないか
どれどれ ああよかった
ここも探して ここに手をついで
この裏側を半分上がってみたのよ
ああよかった まともに上から
赤ちゃんの体にのし上がらなくて
部屋全部がもうチコの部屋になってしまっていた
タンスから赤ちゃんをくわいて来ては
妻の脇に寝させよ云ったそう
チコは自分の赤ちゃんを抱きながら抱かれていなければならない
いいだろうこの布団に悠々と赤子を抱いて寝よ
カバーをめくることはなかったらしい
この点に関しては 俺は妻よりも威張れそうだ
多分ここだろうと思った
出産前に この布団の間に忍び込んでいたことがある
せっかく作ってやった2カ所の巣には寄りつかず
ましてや チコのために開放してやったこの部屋全体も
心細くなった 玄関に出ている前に
赤ちゃんを安全な場所に隠さねばならなかった
その布団の嵩は大人の身丈ほどある
喰えて上るのには 何回か失敗した
赤子を傷つけまいとすると 口から落ちてしまう
手伝ってやるなと妻にはきつく諭した
妻はチコに少し甘すぎる
うまく乳が飲めないからといっても
乳首に体を口をと運んでやってはならない
妻は不機嫌になった
俺が威張ったからだ
連絡無しに整髪に行った
かくのごとくして 三日目は過ぎた
紫がかった磁板の上でCOMMAND.COMが
CONFIG.SYSがひとりで発生し成長してゆく
夢の中の現実
現実の中の夢と大差無し
勤め先の学校に電話があった
妻の声だ 遠い 遠い 遠い声だった
14キロほどの距離しかないというのに
チコの二世が危篤だという
完全に飲まなくなったと云う
かすかにあがくだけになってしまったと云う
今日の退勤時に新しいニタ用の哺乳瓶を
信夫山裏13号国道沿いのペットセンターで
買って行く予定であった
もっと柔らかくて 小さな乳首があるだろう
なんといっても これでは ニタは
ぶっとい鉄管を無理矢理喰わされているようなものだろう
それどころじゃありません
宙を前脚で脆弱にもがいているだけです
久保病院に電話を掛けてみなさいよ
電話番号帳のそのページを折って置いたはずです
何とかしなくちゃ 俺から電話をする
まだ開眼もしない赤ちゃんには注射はしないことにしています
飲み薬といったも 乳を飲もうとしなくなったものには方法がありません
まず無理でしょうねえ
九死に一生ということもある
俺はひたすら祈り続けた
コンピュータで成績の処理に生徒たちの素点を打ち続けたのは
ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ
ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ
ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ ニタ頑張れよ....
退勤時の夕焼けはほのかなピンク色をしていた
色あせたピンク色をしていた
雲がところどころ汚れていた
涙で汚れた少年の顔の一部の肌色
ご無沙汰をしている人の皺だらけの顔
着物姿で遊びにふける童の在りし日の俺
帰宅して 真実の部屋へ上がって行ってみると
部屋の中央 敷きしままの布団の上に
竜の落とし子のような形をしたニタを前にして
妻とチコは哭いていた
妻は哭きまくって顔が腫れていた
今まで生きていたのに.......
大きく 大きく 口を二三度を開けると動かなくなってしまった
久保さんに電話を掛けたら 旦那さんからも電話があったと云ってた
掌に載せてみると まだ少しあたたかった
肋骨がゴリゴリしていた
人工呼吸をしてやった
無駄だと思いながら そうしてやることで
息をふきかえしてくるように思われた
万が一を必死に祈った
獰猛な顔つきはどうした ニタよ
母親のチコよりは倍も大きくなる予定ではなかったのか
瞳が大きくて 敏捷で 手足は鮮やかに黒くて
目も開かないうちに
チコの顔をみることも出来ないうちに
この世にはたった三日だけの命だったとは
妻は遠慮をしないで泣きじゃくった
死んで生まれた兄弟の所にすぐ行ってしまうなんて
これっぽちも考えられなかったぜ
えいえいえいえいえいえいえいええいニタよ
兄弟三匹して 天国を思いきり走り回るのだ
東京までの空を アメリカまでの空を
この世での哀しみを忘れせしめよ
一姫と三太の墓の同じ小山の中に深々と土を被せて 合掌
台所 妻と二人で夕食
夢の破壊が強烈だった
こんなに惨いことはアフリカの山野の中でも有り得まい
既に二三ヶ月後のニタの姿が現実的に完成してしまっていて
チコよりも若々しく 親には負けないで
人間の妻に 貝柱をねだっていた
チコは自分の幼かった日のことを思い出しながら
元気よく跳ね回るニタを見守る
汗と涙とが飛び散ったニタの逮夜であった
二日目が過ぎた
あと三時間でまるまる三日目になろうとしていた
チコの俺の妻の哀しみは
消えては現れて 現れては消える雲の視野に似ていた
チコは哭きながら 寄ってきた
はっきりと
ニタがいないよう と云っていた
例の布団には裏側からは行ってっては
ニタがいないようー
と大きな声で泣き叫んでるのが 俺の書斎まで聞こえた
ニタがいないようー
ニタがいないってばー
どうしたのだろう ニタがいないよう
ふしぎだなあ ニタがいないよう
どうしたのかなあ ニタがいないのだ
今日は曇 ときどき雨
雷様が二三回怒鳴って 一時豪雨になった
雲が駆け足で北東に向かっている
上空は何のための騒動かとも見えて
後隣の庭の葵が二階の窓の辺りまで伸びて
何かを思い出すかのように ときどき揺れる
いつまでも立ったままでいるいじらしさ
今朝は7時から8時まで町内の一斉整美作業があった
ヘンスから道路にはみ出た柊の枝は切らせて貰いましょう
俺の発案だ
150メートルもある一直線の道路が
幅広くなって 見違えるようにきれいになった
俺以上に満足をして引き上げて行く人がたくさんいた
とりわけ妻がそんな俺に満足していた
ニタの死の哀しみを完全に忘れたかった
忘れ得ぬことは忘れることなり
ふと思い溢れて思い出してしまった
もし妻が死んだら一体どういうことになるのだろう
ニタの数百倍ものの哀しみが襲ってくるのだろう
そんな日がいつかはきっとやって来る
遅く死ぬはずの俺が 妻よりも早く死んで行ったりして
宇宙と共に死ぬ覚悟は出来ていて
偶としてもまた ニタの鳴き声がしたいた